リルの本音
「クロエさんが結婚。それも国内の令嬢と……」
ケイは口元に手を置き、小さく呟いた。
「それで、さっきからクッションを叩いているけど、ユリアはどうしたいのかな?」
「止めるわ!だって私たちに一言も無しに結婚話なんて……。クロエさんのことだからきっと何か裏があるんだわ!」
「確かに、そんな国レベルの話、王女のユリアに情報が回ってこないなんて不自然だよね……」
「そうよ。だから明日、早速クロエさん本人に聞きに行くわよ!」
「待ってユリア。ユリアは明日も公務があるんだよ?それに、私的な理由でユリアが突然押し掛けるのは混乱を招きかねないよ」
ケイの言っていることは正しい。
冷静に考えれば、同じ王女のクロエさんも公務とかあるだろうし折り合いがつくとも考えにくい。
でも、このままだと結婚話がどんどん進んでいってしまう。
「クロエさんの結婚は二か月後。まだ時間はあるし、一度しっかりと考えよう。ユリアも冷静じゃないようだしね?」
ケイは落ち着いた声で話すと、くしゃくしゃに乱れてしまっていた私の髪をくしに通し始めた。
☆
二学期が始まった初日、私はすぐさまクロエさんがいる教室へと足を速めた。
同じクラスメイトに呼ぶように頼んでみたけど、今日はまだ来ていないのだという。
リルの教室にも行ってみたけれど、同じような返答をされてしまった。
それから日にちの間隔を空けて、何度も二人を尋ねた。
でも二人が学園で見ることはなかった。
ところが一か月が経とうとしたある日。突如、リルひとりだけが久々に学園に姿を見せ、リルの方から私のところへやってきた。
久しくリルと会えて驚きと喜びで近づこうとしたとき、リルは崩れるように泣き始めた。
懸命に袖で涙を拭きとろうとするものの、リルの目から滝のように溢れ出る大粒の涙は、リルが泣き止むことを許さなかった。
私はリルを2人きりになれる場所へと誘導し、泣いている理由の検討はついていても、とりあえずリルの話をちゃんと聞きたいと思った。
「姉ちゃんが…………姉ちゃんが私を置いて、結婚するってぇ……私、どうしたらいいのかわからなくて……っ」
途中途中で声を上擦らせながら、小さな子供のような断片的な説明口調でこれまでのことについて話してくれた。
リルがクロエさん結婚話を知ったのは国に戻ってからで、そういう噂話もそれまで一切耳にしなかったという。
当然リルはクロエさん本人に必死になって何度も問い詰めたらしいけど、その度に「安心しなさい。あなたたちには迷惑かけないから」と素っ気なく返されたそうだ。
あなたたち……迷惑……?
結婚に迷惑も何もないと思うけど、この言葉で予想通りクロエさんはただ結婚のことだけを考えているわけではない、ということがわかった。
「…………リルはこのままでいいの……?」
リルにはきつい質問かもしれない。
それでも聞いてみたかった。
そして今までのリルを見てきた私はひとつの答えがほしかった。
「嫌だ……。ユリアちゃん、私、姉ちゃんが私の傍から離れるなんて嫌だよぉっ…!」
リルからこの言葉が聞けてよかった。
そうと分かれば……
「ケイ。聞いていたでしょ?これから忙しくなるわよ」
ケイは木の後ろからゆっくりと姿を現した。
「ふふっ、私の王女様は人使いが粗いね。でも、そういうところも私は好きだよ」




