結婚に対する気持ち
「今回こちらにいらしたのはクロエ第一王女との婚約について、ですね?」
カーミラさんは扉を閉めると、予め私たちが来るのをわかっていたように問いかけてきた。
「理解が早くて助かります。婚約については前々から決定されていたようですが、私たちが耳にしたのはつい先月程のことでした。どうしてこのような状況になったのか、あなたは知っていますか?」
こちらが質問をすると、目線を下に落として口を紡いだ。
何か答えにくいことなのだろうか……。
「教えてカーミラちゃん!私も聞いたのは国に戻ってからなんだ。でも、姉ちゃんはこうなった理由を教えてくれなくて……。だからお願い!言いづらいことなら、私、誰にも言わないって約束するから!」
椅子から立ち興奮気味になったリルをなだめつつ座らせると、カーミラさんは懐から一枚のハンカチを取り出した。
右下に花の刺繡が入った、白くかわいらしいハンカチだ。
「幼少期、私にはとても仲のいい幼馴染が一人いました。とても元気で、手が器用で、花飾りがとても似合う、私にとって誰よりも大切な女の子でした。このハンカチはその子が私の誕生日に手製でプレゼントしてくれたものなんです」
手の上に置いたハンカチを穏やかな目で眺めながら、刺繡の花を指で撫でる。
「ですが、ある時父が発見した鉱石が飛ぶように世に出回るようになってから、私の周りには煌びやかな大人たちが増え始め、その子と会える日も徐々に減っていきました。 気づいた時には私たち家族はこの街一番の大富豪と呼ばれ、国からも公爵の銘を与る程にまでなっていました。 その時には彼女とは一切顔を見ることもなくなりました。今彼女はどこで何をしているのかもわかりません……」
ハンカチを両手に乗せると、大事そうに胸にあてた。
「私と彼女は最後にひとつの約束をしました。結婚ができる年……15歳になったら、二人で結婚しよう、と……。でもそれは何年も前の話。きっと彼女は忘れていて、今はもっと素敵な出会いが……」
話の途中で私は机を強く叩いた。
音に驚き、私に注目した。
私を見るカーミラさんの目には先ほどよりも僅かに潤いがあった。
「何勝手に決めつけているのよ……。あなたにとって、その子は大切だったんでしょ!?だったら諦めたりするんじゃないわよ!! それとも何?あなたにとっての結婚の約束は、簡単に忘れる程度のものだったわけ?? それでクロエさんと結婚しようだなんてよく考えたものねっ! 私はそんなあなたとクロエさんが結婚なんて絶っっっっ対に認めないんだから!!」
息つく暇を忘れ、ひたすらに言いたいことを吐き捨てた私に3人は呆然とした。
久しぶりに声を荒げたせいで喉奥が渇き、カップのお茶を一気に飲み干した。
人前でこんな王女とは程遠い大声と態度を晒したんだし、これはすぐにでも世間に知られてしまうだろう。
でも後悔はちっとも無かった。
私は思った事を言っただけ。
これで評判や品格が下がるようなら、その程度だったというもの。
「……ぷふっ、あははははっ!!!やっぱりユリアは最高だよ。一体どこまで私を惚れさせれば気が済むの?」
「どうしてここで笑うのよ!私は真面目に怒ってるんだから!」
このカーミラさんといい、ケイといい実に不愉快だ。
私の言っていることはそんなに面白おかしいことなのか。
何も間違ったことは言っていないはずなのに!
「ユリアちゃん、ありがとう……。私、今改めてユリアちゃんと親友になれてよかったって思ったよ……っ」
リルは私の両手を握りながら涙を流していた。
「ユリア王女、ありがとうございます。お陰で道を踏み誤らずに済みました……」
カーミラさんは目をこすり、その場に立った。
さっきまでの気弱そうな感じは消え、最初に出会った時の爽やかなカーミラさんに戻っていた。
「不甲斐ない姿をお見せしたばかりか、話が反れてしまい申し訳ありません。最初の質問にお答えします……」
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私がこの婚約話を聞いたのは交流戦が行われる前のことでした。
最初こそ単なる口から出た噂だとばかり思っていました。
しかし、交流戦の前日に国の方と父が話をしているのを聞いてしまったのです。
相手の方は誰だったのか当時知ることは困難でした。
そして、私はこのことを交流戦の直後、クロエ王女に伝えました。
クロエ王女の驚いた反応を見たのは一瞬だけで、その後は平静とされていました。
それ以降は都合を合わせては情報の交換や擦り合わせをしました。
話している際のクロエ王女は妙に落ち着かれていて、どうやらクロエ王女には何か考えがあるようでした。
考えを聞こうしましたが、その度に避けるようにして話を切り替えられたり、次の時間にと帰られました。
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「私にはクロエ王女が何を考えられているのか、皆目見当がつきません。しかし、断言できることはこの婚約話は裏で何かがある。そして、クロエ王女は私と婚約するつもりは何一つない、ということです」
これを聞いたリルは一気に脱力し、椅子に背中を預けた。
相当に緊張していたのか、数分後には寝てしまいそうだ。
何はともあれ、クロエさんの気持ちがわかってよかった。
「話している時のクロエ王女は、何というか……私には一切興味がないようで、たまには砕けた話でもと話題を出したのですが、プライベートなことは話されようとはしなかったのです。結婚するつもりがないとはいえ、さすがに自信を失いかけました……」
あー……クロエさんなら容易に想像できる。
私でもリルがいない時に私生活の話題に触れたりすると、警戒してからか、いつの間にか逆にこっちが聞き出されてしまうし。
何だかカーミラさんが気の毒に見えてきた……。
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「それではまた来週の同時刻にユリアたちと伺いますので」
「はい。お待ちしております……」
「? 私の顔に何かついていますか?」
「これは失礼。前に戦った時とはまるで別人のようでしたので。ユリア王女……とても魅力的な御方ですね」
「ユリアは私の全てですので……それでは」
「…………私も早く会いたいよ……ナディ……」




