口約束の結婚
「ごめんなさい、クロエ。あなたも学園に行かせてあげたいけれど、式の準備で……」
「気になさらないでお母様。学園へ行ったところで、同じような毎日が続くだけですもの」
気にするなと言ったはずなのに、お母様の私へ向ける憐れみの目は変わらなかった。
「リルにも悪いことをしたな。一時的な期間とはいえクロエと切り離して、一人だけ学園に通わせてしまって……」
「それも何度目ですか、お父様。あの子には頼りになる友人がいるので安心してくださいとお伝えしたと記憶しているのですが?」
二人には問題がないように答えたつもりが、まだ納得がいかないのか互いに顔を見合わせている。
これは私を信用していないが故の反応ではないことは理解している。
両親は私たちが生まれ育った時から寛容かつ温和な性格だった。
それは私たちのみならず、臣下の人間、国民にも分け隔てなく注いできた。
その甲斐あってか、臣下をはじめとした民衆からの信頼と憧憬の眼差しは確固たるものとなっている。
私もリルも、そんな絶大な人気と大きく包み込むような優しさを持つ両親のことを誇りに思い、家族として愛している。
でも、この二人は優しすぎた……。
自分たちの近辺で燻っている火種にも気にしなかったせいで、それは今に二人までも飲み込もうと熱量を増幅させている。
私たちが食事をしている今も……。
「バートル、今夜は一本開けたい気分だわ。持ってきてちょうだい」
「畏まりました。しばしお待ちを――――」
「私が持ってきますわ、お母様。ちょうどグラスを変えようと思っていたので」
私が自分で椅子を引いて立つと、周りにいたメイドや執事は慌てた様子で私を引き留めようとした。
当然、お母様から直接受けたバートルも。
「クロエ様、それらは私共の役目っ。クロエ様はごゆっくりとお食事を続けくださいませ」
「気にしなくていいのよ、座りっぱなしだと体が落ち着かないわ……」
それに、あなたのおすすめの一本はどれもお母様たちの口には合わないもの……。
☆
学園に戻った私たちは一息をついた。
リルはクロエさんに結婚の意思がないと分かってからは、いつもの明るいリルに戻り、笑顔も増えた。
リルが元の状態に戻ってくれて、私も気分が優れるというもの。
この流れを止めることなく他の件についても解決していかなくては。
「それで、結果は来たのかしら?」
「うん、今のところ3人まで候補を絞り込んだみたいだね」
私はケイを通して秘密調査班にカーミラさんの幼馴染に該当しそうな人を探すように命じた。
そして、その結果として絞り込んだ3人の情報が記された書類がテーブルに広げられている。
身長や体重といった身体的な情報から、経歴や性格などの個人情報の深いところまで書かれてある。
自分で命じておいて悪いけど……ここまで情報が揃えられてしまうと逆に気味が悪い……。
「でも、例え彼女たちから特定できたとして、それからどうするつもり?」
「ふふん。私にいい考えがあるわ!」
「…………言いたくはないけど、それは考え直さなくても大丈夫……?」
「もう!ケイは私の事を信じなさいよ!」
☆
「…………!」
黄色に咲く花と同化し、花飾りを作る少女の視界にケイの影が入った。
「これは失礼しました。一際綺麗な花が咲いていたので、つい誘われてしまいました……」
少女は初めこそ驚いた表情をしたが、ケイの気障な挨拶に笑顔を見せた。
「ふふっ、あなたのような端麗な方にそう言ってもらえるなんて、私もまだ希望を持っていいのかしら。この辺りでは見かけない方ですね。外からいらしたんですか?」
「はい、少し旅をしていまして……横、お邪魔しても?」
「ええ、窮屈にならないなら」
花が咲いていない場所にケイが座ると、二人の距離は少し動けば肩が触れるまでに縮まった。
気のせいか少女の頬はピンク色に染められ、ケイも少女の方から視線を動かさない……。
私は何を見せられているんだ……?
時を数時間遡る。
私はここに来るまでの間に馬車の中で私の作戦をケイに伝えたところ、あっけらかんとされた後却下されてしまった。
わざわざ回りくどい事をせずに聞いた方が向こう側も話しやすいと思ったのに。
結果ケイが私に代わって少女と接触したというわけだ。
私はケイたちから見えない距離から、望遠鏡を使ってその様子を見ている。
のだけど…………あれはなにっ!!!
ケイのやつ、さっきから無駄に相手との距離を詰めて、顔の距離まで近づいているじゃない!?それに女の子もなに楽しそうに話しているのよ!頬まで染めちゃって、案外美形の人なら誰でもいいような女じゃないの?
あーもう、いらいらする!私があの空間をぶち壊しにいってやろうかしら。
このまま変化がないようならケイも後で覚えておきなさいよ……。
「そうか、君はその子と疎遠になってからここに移り住んだんだね」
「……ええ、親や周りの人からも離れるべきだと言われてしまって。当時の幼かった頃の私は何もできずに、ただ周りの言う事に従うだけだったの。でも、思えばあれが最後のチャンスだったのね。今こうして国の辺境にいる私にはどうすることもできない。あの子、いや、あの方は遠い昔の口約束なんて忘れているに違いないわ……」
あ…………。
「あれ、どうして……っ、ごめんなさい。急に泣き出して、変よね私……」
少女は急いで目元を袖で隠したが、どうやらそれは止まらないようだ。
ケイは横からそっとハンカチを差し出し、少女は受けとると顔を埋めた。
ここからでは状況はよくわからないが、ケイの反応を見るに、どうやら悪い感じではなさそうだ。
これでカーミラさんの幼馴染は発見、と……。




