決戦
明日はいよいよ結婚式。
私とケイが長い月日を共にして待ち望んだ日……。
それがまさかこんな形で迎えてしまうことになるだなんて……。
ケイ、もう少しだけ待っててちょうだい……。
必ず助け出して、結婚式で幸せにしてもらうんだから……!
~~王都・大教会~~
城から少し離れた位置にある普段は聖堂として一般に開かれている大教会。
もう一世紀近く前に建てられたが、荘厳かつ美麗な造りは今もなお人々を魅了する。
大教会が建てられてからは、私たち王族が婚礼や公式の授与式などで利用するようになった。
そして、今回私たちの式場となるのもここ。
西方にある森の木で作られた大きな扉を開けると、何本もある太い大きな柱が目に飛び込んでくる。
結婚式の前日ということで教会内には一般人はおらず、厳戒な警備にあたっている騎士や使用人たちを除けば貸し切り状態。
この大教会に来るのは今日が初めて。
初めてはケイと入りたかった。
何度もデートをしてきたのに、将来的に来ることになるからと素通りしていたのが今になってどうしようもないくらいに後悔してる…………。
これからここで行われるのは結婚式の前日祭。
言ってみれば、華やかな婚礼になることを願う祈誓祭だが、内容は儀式のようなもの。
これは基本王族や婚姻相手、その関係者のみで行われ、各国の代表者らが参列するのは結婚式当日のみ。
しかし私は、今まで支えてくれた大切な学友として、何とかクロエさんとリルを同席させる許可を得た。
クロエさんとリルは連れの護衛と後方の長椅子に座っている。
そしてそれを囲むように騎士たちが立っている。
傍から見ればクロエさんたちを警護しているように見えるけど、警戒してるのか、周りにやたらと騎士の数が多い。
クロエさんは王女でありながら、その剣の技術でも今となっては大陸全土で有名となっている。警戒されるのも不思議ではない。
私の視線に気づいたクロエさんは首を横に振った。
恐らく、何か行動を起こすことはできないと言いたいのだろう。
私を見るリルの目が悲しそうだ。
ありがとう、リル。その気持ちだけで十分よ。
大教会の牧師がゆっくりと私たちの前の壇上に上がり、祝詞を詠みあげる。
私たちは目を閉じてそれを聞きながら、神に祝福を祈る。
私は祈った。
(どうか隣の者や私とケイを間を引き裂かんと企む者たちへ正しき天罰をお与えください…………)
この私欲でしかない祈りを神様が聞き入れるはずもない。
それでも私は力強く手を組み、祈った。
私はただ愛する人とこれからの生涯を共にしたいだけ。
それだけ、たったそれだけでいいから、お願いします、神様!!!
ステンドグラスから差し込む虚しくも煌めく色が、顔に照り付けた。
ケイ…………やっぱり私は、貴方以外の相手は考えられない。
会いたい、手を繋ぎたい、抱きしめて…………。
いつものように冗談を言ってよ。
いつものように笑顔を見せてよ。
いつものようにその優しさで私を温めてよ。
いつものように、キスしてよ…………。
「それでは、エリザ・ハウブリッド。王女ユリア・グレース・ルイスの手の甲に……」
「はい。さあ、いよいよだ、ユリア」
私がつけていた手袋を静かに取り、手の甲に口を近づける。
嫌だ。ケイ以外になんて嫌だ!!
私はこんな結婚式を望んでいない!!
(ケイッッッッ―――――――!!!!!!)
