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ケイ・イリアス・ベルカの悩みごと

 あの時、私は聞いていた……。




(私は、このナディア・フィーベルと婚約します……!)




 扉の向こう側で、カーミラさんのプロポーズ同然の言葉を。

 そして、夜に宮殿へ戻れば、ロマンチックだったと目を輝かせながら熱く語るユリア。

 私は笑顔でそれを聞くことしかできなかった。

 いや、正直聞き流していたかもしれない――――

 

 


 私はクロエさんの結婚話を聞いた時、相手が誰だとか関係なく、羨ましいと思った。私たちの国、ウィンズハート王国では私たちはまだ結婚ができる年齢ではないからだ。



 そしてもう一つ。私とユリアの関係はあくまで()()者同士、()()相手ではないからだ……。



 私はかつての剣闘で勝利し、ユリアの婚約者候補の座を手にした。

 当時は少しでもユリアとの接点を多く作ろうと無我夢中で、婚約者候補という肩書きだけで高揚し、満足していた。


 時にアクシデントがありはしたものの、ユリアと共に過ごす日々で私は充足感に浸っていた。

 でも、そんな折にクロエさんの結婚話が、私をその重要なことに気づかせてくれた。


 以降、結婚というワードが頭の中で何度もちらつき、冷静に物事を考えられなくなっていた。


 そのせいでユリアの考えを再考を省いて安易に乗ったり、宮殿でユリアが寝ている隣であんなことまで……。


 結果、ユリアたちを危険な目に遭わせ、クロエさんにも私がついていながらユリアたちの行動を制御できなかったことを指摘されてしまった……。


 こんなことでは守れるものも守れない。今度同じような事があって、ユリアに今度こそ危険が及べば、最悪、婚約破棄ということもあり得る。それだけはなんとしても回避させる必要がある。

 

 そして、クロエさんの結婚騒動のようにいつ誰が言い寄ってくるかもわからない。



 だからこそ、私は――――

 



「ねえ、ケイったら!」

「っ……!ユリア……。どうしたの?」



 袖を強く引っ張られ意識をユリアに向けると、ユリアが私を上目遣いで睨んでいた。



「どうしたの……。じゃないわよ!私が聞いてるのに無視したじゃない!」



 無視?ということはさっきから私に声をかけていたということか。

 怒った顔も相変わらずかわいいけど、ひとまず謝ろう。



「無視なんて私がするわけないよ。少し考え事をしていたんだ。ごめんね」

「もう。ケイの耳には私の声は小さすぎるのかしら……」

「そんなことないよ……。私はいつだってユリアの近くにいる。だからユリアのどんなに小さな声でも、私は聞いているよ」



 そう。君のどんなにか細い声でも、どんなに遠くに離れようとも、私は誰よりも一番に君を見つけ出し、誰よりも君の近くにいる。


 その時はこうして、私よりも少し小さくてか弱い身体を傷つけないように優しく、でも放さないように強くこの手で包もう……。



「さっき私が呼んでも聞いていなかったくせに」

「あ……」




  ☆



 

 ~一か月前、ロベスト帝国より帰国直後の王城内~



 私は騎士兵団のトップ、ナイツ・オブ・キングの一人に呼び出された。


 ナイツ・オブ・キングの構成員はその地位こそ有名ではあるが、各個人の名前は公に知られていない。

 当然、常時の所在や任務の内容、過去の遍歴や関係者に至るまで不明。知っているのはせいぜい王族のユリアたちくらいだ。

 よって、私がその構成員の人間と接触するのはこれが初めてだ。


 長年実力の程を見せつけてきた母様が、現役の頃に所属していたという王国騎士団の最高ランク、その一人がわざわざ一端の私を呼び出すということはユリアに関することか。


 タイミングからして、今回の結婚騒動でユリアを騒動の渦中に巻き込ませたことを咎めるためと考えるのが自然だろう。


 鎧を身に着けて長剣を持っている騎士が扉の両端に厳格な面持ちで立っている。

 扉の前に立っているだけで体の表面が僅かにぴりついているのがわかる。恐らくこれから対面するのはそれだけの相手ということだ。


 少しして扉の奥から入れという声がした。すると両端にいた騎士が動きだし、扉を開く。

 扉のつなぎ目から出るキリキリとした音が、私に扉の重さを教える。



「突然呼び出してすまない。周囲から君の話を聞いていると、一目会いたくなってな」



 部屋の中に入ると、窓際に立つ一人の女騎士がいた。



「うむ。聞いていた通りのいい顔をしているな」

「だろ?アタシは目がいいからな」

「っっ―――!!!」



 誰もいなかったはずの場所から突如声と気配が現れ、咄嗟に距離を置いた。

 無意識的に剣に添えた手には少し遅れて汗が滲み出ていた。



「そんなに気を張るなよ。ま、アタシの気配を見抜けないようじゃまだまだってところだなっ」

「今のはお前に非があるぞ。そいつも悪気があったわけではないんだ、どうか許してやってほしい」



 ここに来るまでの間、私は寸分たりとも気を抜いていなかった。それなのにこの人の気配に気づくことができなかった。この少女、強い―――!



「おい。今アタシをガキと思っただろ?」



 !?思考を読まれた……!まだ幼いのに凄い能力の持ち主だ……。



「言っておくが、私はお前より年上だし、剣の腕も遥かに“う・え”だ!」



 指で胸の間を突っつかれ、私は数歩下がった。



「紹介が遅れたが、私はナイツ・オブ・キングのリーダーをしている。メンバーネームはキングだ。皆からはリーダーと呼ばれている。ちなみに、そいつも私と同じメンバーだ。メンバーネームはスペイド。見た目こそ幼いが、勘のキレる私たちのムードメーカーだ」

 

「おいリーダー!余計なことを言うなっ!!」


     ・

     ・

     ・

  


「先のクロエ第一王女の結婚騒動において、ユリア王女をお護りしたと同時に、行動を共にした人間までも護衛したことについて私たちは君を高く評価している。私たちが特に評価したのが、ロベスト帝国第二級の騎士たちを一人で対峙し、相手と王女らの双方をほぼ無傷のまま事の終息まで導いたことだ。これは、君が思っている以上に大きな功績なんだ」



 あの時の私はただユリアとリルさんを守れるのは自分だけだったから、無茶でもやり切ろうと思って剣をとっただけだ。それがナイツ・オブ・キングの耳にまで届いて評価されたのか。


 別に特別なことはない。ユリアを命に代えても護ると言ったのは私だし、約束しなくても、ユリアに放っておくように言われたとしても私のとる行動は変わらないのだから。

 とはいえ、評価されるに越したことはないが。



「ありがとうございます。ナイツ・オブ・キングの皆さんに評価をいただき、これ以上の喜びはそうありません」

「あくまでも最たる喜びは王女のこと、か。本当に王女しか興味ないんだな」

「私の行動原理は全てユリアですので」

「煽るなスペイド。何度もすまない。もう少し談話に興じたいところだが、この後私たちは予定があるんだ。今日は僅かだったが会えて嬉しかった」



 そう言うと前髪を手ぐしでかきあげ、扉に向かって歩いた。



「ぜひともまた会おう。イリアス……」  



 部屋にひとり残されると、肩の力が抜け、溜息が漏れた。いつの間にか緊張していたようだ。

 

 イリアスと呼ばれるのは、キングが初めてだ……。

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