ドキドキ!ふたりの旅行!
「ケイベルさん、ユリアをよろしくお願いしますね」
「お任せください、エメラダ様。ユリア様は私が命に代えてもお守りします…」
ケイはお母様に膝をつき、宣誓していた。
お母様も心配性が過ぎる。
昨日、王都の外に出ると言うと、衛生兵や地方貴族にまで護衛を要請しようとするなんて……。
前に城外に出た時は一日だけでお母様には秘密で出れたけど、今回は数日なわけでそうもいかない。
お父様と説得して、護衛部隊の中でも上位部隊の騎士を最低五人は就かせることを条件になんとか許可をもらえた。
こうして私たちは、郊外にある行楽地として有名な街へと出発した。
☆
~馬車内~
「さっき、お母様はケイのことをケイベルって呼んでたけど、あれは何?ニックネーム?」
「まあそんなところだよ。略称としてファーストネームとラストネームを掛け合わせてるんだ」
「お母様も堅苦しいわ。ケイのことは普通にケイでいいのに」
「あれ、最初私の事を名前でさえ呼んでくれなかったのは誰だったかな?」
ケイは笑みを浮かべながら細目で私の顔を覗き込んできた。
「ちょ、その話は終わったはずじゃない!」
「今は私のこと、ちゃんと名前を呼べてるね。えらいえらい」
小さい子供を褒めるようにケイは私の頭を撫でる。
「も~、からかわないで!」
こんな調子でしばらく話していると、森の道を抜け、一面が開けた草原に出た。
「………………」
「ユリア?外を眺めたりしてどうしたの?」
「うん、私…こうして王都の外の景色を見るの初めてなんだなって……」
「ユリア……」
生まれてこの方、城を出るといっても王都の中だった。
公務でも向こうが来訪するか、王都の外は私を置いてお父様たちだけで訪問するかだった。
それが今、初めて王都の外に出て、見たことのない景色が次々に流れていく。
味わったことのない解放感と高揚感。
もっと見たい、もっと知りたい。
自分がまだ見たことがない景色を、本だけじゃ知りえないこの世界のことを……
「っ……」
窓ガラスの縁に置いていた私の手を、ケイは両手でぎゅっと握り、強く真剣な眼差しを向けた。
「ユリア、私が必ず君を幸せにしてみせるから。これから私と、ユリアが見たことない王都の外の景色を沢山見に行こう!」
「もう、大げさなんだから……でも、ありがと」
幸せにするなんて言われて少し恥ずかしかったけど、ケイが一生懸命に私のことを考えて言ってくれたと思うと、本当に嬉しくて……………
でもこんなに私の事を考えてくれるケイでも、私の将来の婚約相手なんて言われると何故か否定したくなる……
ケイ以上に私を思ってくれる人は今後現れることはないだろう。
なのにどうして……
☆
途中で休憩を取りつつ城を出てから5時間。私たちはようやく目的地の町に着いた。
街は全体が白を基調とした建物で統一されており、港湾に向かって坂道が何本も伸びている。港には貨物船や漁船が多く停泊しており、観光客や卸売りなどで非常に賑わっている。
そんな街中では人目を集めるため、人通りの少ない広場で早々に降車し、服装も一般人と同様のものに着替えた。
ここからは護衛の騎士たちも一般人に扮して私たち2人から距離をとって護衛する。
とりあえず騎士たちとはここで別れて私たちは宿に向かうことにした。
「ケイ、それで泊まる場所はどうなってるの?」
「それなら、私の知り合いがこの近くに住んでいて、そこでお世話になるつもりなんだ」
「え、この街に知り合いいたの!?ケイって顔が広いのね~……」
自由に動ける一般人にとって、知り合いが多いのは普通の事なのだろうか……。
「いや、私がって言うよりはおばあちゃんの友人で。私が小さい頃からこの町に来る度にお世話になっているんだ」
歩きながら話しているうちにその知り合いのお家に到着したようだ。
ケイがドアをノックして間もなく、奥からとても温和そうなご婦人が出てきた。
「あら~ケイちゃん久しぶりね~、元気してた?」
「はい、ヘンリーさんもお元気そうで何よりです」
今度はこちらに顔を向けられ、何故か私は背筋を伸ばした。
「あら、そちらのかわいらしいお嬢さんが例の?」
「紹介します。私の婚約者のユリアです」
なっ……!!!
