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ヨル  作者: yume
10/20

魔女

雨が降っていた。


目も見えないほどの雨量で、私たちはそれぞれの帽子を押さえて歩いていた。


夜になる前に、宿を探さなければならない。


「リュカ!取り敢えずどこかお店に入ろう!このままじゃ風邪ひいちゃう!」


「そうだな!どこかーー」


二人して顔を上げて街を見回す。


明るい色のランプのついているところを探す。


紫色の看板がついた小さなお店が目に入った。


リアムも同じお店を見つけたようだ。私たちは頷き合ってそのお店を目指した。


「ごめんください!」


半ば飛び込むようにしてお店の中に入ると、そこは魔女の家だった。


「待っていたよ、お嬢さんたち。随分と長くかかったねえ」


魔女はまるで私たちが来ることを知っていたようだった。


暖炉の前の椅子に座り、小さな桔梗色の水晶に手をかざしていた。


「さあさ、服を脱いでそこのフックに掛けなあ。暖炉に当たっていくと良いさ」


私たちは上着を脱いで暖炉の横のフックにかけ、魔女の机の前に用意されていた二つの椅子にそれぞれ座った。


「知っているかい?この国でこの紫色は不吉な色なのさ」


「どうして?」


「昔々、王女様が紫色のドレスを着て死んだからさ。


王様は紫色を不吉な色としてこの国から排除した。


本当はただの病死だったみたいだけどねえ」


紫色の看板のある店になんて変わり者しかやって来ないのさ、と魔女は言った。


魔女の水晶に旅をしている私の様子が映る。その隣にはリアムもいる。


一つ目の玉を得た時の映像が神視点で映し出される。


「お母さん……!」


ガタッと椅子をずらしリアムが立ち上がる。


リアムの縋るような視線が私に向けられた。


私はポケットから赤い箱を取り出し、一つ目の翡翠色の玉をリアムに手渡した。


「お母さんが好きだった色だ……」


リアムは大層大切そうにその玉を撫で、目を伏せ何かを念じてから玉を赤い箱に戻した。


魔女は赤い箱の中身を覗き込み、驚いたように目を見開く。


「どうしてお前が王の玉を?」


魔女が指差しているものは二つ目の玉、飴色のそれだった。


「杖を拾いました」


「ラッキーなやつだね、お前さんは」


魔女は笑った。


「きっと王様の移送中に馬車から杖が落ちたんだ」


そういえば杖の近くに車輪の跡が続いていたかもしれない。


血痕に意識を取られていたが。


「王様の移送?何かあったんですか?」


「なんでも城が占拠されそうになったとか。


結局何事もなかったようだけど、王様は”何か”を恐れて自分の身を守ることを決めたのさ」


魔女は声を潜めて言った。


「”ヨル”が夢に現れたと」


「ヨル!?」


「しっ。あんまり大きな声を出すんじゃないよ」


魔女は人差し指を自分の唇に当てた。


「ヨルは災害を導く邪神だとか」


「何を言っているんだい。彼女はただの少女さ」


「ただの少女?」


「そうさ。それにしても、私の予言は当たったねえ。


今日この時間お会いできると思っていたよ。


リュカ=オリビアとリアム=ベルナルト。


お嬢さんたちに会えて嬉しかったよ」


魔女は満足そうにニッコリと笑う。


ベルナルト。リアムの家の名前はベルナルト。


初めて知ったその事実に、私の中で一つの予感が生まれる。


ああそうさ、その通りさ、と魔女はその予感に気づいたようにこくこくと頷く。


「さあ、これを持って行きなあ。六つ目の玉だよ」


魔女は手をかざしていた桔梗色の水晶玉を私に差し出した。


私は赤い箱に四つ目の玉を納めた。


と同時に私たちは魔女の家から出ていた。


青い空が燦々と輝いている。


突然のことに私たちは辺りを見回したが、魔女の存在も魔女の家もどこにもなかった。


ただ赤い箱の中には確かに桔梗色の玉が納められていて、ヒッヒッヒという魔女の笑い声が空にこだましていた。




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