婚約破棄、そして婚姻
「ユリア、貴方に紹介したい人がいます……」
奥の扉に向けて入るように言うと、出てきたのはさらさらとした髪を肩程まで真っ直ぐに下ろした、見た目同い年くらいの少女だった。
「初めましてユリア王女。私の名はエリザ・ハウブリッド、どうぞよろしく」
大仰な手振りをつけて頭をさげる。
お婆様や周りは気に留めていないが、その態度は初めて会った時のケイとは違い、本当に私を舐めているように感じられた。
「エリザは幼少より枠にとらわれないありとあらゆる学と技能を修め、それでもなお成長しようとする向上心は、将来に大きなものを守り抜く可能性を無限に有しているわ」
エリザという少女を見るお婆様の目が、まるで眩しいものを見ているかのようだ。
しかしわからない、お婆様がなぜ見ず知らずの人を褒め称えるのか。
なぜ私の隣にいるケイを見ようともしないのか……。
「お婆様は、何が言いたいの…………」
「ユリア……………………ケイ・イリアス・ベルカとの婚約を破棄し、エリザと婚姻を結びなさい……」
「ちょっと待ってくださ―――――っ!?」
じっと聞いていたケイが前に出ようとした。
すると数人の騎士が阻むようにケイの前に現れ、その槍先を向けた。
「どう、して…………っ、どうしてケイとの結婚がダメなのにその人ならいいの!!!私とケイはもう何年もの付き合いで、お父様やお母様、それに多くの人からも私との婚約を祝う言葉をもらってきた!!なのにどうしてっ―――――!」
「エリザこそがあなたに相応しいと考えたからよ、ユリア」
「嫌だ!!私は、私を愛してるって、これからもずっと傍にいるって約束してくれたケイを愛してるの…………だからケイ以外の人と結婚なんて絶対にいやっっ!!!!」
私の叫びに沈黙し、首を横に振る。
そしてお婆様は、手を前に突き出した。
「ケイ・イリアス・ベルカを拘束しなさいっ!!」
その一言が言い放たれると、ケイは床に取り押さえられた。
「ケイっっ!!!!」
ケイに近づこうとした私に、複数の騎士が前を塞いだ。
床に突っ伏したケイの口元に白いハンカチが当てられる。
直後、必死に抵抗していたケイは、ゆっくりと目を閉じていった。
こんな……こんなことまでして……っ!
「お婆様お願い!こんなんことやめて!!」
「これは貴方のためなのよユリア。話は聞いているわ。ケイ・イリアス・ベルカと生活を共にし始めてから、貴方の身の回りで騒動が多発したと……。それを聞いていながら、私が看過できるとでも?」
「でも……その度にケイが守ってくれた!!」
「…………連れて行きなさい」
ケイが連れていかれる……
私からどんどん離れていく……
いや……いやだ…………
行かないで……っっ!!
「…………何をしているんだっっっ!!!!!!」
激しく扉を開けたお父様の顔には、大量の汗と困惑した表情があった。
一方でお婆様は平静を保ったまま、その冷めた目を向けた。
「アルバート、貴方にはここへの立ち入りを許可した覚えはありません」
「そんなのはどうでもいい!!今すぐこんな馬鹿げた真似をやめろと言っているんだ!!!」
「馬鹿げた…………?」
瞬間、お婆様の声色が変わった。
「馬鹿げているのはどちらです……っ!私が空けた椅子に身勝手に座り、上流階級の人間より選出する剣闘においては一人の一般庶民を候補者に入れた!」
「待ってくれっ、俺は母さんが戻って来ることを信じ、その間だけ―――――!」
「お黙りなさいっ!!権力の乱用として考えれば、あなたが最も重い罪人になるわね、アルバート……」
「そんなっ…………!」
今度はお父様に向けて手を前に出し、同時に騎士たちがお父様を取り囲んだ。
だめだ、今のお婆様には何を言ってもまともに聞いてくれない……!
お父様でもだめなら、一体どうすれば……。
…………っ!
一つだけ、この状況を打開できる策がある。
でもこの方法は上手くいく保証はないし、かなりの賭けになる。
怖い、ものすごく怖い……
これで失敗したら私は……それにケイは…………
それでも、ケイやお父様を助けられるのは私しかいない、だから……!!
「わかりましたお婆様……。私、ケイ・イリアス・ベルカとの婚約を取りやめ、そちらの方と契りを交わします…………」
「そうよユリア、それがあなたの未来にとって最良の選択なのよ……」
悔しいけど、これでケイとお父様を解放できるはず。
あんなのとの結婚なんて誰がするもんですか。
この後のことはケイには申し訳ないけど、ケイと何とか結婚できる方法を考えよう。
ひとまずはこれで…………
「………………二人を連れて行きなさい」
―――――――――!?
「私はその人と結婚するって決めたっ。だから二人は解放しても問題ないはずでしょ!!」
「貴方の結婚とは別に、あの二人は勝手に作られた立場を利用して、行き過ぎた行動が多々あった、その罪は重いわ。よって当分の間、二人を地下牢へと幽閉します」
☆
一週間ほどが経ち、私は地下牢でのケイとの面会を許された。
牢屋の前に立った私に気づいたケイは、こんな時でも何度も見せてくれた笑顔を作った。
「ユリア…………元気そうでよかった……」
どうして私に気を掛けていられるの…………
「久しぶりに君を見れて嬉しいよ……」
お願いだから……優しくしないで…………
「………………ケイ……私、あの人と結婚することにしたわ」
「……………………そっか……」
「もう、あなたと会うことはないわ……」
「うん…………」
「それじゃあ、さようなら、ケイ…………」
それ以上ケイを見ないようにと、牢屋を背中にして歩き出そうとした。
「最後に、ひとついいかな…………?」
何も…………言わないで…………!
「どうして、そんなに泣いてるの……?」
嫌だ…………
いやだいやだいやだ!!!!
もういやっっっっ!!!!!!!!
「ケイ!!!!私は必ずあなたを助けるから!!!もう少しだけ時間をちょうだい!!そしてここを出たら、私たちの結婚式を盛大に挙げましょう!!ケイが好き!!ずっとずっとずっとこれからも、どんなことがあってもあなたを忘れないし、愛している!!!!だから私の事も忘れないで!!!」
私は枯れそうな声を荒いだ。
後ろについていた騎士に上へと連れていかれる。
それでも私は言い続けた。
私は、絶対に諦めない――――――!!




