脱出
「ふんっ。ようやく自分の置かれている立場を理解したか、手間を取らせるな。お得意のわがままは幼少のまま成長していないようだな」
数歩後ろを歩きながら煽り言葉を並べてくる。
いつもならすぐに頭に血が上るけど無視し続けた。
「…………クロエに何を吹き込まれたのか大体察しがつくが、私がいる限り好きにはさせない。万が一にも抗った場合、地下にいるアレがどうなっても知らな―――――」
無視し続けた努力と言う名の赤ワインは、振られ続けた結果限界に達し、塞いでいたコルクを勢いよく弾き飛ばした…………
「この私に何をしようとしたのかわかっているのか……」
手首を掴まれ、力を入れても動かない。
相手に自分の力が及ばないことは理解していた。
それでも、私の愛している人を侮辱されたのだけは我慢できなかった。
「ケイはものなんかじゃない……。ケイ・イリアス・ベルカ…………私が将来を託そうと思えた唯一の存在よ!!ケイへのこれ以上の侮辱は絶対に許さない!!!!」
「おのれっ…………!まあいい…………間もなくすればそういう口も開けなくなる。今のは戯れとして見逃してやろう……」
力を弱めて私の手首を放した。
前と同じ場所を掴まれ、完治していない腫れの痛みが走り、思わず座り込んだ。
そんな私を見下すと、憐れむように嘲笑し、先へと歩いて行った。
☆☆☆
「…………ルカ…………、……きろ…………イリアス…………」
誰かが自分を呼んでいる。
夢と現実の間でそれだけがわかった。
起きていてもできることは他になく、寝るのが癖にでもなったかのように思えた。
目覚めを後押しする鳥の声や日光もないここは、世の睡眠愛好家たちにとって最良の場所かもしれない。
そんなことを思いながらもう一度夢の中の最愛の人に会いに行こうとした…………
「ケイ・イリアス・ベルカっっっ!!!!」
「っ―――――!!!」
「いつまで寝ているつもりなのだ貴様!!隊長であれば……っ!いや、今は語っている一刻の猶予もない……ここから出るぞ!!」
入口に巻きつかれた鉄の鎖の鍵を開ける。
その瞬間ケイは今何が起こっているのかをようやく理解した。
入口が開いたと同時に走り出そうとした。
しかし、しばらく走ることをしなかった体は思ったように動かず、頭ではイメージがあっても、体は走る感覚を忘れかけていた。
ケイは千載一遇の好機に不自由になった体を悔いた。
そして膝から地面に崩れていき…………。
「何をしているのだ!!! かつて私に答えた姫への愛はその程度のものだったのか、ケイ・イリアス・ベルカ!!!」
膝が地面に着く前に体全体を使って支えられた。
ケイは頼りない足どりで、しかし必死に前へ前へと踏み出した。
歯を食いしばり、肩を借りながらも少しでも早く前へ進めるように。
そして枯れかけた喉を振るわせ、一人の名前を胸の底から叫んだ。




