魔女
雨が降っていた。
目も見えないほどの雨量で、私たちはそれぞれの帽子を押さえて歩いていた。
夜になる前に、宿を探さなければならない。
「リュカ!取り敢えずどこかお店に入ろう!このままじゃ風邪ひいちゃう!」
「そうだな!どこかーー」
二人して顔を上げて街を見回す。
明るい色のランプのついているところを探す。
紫色の看板がついた小さなお店が目に入った。
リアムも同じお店を見つけたようだ。私たちは頷き合ってそのお店を目指した。
「ごめんください!」
半ば飛び込むようにしてお店の中に入ると、そこは魔女の家だった。
「待っていたよ、お嬢さんたち。随分と長くかかったねえ」
魔女はまるで私たちが来ることを知っていたようだった。
暖炉の前の椅子に座り、小さな桔梗色の水晶に手をかざしていた。
「さあさ、服を脱いでそこのフックに掛けなあ。暖炉に当たっていくと良いさ」
私たちは上着を脱いで暖炉の横のフックにかけ、魔女の机の前に用意されていた二つの椅子にそれぞれ座った。
「知っているかい?この国でこの紫色は不吉な色なのさ」
「どうして?」
「昔々、王女様が紫色のドレスを着て死んだからさ。
王様は紫色を不吉な色としてこの国から排除した。
本当はただの病死だったみたいだけどねえ」
紫色の看板のある店になんて変わり者しかやって来ないのさ、と魔女は言った。
魔女の水晶に旅をしている私の様子が映る。その隣にはリアムもいる。
一つ目の玉を得た時の映像が神視点で映し出される。
「お母さん……!」
ガタッと椅子をずらしリアムが立ち上がる。
リアムの縋るような視線が私に向けられた。
私はポケットから赤い箱を取り出し、一つ目の翡翠色の玉をリアムに手渡した。
「お母さんが好きだった色だ……」
リアムは大層大切そうにその玉を撫で、目を伏せ何かを念じてから玉を赤い箱に戻した。
魔女は赤い箱の中身を覗き込み、驚いたように目を見開く。
「どうしてお前が王の玉を?」
魔女が指差しているものは二つ目の玉、飴色のそれだった。
「杖を拾いました」
「ラッキーなやつだね、お前さんは」
魔女は笑った。
「きっと王様の移送中に馬車から杖が落ちたんだ」
そういえば杖の近くに車輪の跡が続いていたかもしれない。
血痕に意識を取られていたが。
「王様の移送?何かあったんですか?」
「なんでも城が占拠されそうになったとか。
結局何事もなかったようだけど、王様は”何か”を恐れて自分の身を守ることを決めたのさ」
魔女は声を潜めて言った。
「”ヨル”が夢に現れたと」
「ヨル!?」
「しっ。あんまり大きな声を出すんじゃないよ」
魔女は人差し指を自分の唇に当てた。
「ヨルは災害を導く邪神だとか」
「何を言っているんだい。彼女はただの少女さ」
「ただの少女?」
「そうさ。それにしても、私の予言は当たったねえ。
今日この時間お会いできると思っていたよ。
リュカ=オリビアとリアム=ベルナルト。
お嬢さんたちに会えて嬉しかったよ」
魔女は満足そうにニッコリと笑う。
ベルナルト。リアムの家の名前はベルナルト。
初めて知ったその事実に、私の中で一つの予感が生まれる。
ああそうさ、その通りさ、と魔女はその予感に気づいたようにこくこくと頷く。
「さあ、これを持って行きなあ。六つ目の玉だよ」
魔女は手をかざしていた桔梗色の水晶玉を私に差し出した。
私は赤い箱に四つ目の玉を納めた。
と同時に私たちは魔女の家から出ていた。
青い空が燦々と輝いている。
突然のことに私たちは辺りを見回したが、魔女の存在も魔女の家もどこにもなかった。
ただ赤い箱の中には確かに桔梗色の玉が納められていて、ヒッヒッヒという魔女の笑い声が空にこだましていた。




