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願いの器

「それじゃ、少し行ってくるよ」

「あ、待って、ケイ…………」



 私はかかとを僅かに浮かせた。



「っ…………忘れ物……」

「ふふっ。今日の私は忘れっぽくなっているみたい。戻ったらもう一度教えてくれるかな……」

「……うん、わかった」



 ケイはにこっと微笑むと騎士たちの方へと歩いて行った。

 


 ケイはその剣の腕が認められ、学園に戻るまでの短期間を条件にして、新たに城に入ってきた騎士たちの特別講師をしている。

 初めは拒否していたものの、私がちょっとだけ後押ししてみると弱ったように引き受けた。

 

 

 ケイは一度やると決めたら怠ることはない。

 故に、指導もしっかりと熱を入れる…………


 


「あなたは重心を支えるのが苦手なようですね。あとで私と簡単なトレーニングをしましょう」

「は、はいっ!よろしくお願いします、ケイベル様!!」




 あの子、ちょっとケイに近寄りすぎじゃないかしら……




「あ、あのぉ……ユリア様……?」

「何かしら…………」

「ひぃっ……!お、王様がユリア様をお呼びするようにとっ」

「お父様が?」



 こんな時にタイミングの悪い。大した用じゃなかったら許さないんだから……!



     ・  

     ・   

     ・



 

(もう……何でついて来るのよぉ…………)



 向かっている私の後ろを、何故か二人のメイドが付き添っている。仕事に戻っていいと言っても、わたくしめどものことはお気になさらず……と言われた。


 気になるから言っているのに…………

 



 落ち着かない心持ちでお父様の部屋の近くまで辿り着くと、扉の両脇には通常いるはずのない、あのナイツ・オブ・キングが二人立っていた。


 それぞれハートと四つ葉のクローバーにも見て取れるような紋章を左胸につけ、微動だにせず直立している。


 いつもと違う妙な雰囲気に若干の緊張を覚え、私は小さく息を吐いた。




(…………よし)




 開けるように指示し扉が両側に大きく開かれると、部屋にはお父様と一緒にお母様の姿があった。


 さっきから何か変だ。


 お母様が一緒にいるのはまだ珍しくないにしても、ナイツ・オブ・キングが出てくるということは何かあったのか、もしくはこれから起こるのか……。


 どちらにせよ普通でないことは明らかだ……。



「お父様、お母様、これは…………?」

「急に呼び出してすまない。ひとつ、確認しておきたくてな……」



 お父様は一息ついて問いかけてきた。



「結婚……()()()でいいんだな…………」



 お父様の声色は穏やかだった。

 しかし、普段名前で呼ぶお父様がケイの事を名前で呼ばず、あの子と指したのに一瞬違和感を覚えつつも、私は答えた。



「……うん。私はケイと結婚したい。ケイ以外は考えられないわ…………」



 恥じらいの気持ちなど一切なく、ただケイと結婚したいという気持ちだけが口から出た。



「そうか……うん。俺たちも、ユリアの結婚相手として最良な人間は、あの子以外にいないと思っている。お前自身の気持ちを再確認できてよかった……」



 そう言って嬉しそうにお母様と顔を見合わせた。

 二人は椅子からゆっくりと立ち上がりると、私について来るように言って部屋の扉を開けた。


 

     ・

     ・

     ・



 前方と後方を警護されながら城内を歩きまわり、とうとう地下へと続く扉にの前まできた。扉と言うよりは門と言った方が近いのかもしれない。


 お父様が輪っかについた鍵を取り出し、大きな鉄の鎖を上から順番に外していく。


 扉が開くのを確認し、メイドがランプをお父様に手渡すと、騎士とメイドたちが扉から離れた。



「ここからは暗い。足元に気を付けるんだぞ」



 言われた通り扉の向こうは真っ暗で、微かに香る石の匂いと、隙間風でも入っているのかひゅーっと小さな音が吹き抜ける。


 私は怖くなりお母様の手をとった。




 螺旋状の石階段を下りている間はお父様のランプで照らされた部分しか視界が制限され、入って数分も経っていないはずなのに何時間にも長く感じられた。



 ようやく階段が終わり、お父様が木の扉についた鍵を開けると、隙間から光が漏れた。




 扉が開かれると、そこは馬車が6台ほど入りそうな部屋だった。




 石の壁や床に枯れた蔓や苔が生え、奥に石の隙間から漏れた光に照らされた祭壇。そしてその上には小さな木箱がぽつんと置かれてある。


 何も音はなく、足音の反響も全くない。

 私が長年城にいて初めて目にする謎の空間。


 そのはずが、私は何とも言えないふわっとした雰囲気を感じると、自然と身を引き締めた。



「いいか、ユリア。ここは俺たち王族の人間でも特別な時にしか入ることが許されない、神聖な場所なんだ。そして今が、()()()だ……」



 そう言うとお父様は祭壇に向かって歩きだし、お母様もその跡を着いて行った。


 そして二人が祭壇に上がると、木箱から何かを取り出した。



「ユリア。あなたたちの未来が幸せに満ちたものになることを切に祈っているわ……」

「お母様…………」

「ユリア、これを……」



 お父様に手渡されたのは、技巧に模様が彫られた短剣の木の鞘だった。



「それを、お前たちの結婚式まで決して手放さないようにするんだ。そして結婚式で、ここに戻す……」



 今わかった。


 きっとこれは、私たち王族の人間が結婚するための儀式なんだ。


 そして、この鞘を守り抜いてこそ、結婚するに値すると……。



「わかった……。私、結婚するまでこの鞘を守ってみせるわ……ケイと一緒に!」

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