王女と心配
「ケイさんが変?」
「そうなんです。私が声をかけてもぼうっとして……。昨日なんて、あのケイが廊下の何もないところでつまづいてたんですよ。あのケイが!」
前のめりに椅子から立ち上がった私を、リルはどーどーと手振りをつけて座るように促した。
「いくら常人離れしたケイさんといえど同じ人間なのですし、お疲れなのでしょう。今のケイさんにとってユリアさんの身を護るのは負担でしょうから、今夜はぜひわたくしのお部屋に……ぐふふ♡」
毎度のことだけど、カトレアさんは距離が近すぎる。私を見かければすぐにこうして抱き着いて来るし、笑顔のはずなのに見ていると悪寒がする……。
やだ、カトレアさんが今触った場所って……!
「戯れが過ぎますよ、カトレアさん」
「ケイ……!」
私は制服の着崩れした場所を隠しながらケイの後ろに回った。
「くっ、いいところでしたのに……。用事の方はもうよろしいんですの?」
「ええ、これはその手伝ったお礼にと貰ったものなんですが、よければ皆さんで召し上がってください」
箱にかかった布をとると、中にはかわいらしいお茶菓子が数種類入っていた。その甘い匂いに誘われるように、近くのソファーで寝ていたイヴちゃんも合流した。
「ところでケイさん。あなたはここの所、ユリアさんがお隣にいらっしゃっても意識が散漫としていることが多いようですが、大丈夫なんですの?」
カトレアさんが問いかけると、他のみんなもケイを見た。
普段のケイは立ち振る舞いに無駄がなく、隙が無いことでも知られているため、私の話を聞いて気になったのだろう。
ケイは不意を突かれたような表情をしたあと、私の方を見た。
「私がみんなに話したの。ケイ、何かあるの?もしあるのなら、それは私に言えないようなこと……?」
私はケイの手を握り、目を見つめた。ケイは手を握り返してくれたが、目の奥はどこか落ち着きがないように見えた。
目を閉じ、軽く息を吐くとケイは笑顔になった。
「ありがとうユリア。みなさんもご心配をおかけしてすみませんでした。私はもう大丈夫です」
「もしまた何かございましたらわたくしに言ってくださいまし。その時はこのカトレア・リベ・ブライトの名に懸けて、ユリアさんを絶対的にお護りしてみせますわ!」
胸を張って得意げに話すカトレアさん。
王女に守られる王女というのもどうかと思うが……。
クロエさんはカトレアさんが見えていないと知っていてか、コーヒーカップを手に微笑していた。
「ったく、最後にどっちも守らないといけなくなるのはイヴだってのによ~」
☆
一日の授業が終わり、特にすることもなかったため寮の部屋に戻って未読の本でも消化しようと校舎を出た。
最近は夕暮れが早いうえに風が冷たい。制服の下に重ね着をしても、冷たい空気には敵わないようだ。
いつもならバッグに入れてたはずの手袋とマフラーは、部屋の机の上に置いてきてしまった。
寮までの道のりがいつも以上に長く感じる。無駄に広い学園の敷地が恨めしい……。
擦り合わせた手に息を当てながらしばらく歩いていた。
すると後ろから何かを首に巻かれた。
私は振り返らずにそのまま後ろに体重を預けた。
「遅い……」
「ごめんね。移動教室で授業が終わった後に、先生から片付けを手伝うように頼まれたんだ」
先生に頼まれたなら仕方がない。先生でなくても頼まれたら断れない優しさがケイのいいところだ。
そしてそれが、私の好きなケイだ。
というかこのマフラー、つけて時間が経ってないのに温かい……。
まさかケイ、さっきまで自分が巻いていたのを私に……。
「っ……ユリア……」
「わ、私のせいで風邪でもひいたら、誰が私を護るのよっ……」
「ふふっ。うん、そうだね……。ユリアを護るのは私だからね……。私だけだから……」
ケイと一緒に巻いたマフラーはなぜか私の顔まで温かくした。




