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王女の責務

 前の夢は本当に怖かった。


 あれからしばらくは、廊下の曲がり角に差し掛かると、ケイの腕を掴んでしまうのが癖になった。


 その度にケイは肩に手を回し、「怖くないよ。大丈夫、私がいるから……」と優しく囁いてくれた。




 ケイが四六時中寄り添ってくれたことが効いたのか、次第に以前のように学園を一人で歩けるまでに調子が戻った。


 ケイは私とくっついていられる口実がなくなって残念と言っていた。

 けど、その冗談の裏でケイは嬉しそうに笑顔を見せていた。

 

 



 ケイは私の困った反応を楽しもうと、よく冗談を言ってくる。


 でも、その根底には温かい愛があって、その場では嫌と言うけれど、その愛を感じられて嬉しい自分がいる。


 ケイの温かな愛に触れれば触れるほど、もっと愛を感じたい、ケイの愛で体を満たしたいという欲が際限なく湧き出てくる。



 こんなこと、自分でもおかしいことくらいわかっている。

 それでも、心と体がケイを求めて仕方がない。


 

 今私がやろうとしていることは、正直王女としての品位の欠片もないことは十二分に理解している。



 でもそれに気付いた時には、目的地についていた。



 ここまできたら自分の気持ちに素直になろう。



 私は一度深呼吸して、部屋の扉をそっと開けた。

 すると、消したはずの手持ちランプと同じ色の光が、真っ暗な視界を照らした。




「…………ユリアっ、こんな時間にどうしたの!」


 扉の先の相手が予想外だったようで、驚いた様子で小声で聞いてきた。


「…………ケイ……」



 視線を私が持っていたものに移すと、クスッと笑みをこぼした。


 私は他のそれでは眠れないため、自分専用のを使っている。

 ケイは私がここに来た目的を、その一目で察してくれたようだ。



「さ、おいで……」



       ・

       ・

       ・



「もうすぐだね、私たちの…………」


 

 口をほころばせ、私の左手の薬指にキスをする。

 


「うん……っ」

「これから忙しくなるね……」



 私たちが結婚するにあたり、公式の挨拶として諸外国を訪問したり、来賓として迎える。

 また、これは結婚式までの期間にほぼ毎日のように行われる。

 

 そのため、式を挙げ終わるまでのしばらくの間、学園を離れなければいけない。


 

 億劫だ……率直に気持ちを言えばこれが出る。

 でもこれが終わった時、私は初めてケイと結婚ができる。


 ここが我慢時だ。



「大半の国は私たちの結婚を受け入れてくれている。けど、私の身分を好まない国もあるようだね……」



 私との結婚話に一般人のケイが選出された当初は、貴族や周辺国から反対の声が上がっていたけど、それも時の流れとともにだいぶ落ち着いた。


 それでも、未だにケイを王家の地位を狙う賊人呼ばわりしたり、格式高い王家の地に泥を持ち込んだ、などと苦言を呈する人間がいるのも、悔しいがケイの言う通りだ。



 顔には出していないけど、おそらくケイは、私への周囲の目を心配してくれているのだろう。


 でもそんなこと、今更知ったことではない。


 私は愛する人と、ケイと結婚したいんだ。

 ケイ以外なんて考えられない。


 それくらいで下がるような王家なら、その程度までだったというだけのこと!

 


「文句を言ってくる人間がいたら、私が黙らせてあげるわ!」

「――――!…………ふふ、ユリアはほんとに逞しくなったね」

「誰かさんのおかげよ。はい、もうこの話はおしまいっ。さ、寝ましょ」

「うん。おやすみ…………」


 



      ☆





   ~~ウィンズハート王国王城、ユリアの部屋~~




「ハミ、この後の予定を言ってちょうだい」

「はい。日暮れまでに事務の消化を終えていただき、首都オンカナートへ出発となります。着きましたらパルデ王国の両陛下とケイ様を交えての会食です」



 はぁ…………覚悟はしていたけど、ゆっくりと紅茶を挟む暇もない。

 目の前に積まれている紙の山が、早く作業を始めろと言わんばかりに急かしてくる。



「やはり無理をされているのでは……ケイ様をお呼びになりますか?」

「ううん大丈夫……」



 ケイは護衛の騎士たちと打ち合わせをしているし、邪魔をするわけにはいかない。


 それにここでケイを呼んでしまうと、絶対に甘えてしまう。

 そしたら事務の仕事が終わらずに、出発時間も遅れて周りに迷惑がかかってしまう。



 私は王女なんだ。

 しっかり責務を果たさないと。



 自分を鼓舞し、作業に取り掛かると扉を小さく叩く音が聞こえた。

 ハミルトンが反応し、一礼して部屋を出て行った。

 




 しばらく経って事務の仕事も終わりが見え始めた頃、今度は軽快に扉を叩く音が響いた。


 音から察するに、何か急用のようだ。

 入室の許可を出すと、ハミルトンが慌てた様子で入ってきた。



「ユリア様大変ですっ――――!」




         ・

         ・

         ・




「お父様、お母様!!」

「忙しいのに悪いなユリア。話は聞いてもらっている通りだ」

「まさかユリアたちの結婚式に重なるなんて想像もしていなかったわ……!」



 両手で口元を隠すお母様を横目に表情を変えないお父様……。

 


「ユリア、お前は予定通りにケイと出発してくれ」

「え、でも……!」

「お前たちが今優先すべきは結婚式だ。あとの事は俺たちに任せて、自分たちの役目を果たすんだ」

「わかった…………行ってきます、お父様、お母様」



 二人を後にして、私は部屋の扉を閉めた。




「さあ、これから俺たちも忙しくなるぞ……!」

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