クロエさんの結婚前夜
クロエさんたちの結婚式の前日、私たちは西の国、ロベスト帝国の首都に入った。
城へと続く街路には出店が並び、向かい合う建物の屋根から屋根に国旗や様々な色の布が結び繋がれていた。
国民の人たちは、歌って、踊って、雰囲気に酔って……歓迎ムード一色。
私が12の誕生日を迎える時にも似たような空気感だ。
そんな国民たちとは反対に、事前に聞いていた通り都の至る所で騎士兵が鋭い目つきと厳格な面持ちで巡回していた。相当に厳戒警備に当たっているようだ。
ケイ曰く、私たちの馬車が通りを過ぎるまで、騎士兵たちは覇気を纏ってじっと見つめていたらしい。怖い、怖すぎる……!
リルには前から「パパとママはすごく優しいよ!!私、二人が大好きなんだ~!あ、でも一番はもちろん姉ちゃんだよ?」って聞いていたけど、お父様や城の人間に聞けばとにかく堅いと言っていた。
最初はどっちを信じればいいのかわからなかったけど、今こうして手を交わして、自分の目で確かめて理解した。どちらの言い分も合ってたんだ。
「ようこそ、ロベスト帝国へ!リルから話は聞きました。娘たちと仲良くしてくれてありがとう」
「クロエは話してくれないので、リルに聞いてからお会いするのをずっと楽しみにしていたんです」
「まあ、私もお二人の事をリル王女に沢山とお話いただいたので、お会いできたのが本当に嬉しいです」
挨拶の言葉を添えながら、両陛下それぞれと握手を交わした。たったこの挨拶だけでお二人がとても心が豊かなのがわかる。
優しく落ち着いた声と、見ていると自然とこちらまで移ってしまう温かい笑顔。
こんな優しい人像を体現したようなお二人がクロエさんの意志も聞かずに結婚を持ち出すなんて考えられない。
もしかしてクロエさんは喜ぶお二人を傷つけたくなくてあの伝言を……?
だとしたらこの婚姻話を勝手に画策した連中がますます許せない……!
☆☆
「ユリア……。確かに私はリラックスするようにとは言ったけど、今の姿は流石にだらしがないかな……」
一通り挨拶も終わらせた私たちは、城の来賓が泊まるための少し馬車を走らせたところにある宮殿にいた。
そしてこの国に入ってからの間ずっと気を張っていた私はベッドの上で緊張を解き、体が心地いいと感じる体勢で横になっていた。
ケイはその私の姿を見て、「王様が来るのが明日でよかった……」と頭に手を当てた。
「慣れないことをすると疲れるのは自然なことでしょ?だからこんなことまでも制限されたら王女なんてやれないわよっ」
「誰も見ていないとはいえここは他国の、それも宮殿の最上級の部屋だよ。それに今回の私たちが来たのはただ結婚式を祝うだけじゃない。だからもう少し緊張感を持って――――」
「あーーもうっ!!ケイはメイドじゃないんだから、あんまり言わないでよ!!」
疲れやクロエさんのことで頭がいっぱいなところに重ねて色々と言われてしまい、私はつい怒鳴ってしまった。
ケイは静かになり、私が脱ぎ捨てたドレスやストールを拾い集め、奥のドアに消えていった。
悪くないと思っていた心の波も時間が経つにつれ穏やかになり、言い過ぎたと後悔した。
しばらくして、私が眠りかけているとケイが戻ってきたのか、扉が閉まる音がした。
半開きの目で視界がぼやけてわかりづらいけど、何かを持ってゆっくりと私に近づいてくる。
ほのかに花のような香りがする。恐らく入浴してきたのだろう。
そして何かを椅子に掛けると、ベッドに体を傾け、私の真横に擦り寄ってきた。
また何か企んでいるのかと思い、私は寝たふりをしながら警戒した。
「……ユリア。クロエさんたちは同い年なのに、もう結婚できるんだって……。いいな、羨ましい……」
ケイはさらに顔を近づけ、そっと頬にキスをした。
「ユリア……。君はどう思ってる? 私とこのまま結婚してくれる? ユリア、君は意地っ張りでどこか抜けてて、それなのに好き勝手に動いて、いつも私を困らせる。でも、私を困らせてくれる君が私は大好きなんだ。王女じゃなくてもいい。君自身が大好き……」
ケイは椅子に掛けた何かを引き寄せたのか、椅子があった方からスルスルと布が落ちるような短い音がした。
ほんのしばらく静かになったかと思っていたら、今度はシーツが擦れる小さな音がし始めた。
「…………っ、ユリア……好き…っん、ユリア……」
普段のケイからは想像もつかないような弱々しくかわいらしい声が耳をくすぐる。
ケイがこんな声を出すはずがない。
そうだ。きっとこれは夢なんだ。
いつの間にか私は眠りついて夢の中のケイが言っているんだ。
夢と現実の区別がつかなくなるなんて、思っていた以上に疲れていたんだ。
明日のこともあるし、早々に寝よう……。




