機転の光
あぁ、どうしてですか神様。
ただ一人の少女に焦がれ、命の灯が燃え尽きるまでの一刻をその少女と共にしたい、それだけなのに。
私たちが出会ってからの数々の出来事、それらは試練とでも言うのですか。
身分の壁を越え、愛を深めることがそんなにも罪なことですか。
自分の立場が憎い。
ケイは何も悪くないのに。
私が王族であるばかりにケイが酷い目に…………
婚礼の二人のためにと用意された特別の一室。
大きな窓から見える雲一つない真っ青な空が今の私を嘲笑う。
そう思うと窓側にある椅子にも座れなかった。
感情が乱れ、何度も気の置けそうな場所を探した。
最終的に座ったのは、絨毯の届かない床の上。
冷たい床が何故か心地よく感じられた。
大人数人が同時に横になっても余裕がありそうな純白のベッドに体を預け、シーツの端を濡らす。
声は枯れたのに、涙が枯れることはなかった。
(………………っ)
ノックもせず入ってきたそれに見つかる前に目元を拭き、毛布を少し引っ張って濡れた箇所を隠した。
「また泣いていたのかユリア、目元が赤く腫れているぞ」
私は何も言わず、ただただ睨んだ。
しかし私の渾身の睨みをまるでそよ風程度とでも言うようにニヤリと笑った。
そしてそのまま真っ直ぐに私に歩み寄ってきた。
「ふっ、そんな顔をするなよ。せっかくの美しさが台無しだぞ」
そう言って顔に手を伸ばしてきた。
私は瞬発的に払いのけ、数歩下がった。
「穢れた手で触れないで!!」
「穢れた…………だと――――っ!!!」
突如さっきまでの余裕がなくなり、鬼気として手首を掴んできた。
「いやぁっっ!!!離してっっ!!!!」
「私の手は穢れてなどいない!!貴様にこの手の価値の何が分かるっ!!!」
手首を強く掴まれ、勢いにつられて体全体が揺さぶられる。
我を忘れたように怒鳴りつけてくるその形相は、貴族あるいは騎士とも程遠い。
掴まれている腕が痛い。
怖くて声も出せない。
ケイは牢屋に入れられていて誰も助けに来ない。
泣きたい、苦しい、悔しい…………。
それでも―――――っ!!!
「あなたのように何でも力で解決しようとして、他人の気持ちも考えないような人間の手なんて穢れていて当然じゃない!!!いいえ、支配欲に溺れたあなたはもはや人でもないわっっ!!!」
「おのれぇ…………!!言わせておけば―――――っっっ!!!!!」
私の腕を掴んだままもう片方の手を上げた。
間もなく激しい痛みが襲ってくる。
叩かれた箇所は赤く腫れて、跡が残るかもしれない。
嫌だな……痛いだけで済むといいけど…………
体の条件反射にまかせて目をぎゅっと閉じた――――――――
「失礼いたします、ハウブリッド様。お客様がいらっしゃいました……」
扉からノックの音がし、振り落とされる寸前で手を止めた。
「取り込み中だ、用なら後にしろ!!!」
「ですが既にこちらにいらしており…………」
「ちっ…………んぅっ!!」
「きゃぁっ!!」
邪魔をされたのが怒りに拍車をかけたのか、舌打ちとともに粗末に床に投げ捨てられた。
掴まれていた手首は赤く腫れ、曲げようとすると棘で刺されるような痛みが生じた。
とりあえずは助かった……?
いや、帰ってくれば今度はもっと酷いことをされる……?
もうあんなのに脅されるのは散々だ。
見苦しくても、来た人に助けを請うしかない……!
「あら、何か取り込み中だったかしら。あいにく、私は時機を把握するのが苦手なの……」
「な、何故貴様がここに……っ!?」
「私もいるよー!」
聞き馴染みのあるその声たちに反射的に振り向いた。
そこには今まで長く時間を共にし、過ごしてきた無二の二人がいた。
見た瞬間目から熱いものが溢れ出し、声に出さないように口を押さえた。
「…………………」
涙を流し床に座り込む私と、睨みを利かすそれに目を一度往復させた。
そして静かに目を閉じ、息を吐いた。
「あなた、ここから消えなさい。邪魔よ」
「ぐっ……何を言うっ!私はユリアの婚約者だぞ!!!」
「聞こえなかったの?私は消えなさいと言ったのよ。それ以上私たちに対しぞんざいな発言を続けるようなら、こちらも応えてあげるわ…………」
スカートの割れ目から脚に忍ばせていた短剣を手に取ろうとする素振りを見せる。
「っっ~~~~!!覚えていろよ………!!」
言葉を捨て置き、扉を強く閉め出て行った。
するとずっと控えていたかのように私を見て、真っ直ぐに駆け寄ってきた。
「ユリアちゃん!!!大丈夫っ!?うわぁぁ痛そう……っ!もっと早く来れなくてごめんね!!辛かったよね!!苦しかったよね!!」
涙を浮かべ強く私を抱きしめる。
でも痛みはなく、久々に触れたような温もりを感じた。
「今ので何となくここの現況を把握したわ。あなたも災難だったわね……」
「……っそれよりどうして二人が……。到着はあと数日後だったはずじゃ……」
「この子がどうしても早くあなたに会いたいと言うものだから、予定のお役目を早々に終わらせて来たのよ。そしたら王都の様子は結婚前だというのに閑散として、お城にもまだ誰も来ていないじゃない。もっと情報が欲しいわ、詳しく聞かせてもらえるかしら、ユリアさん……」
そして二人には全てのことを話した。
この数週間で起きた出来事の全てを…………