それが手の甲に触れようとした時、扉が開く音が静かな教会内に響いた。
門の方に目をやると、黒のローブで全身を覆った一人の人間が立っていた。
☆☆☆
~~数時間前~~
「イリス隊長、でしたよね……。どうしてあなたが……」
「ある御方から頼まれたのだ。でなければ私がわざわざこのような面倒事はせん」
薄暗い石の螺旋階段を肩を借りながら上り、光が漏れる木の小扉を開けると、城内の中庭に出た。
久々の外の光にケイは思わず目を閉じた。
徐々に目が慣れてくると、ケイはゆっくりと深呼吸をした。
体の隅々に入ってくる空気、軽く跳ねればそのまま飛んでしまいそうなほどに軽く感じる体。
ただ眩しいと感じていた視界が鮮やかになって、眠っていた意識が段々と覚醒していくのがわかった。
「今日は式の前日。城内の多くの騎士や使用人が出ている。かと言って残っているのも少なくない。見つかれば今の貴様では太刀打ちできまい」
「ユリアたちは、大教会に……」
「ああ。…………姫の所へ行くのか?」
「もちろんです。そのためにも―――――」
「これが必要、だな。ケイ…………」
別の方向から聞こえた声に振り向くと、自分の剣が飛んできた。
ケイはキャッチすると、改めて剣が飛んできた方向に向いた。
「母様っ!?」
「隊長っ!!」
ケイの反応を置き去りにし、イリスは一瞬でレイラに駆け寄った。
距離の近いイリスに若干体を反らしながらレイラは話した。
「イリス、他の人間の前では私の時とは随分と喋りや雰囲気が違うようだが……」
「あっ、いや、これは違うんです隊長!!私は別に隊長の言い方がかっこいいからちょっと真似しようかな~とか全然そういうんじゃなくてですね……っ!!」
突然慌てて言い訳を始めたイリスを、ケイはよくわからないままじっと見ていた。
するとイリスはケイの存在を思い出したように止まり、一気にケイに迫った。
「今見たことを口外すれば絶対に貴様を許さんからな~~…………」
どすの利いた声と一緒に睨みつけるイリスにケイは固唾を飲んで強く頷いた。
「さて、ケイ。お前はこれから大教会に向かうのだろう」
「どうしてそれを……」
「聞かずともわかる。後の事は私たちに任せ、お前は先を行くんだ」
最初レイラの言葉の意味を理解しようとしたが、それはすぐにわかった。
廊下の奥から何人もの騎士たちの走ってくる音が聞こえてきたのだ。
「感謝します!母様、イリス隊長!!」
ケイは騎士たちが走ってくる方向とは逆方向に走り出した。
「いつ以来だろうか、こうしてお前と剣を握るのは」
「はい!私の成長した姿、見ててくださいね、隊長!!!」
城内から出て、城門に向かって走るケイの前には既に何百人はいると思われる騎士たちが行く手を塞いでいた。
門は今まさに閉められようとしていた。
「くっ―――!!間に合ええええええええええ!!!!!!!!」
ケイは走る速度を一気に上げ、騎士たちの群集に突撃する。
騎士たちの攻撃を蹴散らし、ケイは門へと飛んだ。
滑り込むようにしてケイは間一髪で門を突破した。
剣と一緒に渡された袋を開けると、黒のローブが入っていた。
「母様……ありがとうございます……。――――っ!!!」
ローブに身を包むと、ケイは再び走り出した…………
☆☆☆
~~現在・大教会~~
ローブの人間を見るや否や、教会内にいた騎士たちは囲い込み、槍や剣を突き立てる。
「その不届き者を捕らえなさいっ!!!」
お婆様の命令と同時に、大勢の騎士たちが一斉に駆け攻めた。
門の前は騎士たちが入り乱れ、教会の中ということを忘れてしまいそうなほどの惨状となった。
しかし、ローブの侵入者は向かってくる騎士たちを次々に切っては薙ぎ払う。
時には騎士たちを踏み台にして跳躍したり、柱を蹴って群がっている場所に飛んで蹴散らしたりと、圧倒的戦力差にも関わらず劣勢を感じさせない。
そして、じわりじわりとこちらに近寄って来ていた。
お婆様の顔は徐々に引きつり、一歩、また一歩と後ろに下がっていった。
「たった一人を何故捕えられないのですか!!これ以上この神聖な場を荒らさせてはなりません!!!」
「では、私が参りましょう、女王…………」
エリザは軽く会釈し、鞘から剣を抜いた―――――――




