覚醒の知らせ
長く感じた一学期も終わって夏休みに入り、私たちは一年ぶりに城へと戻ってきた。
お父様とお母様は公務の関係で国外に出ているとのことで、メイドや騎士たちを除いて城にいるのは私とケイの二人だけ。
お父様たちの目が届かない間に普段できないことでもしてやろうと考えたけど、お父様からの伝言とともに残されたのは、去年と同様に書類の山だった。
それからの私は何度も逃亡劇を繰り返した。
夜中に騎士たちの目を盗んで秘密の抜け道を通っても、先回りしていたケイに捕獲され。
城下町に出る馬車の荷台に隠れて脱走を試みても、馬使いに変装してたケイにそのままデートに連れていかれたりと、私に逃げるという選択肢はないに等しかった。
こんなことなら学園のにいた方がよっぽど楽しいし、落ち着くことが出来る。
今の城はかつての私の安息所としての機能はなくなっている。
お父様とお母様は、私が城から逃げようがないことを推し量った上で公務に出たんだ。
恨めしい、実に恨めしい……
…………仕方ない。
大人しく書類を片付けて少しでも自分の時間を確保できるように努めよう。これも王女であるが故の責務。
そう、仕方のないことだ……。
☆
お父様とお母様が城に戻って来て、私が不平不満という拳で二人を気が済むまで叩いた日の翌朝、お父様は適当な大きさにパンをちぎりながら私に問いかけてきた。
「去年ハリスベン公国に行った時、ダリア王妃に何か言われなかったか?俺たちから聞いてることはないか、とか」
そういえばそんなこと聞かれたっけ。
それで特にないと答えたら、重苦しい表情で気にしないように言われたけど、結局あれは何だったのだろう……。
でも、あの場にいなかったお父様がどうしてそのことを知っているのかしら。
確かに聞かれたことをお父様に伝えると、やっぱりか……、と溜息交じりに肘を着いた。
反応を見るに呆れているようだ。
何に呆れているのか質問していいものなのかわからないが、改めて話題を持ち出されれば気になるというもの。
当時のダリアさんの表情を思い出し、結構深刻な内容の可能性も考えに入れてスプーンを置いた。
「お父様。ダリアさ……王妃は何を聞きたかったのか知っているの?」
「まあ、なんだ………………酒だよ」
…………ん?
「ダリア王妃は一度招いた時にもてなして以来、この国の酒をかなり気に入ったようでな。訪問する度に期待されて、ないことを伝えれば顔を下に落とすんだ。最初の頃は土産に持参していたんだが、リンツ王女から酔ったら手が付けられないからと止められてな。それなのに今回も同じ質問されて、あの人の酒好きにも困ったもんだ……」
本当に困った人!
あの時の反応は私たちの国の酒が飲めなくて落ち込んでただけだったなんて、少しでも心配した私がばかみたいじゃない!
私は残りのミルクを飲み干し、足早に部屋へ戻ろうとした。
すると「もう一つ言っておかないといけない話がある」と呼び止められた。
早く部屋に戻ってケイに愚痴ってやろうとしていた気持ちを抑え、仕方なくメイドが引いた椅子に再び腰をかけた。
「二か月後にお前の友人でもあるクロエ第一王女が結婚するだろ。俺たちも式典に参加しなければならないから、そのための準備を――――」
私は僅かの時間固まった。
「…………待ってお父様。それってどういう冗談なの……?」
「なぜ冗談を言う必要があるんだ?クロエ第一王女は同国の公爵令嬢と婚約するだろう」
お父様の表情からは至ってふざけている様子は見られない。
どうやら本当の話らしい……
「……私、そんな話聞いてないわ……」
「まさか、本人から聞いていなかったのか?とっくに知っているものだとばかり思っていたんだが……」
クロエさんはそんな大事な事を何も話してくれなかった。
普通に話していても特に変わった様子もなかった。
私たちは友だちのはず、なのにどうして一言も教えてくれなかったの……。
わかっていたら応援していたし、リルにだって……。
そういえば、リルはこのことを知っていたの?
いや、知っていたらあのリルのことだし、平然としていられるわけがない。
ということは、クロエさんは日頃大好きと言っているリルにも隠していた……!?
「…………お父様。結婚は二か月後と言ったかしら」
「あ、あぁ。だからそのための出し物を……」
「わかったわ。それについては私に考えがあるの。だから全て私に任せてもらえないかしら」
「お、おぉ、友人のこととあって随分とやる気じゃないか……」
そう、この数分で湧いたやる気と覚悟は私の人生で一番かもしれない。
クロエさんが何を考えてこういう結果にしたのかわからないけど、私は……嫌だ!!




