小さなかごの剣士
イヴァンは気合を入れるために目を閉じながら大きく深呼吸をする。
途中で開始の合図が出され、よしっ、と目を開いたがそこにはケイの姿はなかった。
一瞬の驚きのあと、目だけを左右に動かし全体を一見したがケイはいなかった。
直後、イヴァンは急に現れた何か恐ろしいものの殺気を感じとり、そのまま下に目を向けた。
そこにはケイが、今まさに大きく横に剣を振るう寸前だった。
本能的にかわせないと脳裏に浮かんだイヴァンは、せめて受け止めようと剣を動かした。
ケイの凄まじく速い一振りは、イヴァンの剣に大きな衝撃を与えた。
体勢を戻して顔を上げると、今そこにいたはずのケイが会場の端に移動していた。
なぜまた離れているのか訳がわからなかった。
試合が始まってからの数秒に何が起こったのか、思考力が皆無な脳をフル回転させる。
しかし、普段まともに考える事をしないイヴァンは考え始める前にやめ、直感による判断に切り替えた。
その末にわかったこと。
それは、自分がケイの一振りで飛ばされていた事実だった。
この誰でもわかる解答をすぐに導き出せなかったのは、イヴァンが単純にバカだということもある。
だがそれ以上に、自分の知り合い以外で自分の理解が追いつかないほどの実力者がいる現実を即座に受け止められなかった。
そして、その自身が見ていた世界の範囲の狭さと油断が、今のイヴァンとケイの絶対的な実力差を如実に表してしまった。
その現実を受け止めてしまったとき、イヴァンは生まれて初めて頭によぎった……『負け試合』、と――――
「考え事かな。余裕だね―――」
声が聞こえハッと浮いていた意識を戻すと、再び遠くにいたケイが至近距離に来ていた。
「くぅ……っ!!」
またあの一振りが来る。
そう察したイヴァンは、今度は一振りが来る前に剣で掃い後方に飛んだあと、態勢を整えるために距離を取ろうと全力で走った。
「どうしたの。調子悪い?」
後方に置いてきたはずのケイは、隣を併走しながら落ち着いた表情を見せていた。
「ほら、楽しもうよ……」
「ああ、あああああっっ!!!!」
走ることをやめ剣を振りかざすと、剣の側面に沿って華麗に流された。
そのまま突かれると、イヴァンは砂埃を上げながら壁まで押されていった。
橙色で満たされた視界が晴れていくと、剣が自分に刺さっていることを知った。
しかし実際は生きている……。
イヴァンは恐る恐る刺さっている剣を自分の方向へと目でなぞっていった。
その刺さっていた剣はイヴァンの軽装を貫通し、壁に突き刺さっていた。
鏡のように磨かれた剣は真横にある自分の顔を映し、イヴァンを宙に浮かせていた…………。
☆
私が目を覚ますと、隣にクロエさんが座っていた。
あら覚めたのね、と持っていた本を閉じる。
「あの、ケイは……」
「ケイさんなら今頃表彰台の上よ。今回の最優秀者ですって……」
クロエさんは溜息をつきながらも、微笑みながら教えてくれた。
「その様子だと、私たちの学園が勝ったんですね」
「ええ、そうなのだけど…………はあ……」
今度は呆れたように溜息をついた。
私はどうしたのかと首を傾げて見せた。
「あの人、立て続けに相手の学校のトップに完勝した挙句に戦意喪失までさせて。私でも相手の選手に同情するわ。これはケイさんの異名があちら側で広まるのも時間の問題ね……」
ケイがそうまでして勝利に躍起になるなんて……。
もしかして私が負けたせいで……。
「ふふ、ところで、試合中にケイさんは何て叫んでたと思う?」
叫んでた?あのケイが剣闘で叫んでいたなんて驚いたわ。
本当に勝ちたかったのね……。
「絶対に勝利するー、とか……?」
質問に答えるとクロエさんは突然プフっと我慢を解いた。
笑うなんて酷い、一応真面目に答えたのに!
「はあ……ごめんなさい。実際の答えと乖離していて思わずおかしくなってしまったわ。正解は……」
クロエさんは小さく手招きし、耳を出すように指示した。
「『どんなことがあろうと、ユリアは私が護る』よ……」
え……えええええええええ!?!?
「そそそ、それをかか会場で、大勢がいる前でっっ!?」
「ユリアさんは本当に愛されてるのね。これで一生、命の保証には困らないわね」
クロエさんは口に手を当てながらクスクスと笑う。
確かに命の保証はできたかもしれないけど、どうしてわざわざ恥ずかしいことを公衆の面前で叫んだりするのよ!それに私のいないところで!
あ~もう。これで明日からみんなに笑われてしまうわ……。
ケイのやつ、許さないんだから!
「これから何か困ったことがあれば、ユリアさんを突き出せば解決しそうね」
「もうっ、クロエさんもいい加減冗談はやめてください!」
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ケイの表彰式も終わり、最後に私たちは互いに一人ずつ握手を交わした。
イヴァンさんは私を見るや否や、戦ったときとは別人のように弱々しく体を震わせ謝ってきた。
途中、ケイの方をちらちらと見ながら……。
対して、ケイは平然とした顔で立っていた。
ケイは本当に何したのよ……。
――――――――――――――――
「クロエ王女。あなたともぜひ戦いたかった」
「あら。彼のグレンノヴァイス学院のトップ様にそう言ってもらえるなんて光栄ね」
クロエの手を握ったまま警戒するように周りを見る。
その様子を見ていたクロエに耳を貸すように伝え、クロエも自然に近寄った。
「……………っ!そう……わかったわ……」
「お互い、事が良い方向に向かうよう祈りましょう……」




