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ヨル  作者: yume
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出会い



『生きている』

「いやだ」

『生きているわ』

「いや」

『生きているのよ』

「そんなこと許せない」

『探すのよ』

「何を?」

『私を探して。見つけて』

「君はどこにいるの?」

『わからない。だから探して』


いつもそんな夢を見ていた。暗闇の中で声だけが響く。


相手は顔にもやがかかっていて誰かはわからない。


名も知らぬ、だけど他の誰よりも縁を感じる誰か。


自分の命を否定する私に、その人はいつも「私を探して」と言う。


どこにいるのか分からない。手がかりもない。


だけどなんとなく早く見つけ出さなければならないような気がしている。


その人を探すために今日も旅を続けている。


人に告白すれば笑われそうな程途方もない旅だ。


右足、左足、右足、交互にただ足を動かすだけの毎日。


旅の途中、何人もの人と出会い別れた。


誰に会っても「探しているのはこの人ではない」と直感的に感じる。


私が探している誰かは本当に存在しているのだろうか。


そんな疑問さえ生まれてくるほどに現実味のない夢なのに、私は旅をやめることができずにいる。


「大丈夫かい、お嬢さん」


ハッとして顔を上げる。そこには怪訝そうな顔の老人が立っていた。


ここは市場。私は買い物中だった。


賑わいのある街には煉瓦造りの建物が並び、馬車が通る。


街のいたるところに花が植えられ、教会の鐘が昼の十二時を知らせる。


「ええ、ご心配なく」


そう言ってお釣りと紙袋を受け取る。


「まいどあり」


老人はニッコリと笑い、わたしも笑顔を返した。


受け取った紙袋の中には数日分の食料が入っている。これで何日か進めそうだ。


リュックの中に食料とさっき汲んだばかりの水が入ったビンを入れる。


重たくなったリュックに安心感を覚え、リュックを背負い、マントを翻し、ふぅと溜息をついた時だった。


目の前から少年が駆けてきた。少年は赤い布に身を包み、風がその茶色い髪を揺らす。


「こら!待て!」


果物屋のおじさんが叫ぶ。少年は抱え込むように様々な果実を持って走っていた。


いろんな人にぶつかりながら走るせいで、ポロポロと果実が腕の中からこぼれ落ちる。


そんな少年とすれ違う。その一瞬、少年の栗色の瞳と目が合って、少年は驚いたような顔をしてーーだけど特に私に何も言わず、横を駆け抜けていった。


「お嬢ちゃん!あいつを捕まえてくれ!」


「ええ!?」


果物屋のおじさんは私に縋るように言った。少年は人ごみに紛れ姿が見えなくなっていたがそう遠くには行っていないはず。


「わかったわ」


私は果物やのおじさんに自分のリュックを預けて少年の向かった方へ足を向けた。


魚屋、花屋、薬屋、八百屋、市場の中を少し駆け足で少年を探した。


「どこにもいない……」


すばしっこい少年だこと。どこかに隠れているのかもしれない。


十字路にあたったところで、果物屋のおじさんと逢った。


「どこにもいなかったわ」と報告して預けていたリュックを受け取る。


「まったく、あいつは……これで何回目だい」


「そんなに頻繁に盗みを?」


私はリュックを背負い直しながら訊いた。


「ああ、なんでも、母親が病気だとかで金に困ってるらしいんだ」


「お母さんに食べさせてあげたくて、それで果物を盗むのですね」


悪い子ではない、そう思った。いつだったか私も同じことをしたことがある。


私の孤児院にいた教祖様を喜ばせようとして。


その時に頬を叩かれて初めてそれが悪いことだったのだと気付かされた。


私もあの子に「それは悪いことだ」と教えてあげなければ。暴力以外の方法で。


きっと話せばわかってくれる。


そう思った時、赤い布が路地裏に吸い込まれていくのを見た。あの色は……


私は導かれるように路地裏に向かった。


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