決着
「クロエさん。これがあなたの望んだ展開ですか?」
「こんなところまで来て、ユリアさんを危険な目に巻き込んだお説教かしら?」
「そうしたいところですが今はこの状況を打破しなければなりません。それに、ユリアと一緒にあなたをお守りする、と約束しましたから」
ケイは振り返りにこりと笑った。
「っ……。そ、そういうことは気安く言ってはだめよっ。特にあなたのような人は……」
クロエが顔を逸らした拍子に動いた髪が顔を隠した。
「? 最後何か言いました?」
「気のせいよ。そんなことよりも、あの気狂い者を仕留めましょう」
前にかかった髪を耳にかけ、クロエは剣を構え直した。
「それなら、既にかたはついていますよ」
疑問に思った直後、クロエはすぐに言葉の意味を理解した。
「ええいっ!!!」
「ぐはぁっ!!」
ドサッと音を立てて公爵と騎士兵が地面に突っ伏すと、その後ろに鈍器を持ったユリアとリルがいた。
リルはクロエを見るや否や真っ直ぐに駆け出し、速度を落とすことなく飛びついた。
走った速度に体重が乗り、クロエは支えることができずそのまま地面に腰を落とした。
「ナディ……本当にナディなのか……?」
「ええ、そうよ、カーミラ。昔と比べて一段と素敵な騎士様になったのね……」
「ああ、ナディ……!」
「カーミラ……っ!」
二人は互いの背中に手を回し、涙を浮かべながら強く抱きしめ合った。
「姉ちゃん結婚しないでよ! 私とずっと一緒にいてくれるって言ってたのに! 姉ちゃんの嘘つきぃ!!」
「はぁ……、私は結婚なんかしないと最初に言ったはずだけれど、聞いていなかったのかしら」
リルに問いながら、頭に着けていたレースと髪飾りを投げ捨てた。
「だって姉ちゃん、ステージの上で結婚するって……それにカーミラちゃんも会場に入る前に結婚しないのは嘘だったって!」
「えー、それはですね……」
カーミラが言いにくそうにちらちらとクロエに目を移した。クロエは仕方ないとひとつため息をこぼすと、リルの頭に手を置いた。
「だってあなたたち、何も知らないメイドや関係者の前で確認してくるんだもの。そんなの、答えられるはずがないじゃない」
あ……。と、ユリアたちは初めて気づいた反応をした。
その様子に再びクロエからため息がこぼれた。
「結婚の意思を聞かれた時にはどうしようかと思いました……」
「本当に。まさかケイさんもついていながら公然で止めもしないなんて思ってもみなかったわ」
目を細め見てくるクロエにケイはあははと誤魔化すように指で頬をなぞった。
「ユリアのドレス姿に見惚れていて考えが回りませんでした。すみません……」
ケイから出た言葉にユリアの眉がぴくっと上に動く。
「何私のせいにしようとしているの!? 元はと言えばこのドレスを選んだケイがいけないんじゃない!」
「ユリア私が選んだの気づいてたの……!」
「あーーーっ! やっぱりケイがこれを選んでたのね! 少しでもケイじゃないと信じた私がバカだったわ!」
ユリアはケイに背中を向け、頬に空気を入れて腕を組んだ。
「待ってユリア、違うんだっ。私はただユリアためを思って!」
「もういい! 知らないっ!」
ケイは膝から崩れ落ちた。
「あははっ、ほんとユリアちゃんたちは仲良しだね!」
「どこがっ、こんなやつ!」
頬を膨らませさらに背中を見せて言われた言葉にケイは地面に手をついた。
その様子を見ていたクロエやカーミラたちは耐えられず笑いをこぼした。
「くっ……。カーミラ、お前……この私にこんなことをしてただで済むと思うなよぉ。カーミラだけじゃない、この場にいるお前たちもだ……っ!」
公爵は頭を押さえながら立とうとするが、ふらつき手で支えた。
「まだ息があったのね。今度こそ確実に……」
そう言いながらクロエはゆっくりと鞘から剣を抜き始めた。
「待って待って姉ちゃん!私はそこまでしたつもりないからね!?」
クロエを引き止めようと必死に腰に腕を巻きつけるリル。
その二人の横をカーミラが通り公爵の前に立った。
「許さんぞ、カーミラ。……お前はハーツの名を剥奪! 一族から永久追放だっ!!」
「追放大いに結構! 名誉のために私を自由から縛り付けていた名など呪縛と同じ!! それで自らが愛する者と道をともにできるならば、これ以上の喜びはありませんっっ!!!」
カーミラの強く喉奥を震わせた声は会場外の廊下にまで響いた。
公爵家を追放される身にもかかわらず、カーミラの潔くも確固たる覚悟にケイとクロエは笑みをこぼし、ユリアとリルは鳥肌をたて、ナディは口を両手で押さえながら大粒の涙を流した。
「ええい、しくじりおって……! こうなったら目的のものだけでも抜き取って国を出ねば!」
「…………」
~王城・南門前~
一乗の馬車が停められ、中に荷物が詰められていた。
「はぇ~……これだけあればこの先困るまい。これでこの国とも最後――――」
「何が困らないのかしら、バートル?」
「ひ、ひぃいっ! クロエ王女、どうして!?」
バートルは持っていた荷物を落とし地面に座り込んだ。
じりじりと詰め寄るクロエに合わせて手で砂をかくようにして後ろに下がる。
クロエは顔色を変えることなく、ただただ醜いものを見るような目つきで見下した。
「バートル。あなたたちの計画は全て公爵が吐いたわ。これで終わりよ……」
そう言って抜かれた剣にはバートルの首元が映っている。
「おおおお待ちをクロエ王女!! いくらあなた様と言えど人命を殺めることは――――っ!!」
トスっと物音がしたあと、砂利の上を赤色の液体が静かに流れ、倒れているバートルの体を包んでいった。
クロエは同じように夕陽に赤く染まった空を見上げながら短く一息吐いた。
少し冷たい空気を吸うと、同時に頭を酔わせるような匂い。
最初は気持ちが悪いと思ったが徐々に気分が晴れていくのを感じた。
今まで自分を悩ませていたものがふっと消えていくような。ふわふわと体が軽くなり、少し弾めばどこまでも空に飛べそうな感覚。
ああ、これが自由。
大切なものを守るという自分で決めた使命を成し遂げ、長年の雪辱から解き放たれたような気分がクロエの心をさらに浮遊させる。
これで、ようやく――――――
「自由よ…………」




