最宝
「ユリアさん。ここはですね、こうして……」
「っ……。先生……やっぱり私、怖いです……」
「大丈夫ですよ。私がしっかり見ていますから…………」
「先生。少々距離が近すぎませんか?」
ケイは不満そうに尋ねた。
「あっ、すみません!集中していたら、つい……」
「もー。ケイったら、せっかく先生が教えてくれていたのに、邪魔をしないでよ」
アルテ先生は被服を専門とする教師で、被服室で裁縫を教わっていた。
放課後のため他の生徒はいない……ケイを除いては。
アルテ先生の教え方は丁寧で、私の前に手を出してひとつひとつ順序立てて教えてくれる。
顔が真後ろにあって距離がとても近いけど、その分私の手を重ねているため、先生の手本のようなやり方が自分がやっているように体験できる。
でも、ケイはこれが気に入らないようだ。
先生と密着している間、じーーっと睨むようにして観察していた。
ここまで嫉妬深いケイは初めてだ。
先生もケイの方を伺いながら肩をすぼめて、やりずらそうにしている……。
これでは先生に申し訳がない。
「ケイ。今日は先に戻ってて……」
「でもユリア―――――」
「いいから!!」
ケイは寂しそうな顔で私を見た。
「…………わかったよ」
自分の鞄を持つとゆっくり歩きだし、部屋の扉を閉めた。
アルテ先生が来てからのケイは、少々嫉妬が過ぎていた。
教室に先生が入るや否や、犬のように警戒し。
廊下ですれ違った際にも、私が先生側にいると場所を交代してまで私と先生の距離を近づけさせないようにする。
いくら先生が私に好意的だとしてもやりすぎだし、何よりかわいそうだ。
今だって先生が申し訳なさそうにしている。
たまには少し言い過ぎなくらいに言っておく必要がある。
ケイが普段何でもできてしまうと言っても所詮は同じ人間、こういう空回りするときだってあるだろう。
ケイのことが好きだからこそ、言わなくてはならない。
これもアザレアの私の大事な役目だ。
まあ、戻ったらきちんと話して、仲直りしよう。
「ごめんなさい、ユリアさん。私がお二人の間を悪くしてしまって……」
「先生は何も悪いことなんてしてません。ですからどうか謝らないでください」
「っ……! 私を……許してくれるんですか……?」
顔を上げた先生の目は、少し潤っていた。
先生は結構泣き虫なのだろうか。
「ユリアさん……っ。ありがとうございます!!」
突然大きな声を出した先生は両手で私の手をとった。
私の手は力強く握られ、固定された。
先生の鼻息は荒く、メガネ越しに見える瞳孔は大きく開いていた。
「ユリアさんありがとうございます!!私ユリアさんに嫌われたらどうしようかと思ったんですでも許しがいただけて本当によかったああよかったさすがはユリア様ですそんな慈悲深きあなただからこそ私はっっ――――――」
「せ、先生っっ!!!」
叫ぶと先生はハッと我に戻ったように私の手を離した。
「ご、ごめんなさい!私、つい興奮してしまいました…………きょ、今日はもう日も暮れてしまいますし、また後日に続きをしましょうっ」
「は、はい……今日は教えていただき、どうもありがとうございました……」
そう言い残し、私は被服室を後にした。
先生が私の手を握っている間、私は何もできなかった。
大きく開いた瞳孔に映る自分が見える程の距離にまで迫られ、手だけでなく体も動かなかった。
時々先生は無意識に私のことをユリア様と呼んでしまうようだ。
それほど私と、お父様たちのことを敬愛しているということだろう。
でも、迫ってくる先生の様子はまるでいつもの先生とは別人で、何かがとりついたようだった。
とても……怖かった…………。
次回から、先生に教えてもらうのはよそう……