「あらあら~、それは盛大におもてなししないとダメね!さっ狭いでしょうけど入って入って!」
ヘンリーさんは中に入ってゆき、ケイも入ろうとしたところで私は腕を掴んだ。
「ちょっとケイ!私を婚約者って……それにまだ予定の段階でしょ!」
「今はそうでも最終的に私はユリアと結婚するし、誰にも渡すつもりないから」
「は、はぁあっっ!?」
笑顔で平然と言いのけたケイは私の荷物も持ちあげた。
「さ、私たちも早く入ろ?ヘンリーさんが待ってるよ!」
「え、うん……もぅ、ケイったら……」
少しもやもやした気持ちで入ろうすると、入り口からとても甘い匂いがした。
匂いのもとを辿ると、キッチンの側の机にトレイに入ったクッキーが置かれていた。ヘンリーさんがクッキーを焼いてくれていたようだ。
いただくとこれがなかなかの美味だった。バター風味でサクサク感がクセになりそう。口いっぱいに味が充満したかと思うと、鼻からすっとバターの香ばしい匂いが抜けていく。
これはもはや店を出せるレベルと言っても過言じゃない!
「ごちそうになりました、とても美味しかったです!」
「うふふ。王女様のお褒めに与るなんて光栄だわっ」
ヘンリーは嬉しそうに手を合わせた。
「ヘンリーさん、昔から色んな人に店を出さないのかって誘われてるんだけど……」
「私のは趣味で作ってるだけだから、お店に出せるほど大層なものではないわ。それより二人とも長旅で疲れてるでしょう?お部屋に案内するわ」
案内されたのは二階の角部屋だった。中はシンプルな家具が置かれてあり、窓から入る海風が気持ちいい。
ベッドは窓側にしようかな―――――
「ユリア……」
「ひゃっ、ケイ!?」
ケイはヘンリーさんがいなくなるのを確認すると、急に後ろから抱き着いてきた。
「やっと二人きりだね……」
手首を持って体の前で固定され、顔を首筋に埋めてくる。
「ケ、イ…くすぐった、ぃ…ひぁっ」
やだ、変な声が出た。恥ずかしい…!
そのまま今度は首筋を強く吸い付き始めた。
心臓の音がうるさい……。顔が熱くなってきた……。
抵抗しようにも体が、動かない……。
「ユリア……。ユリアが悪いんだよ…?私がこんなに愛してるのに、ユリアは応えてくれない。私、ずっと我慢してたんだよ……?」
ケイは私の耳を唇で挟みながら抱きしめる力を強めた。
「ケイッ…ほんと、に…やめっ……!!」
どうしよう……なんとかしてケイの手から抜け出さないと!!
でも腕に力が入らないしなんか全体が熱い。
足と腰の力が…………
私の腰はストンッと床に落ちた。
「はぁっ、はぁっ……。はっ!ユ、ユリア…ごめん、私……!」
正気を取り戻したのか、ケイは息を切らす私に言葉をかける。
今の間、私は何も動けなくて、
私の言葉も届かなくて………
私はケイが怖く感じた。あのまま続いたら私は今頃どうなっていたんだろう。もしかしたら取返しのつかないことになっていたんじゃないかって……。
私は、私のままではいられなくなるんじゃやないかって……。
色々考えていると、私の体は小刻みに震え始めた。
「ユリア、私……っ!!」
ケイの方を向くと、ケイは驚いた表情をしていた。
………?私の顔に何かついて……水?
どうして水が。いや、違う。
私…泣いてる………?
ケイが私に手を伸ばしたのを見た瞬間、私の体は後ろに下がっていた。ケイは手を伸ばそうとした手を宙に浮かせたまま、固まった。
どうすればいいの?私もケイに謝る?でも謝るって何に…?
そんなことよりも、今のケイが怖い…。
もうあんな怖い思いしたくない!!
私はケイを避けて部屋から飛び出した。
「ユリアッッ!!!待ってっ!!」
外に出ると、咄嗟に家と家の間に隠れた。
ケイはすぐに後を追いかけてきたが、少し私の名前を叫んだあとどこかへ走っていった。
……まだ手が震えている。
今までにもケイは私に抱き着いてきたり、キスしようとしてきたことは何度もあった。それらは私が嫌がるとすぐにやめてくれてた。
でもさっきのは違った。まるでケイじゃない誰かに襲われているみたいに感じて、すごく怖かった。
私の知らない、いつもの感じとは違うケイの一面……。
「ケイのこと、わからなくなっちゃった……」




