女王の嘆息
~~数日前~~
「なにっ!デイジー女王が!!?」
「レイちゃんどうしたのー?」
思わず出した声に反応し、家の奥から心配する問いかけが来た。
「何でもないっ…………場所を変えよう」
家を出たレイラはそのまま裏に回り、林の奥へと進んだ。
木のトンネルをしばらく歩き、ログハウスが現れる。
そして険しい面持ちでドアをノックしようとすると、勝手に開き一人が顔を出した。
「お前ぇがここに来るたぁ珍しいな」
レイラの後ろにいた、ソフィー以外の見慣れない女に一瞬目を移す。
女がフードを外し一礼するとドアから一歩下がり、入るように示唆した。
女から報告の詳細を聞いたレイラたちは一瞬だけ驚いた様子を見せた。
そして即座に平静に戻ると、顔を見合わせ、頷いた。
「母上……」
「わかってる。ソフィーには言いやしないよ」
「申し訳ありません。私がもっと早く報告ができていれば……」
「何であんたが謝るんだい。その恰好を見れば王都周辺が今どういう状況にあるのかわかるよ。あんたも大変だったろうに、よくここまで来てくれたね」
ここまでの苦労を労う言葉を送ると、女は涙を滲ませ、隠すように下を向いた。
「仮に王都に入れたとしても無計画では支障をきたしかねない。現在の警備の配置と交代時間の詳細も教えてもらえるか、イリス」
「はい、隊長……っ!」
レイラに頼まれると嬉しそうに返事をし、イリスはテーブルに王都とその周辺の地図を広げた。
☆☆☆
~~現在・女王の部屋~~
女王デイジーは自室の奥の書斎でロッキングチェアに揺られながら窓の外を眺めていた。西方にゆっくりと流れていく雲を虚ろな目で追いかける。
すると、窓のすぐ側に三羽の小鳥が飛んできた。
甲高く鳴きながら不規則に飛び回る小鳥たちは、デイジーの目には子どもが楽しく遊んでいるように見えた。
そしてデイジーは、かすれて消えそうなくらいに小さく鼻歌を歌い始めた。
それは遠い昔に大切な人に教えてもらった歌だった。
落ち着きたい時、不安な時、寂しい時……いつもこの鼻歌を歌ってきた。
この歌を歌ったあとは少し笑顔を作ることができた。
歌い終わると同時に、小鳥たちは再び大空に飛び立っていった。
デイジーは追うようにして手を伸ばした。
当然捕まえられるはずなどない。それでも窓の外に手を伸ばしたまま眺めた。
その時、デイジーはふとあることに気づいた。
目元に何か違和感を感じた。
すくいとるように目元に触れると…………少し濡れていた。
ポケットからハンカチを取り出して軽く表面にあてて拭き取る。
ハンカチを直すと、大きく息を吐き、後ろに体重を掛けながら静かに目を閉じた。
一度は病で倒れ、何年も療養していたにせよ今ここにいるのは奇跡にも等しい。
孫のユリアの結婚式を見たいという願いも今なら叶うことだってできる。
…………そのはずだったが、相手がよりにもよって『イリアス』だった。
そしてそれを理由に結婚式に反対し、ユリアの幸せと笑顔を強引にも奪った。
今更ながら自分の行為が本当に正しかったのかと疑念が出始める。
アルバートとエメラダは各部屋に軟禁し、外から招待している王族貴族の人間たちにもまだ教えていないが、ユリアの結婚相手が変わったとなれば混乱を招く。
強いては国民、世界に情報が伝播し、ルイス王家始まって以来の失墜につながる可能性もある。
自分の都合の為にと発言し、始めてしまったことに一瞬後悔の念が浮かんだ。
その時扉からノックの音が一人だけの空間に横入りした。
デイジーは意に反して思わず入室の許可を出してしまった。
「デイジー女王……今何をお考えになられていたのですか?」
「別に。何でもありません」
「そうですか。何か気になることなどありましたら、どんなに些細な事でも私は尽力いたしますので。ただそれだけをお伝えしようかと……」
「感謝しますが、今は結構です。戻って大丈夫ですよ」
「承知いたしました……」
エルザが退室しようとしたところで何かを思い出したように振り返った。
「今更、自分がなされたことに後悔などしていませんよね……?」
目は笑っているはずだが睨めつけるように、低い声色で聞いてきた。
「一体誰に聞いているのですか?」
「…………いえ、ほんの戯れです。では…………」
扉の閉まる音が響くと、デイジーは再び後ろに体重をかけて大きく息を吐いた。




