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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

レクサンドラシリーズ

人は、空飛べぬ生き物故に

作者: 桜餅 大福

 前作《我が愛しき者は、強くあれ》と同じ世界ですし、同じキャラもでてきますが、読んでなくても話が通じます。しかし、こちらを読んでから前作を読む場合は前作が面白くなくなる可能性がありますので、おすすめしかねます。


「で、私にお前を連れて飛べと?」

 彼の目の前で巨大な口が動きをみせ、そんな言葉をもらす。その声の主は、このレクサンドラ大陸最後の竜と言われている、アルラネウスであった。

「ええ、そうです」

 彼……ファスティバルスは、ごく短くそう答えた。表情はにこにこと笑っていても、その真昼の空のような青い瞳は笑っておらず、鋭いともいえる彼自身の意志をたたえていた。

 アルラネウスはそんな彼の瞳と表情をにしばらく新黙した後、再びゆっくりと口を開く。

「……てっきり、私にその怪鳥を(ほふ)れというのだと思えば、ただお前をあれのもとに運べばいいと? 本気か? お前を落とした後はどうする?」

 人間とは全く異なる姿、おまけにかなりの巨体のために、その表情というものは読めなかったが、声の調子からすると、アルラネウスは彼の言葉に興味を持ったようであった。

「確かに、貴方が(ほふ)ってくれるのであれば早いのでしょうが、あの怪鳥は我が国ツァルガを襲い、ツァルガの民を贄としていますが、竜であるあなたは何の被害も受けていない。それなのにアレを何とかしれくれというのは、虫のいい話でしょう?」

 違いますか?

 あくまでも笑みを崩すことなく、言葉を続けるファスティ。アルラネウスも彼の言葉の一つ一つに、小さな頷きを返している。

「確かにな。私は人間にはあまり関与したくない。それゆえ、私に関係ないことには首をつっこみたくはないな」

 まあ、お前はそれでは困るのだろうが。

「ええ、その通りです。ですから、あの鳥の上にでて私を落としてくれるだけでいいと、言っているのです。その後は、私があの怪鳥の動きをとめます」

 大賢者シルヴァラント様から頂いたこの剣で。


 そう言ったファスティの左手には、長身である彼の身長よりも少しばかり短いだけの、不思議な文様の刻み込まれた剣が握られていた。

「どうでしょうか。力を貸してはいただけませんでしょうか」

 はじめて、彼の表情から笑みが消えた。

 二度目の沈黙が流れ始める。

 やがて、ファスティの目の前で、アルラネウスがその巨体を揺らして立ち上がり、頭を持ち上げて天へと顔を向ける。なぜかそのアルラネウスから尋常ではない力を感じ取って、思わず身構えるファスティ。長い剣を、いとも簡単に片手一本で持ち上げる。

「なにを?」

 思わずそんな言葉が出てしまうが、アルラネウスにその言葉は届いていないようであった。

 彼はやがてその身体を覆う銀色の鱗と同じ色の輝きに包まれ、ファスティの視界もその輝きで染まってしまっていた。


 二呼吸ほど後の事であった。

 銀の輝きが人の姿に変わったのは。

 その姿は長い銀色の髪と血の色の瞳、そして不思議な絵文字の刺繍された戦闘衣に身を包んだ、青年であった。

「まさか……アルラネウスですか?」

 驚きのつぶやきが漏れる。

「それ以外に誰だというのだ。わざわざお前に合わせてこの姿になってやったのだ。竜の姿では、あまりに力の差がありすぎる故な」

「いったい、何が言いたいのですか?」

 彼の言葉の意味を理解しかねて、ファスティがそんな言葉を紡ぐ。だが、本能の部分では何かを感じ取っていたのか、彼は今まで手にしていた剣を、思い切り地面へと突き刺し、手を離した。

 その様子を見て、人の姿をしたアルラネウスがにやりと笑い、血の色の瞳を細くゆがませる。

「たとえ私のみとなったといえども、誇り高き竜族。そうやすやすと人間などに力を貸すわけにはゆかぬ。私の力を借りたければ、お前の力を証明し、私に認めさせることだ」

「なるほど、そういう事でしたら、私も納得がいきます」


 かちゃり。

 身に着けていたマントの留め金をはずし、マントを宙へと放り投げる。そして、そのほかの身体の動きを妨げたり、素早さが犠牲になるようなものもすべて身体から引きはがしていく。

「ツァルガでは、武器を持たぬ者同士での決着は、どちらかがその背を地面につけたときに決まります。それまでは何をしてもかまいません」

 そこまで口にしたとき、彼は上半身には薄い衣を一枚身に着けていただけであった。強いことが良しとされるツァルガ王国において、一番の勇者とうたわれた彼の信条は、

『攻撃は最大の防御』

 であった。そのために、防御を考えた衣装など、彼には必要なかったのだ。

「いいだろう。その方法で、私の背を見事地につけることができたなら、私はお前がこの背に乗ることを一度だけ許そう。そこから落ちるも落ちないも、お前の勝手にするがいい」

 アルラネウスもまた、上着を脱ぎ捨て、薄い衣一枚となった。

 二人が向かい合い身構えたために、地面の上を二人の足が滑るときの摩擦の音が聞こえる。

「言っておくが、手加減はしないからな」

「私もそんなことは期待しておりません。ぜひ、全力でお相手していただきたいですね」

 再びその顔に笑みを戻し、空色の瞳を細めて言うファスティ。片方の拳を目の高さにまで持ち上げ、もう片方は腰のあたりに置く。

 目の前のアルラネウスは、乾いた唇の下から白く鋭い牙を覗かせて、両方の拳とも同じ高さで構えて腰を低くしている。まるっきり型など成ってはいなかったが、それでも隙というもののまるっきり存在しない構えであった。

 つつうっと、自らの額から頬にかけて冷たい汗が流れていくのを感じるファスティ。それはそうだろう。たとえ、今まで城のどんな屈強な戦士にも負けたことのなかった彼といえど、今度は相手が相手である。なんと言っても大陸最強の名を冠する竜が相手なのである。

「では、行かせていただきますね」

 適度な緊張と恐怖とを身に感じ、その肩を微かに振るわせながらも彼はそう言い放ち、ざっと地面を職って、目の前のアルラネウスの元へと駆け出した。

 引く事はできないのだ。

 今の彼には、 アルラネウスの協力が必要不可欠であったのだから。


 一月ほど前であっただろうか。

 闇の王国ツァルガの女王トキの元に、ある知らせが届いたのは。

 その知らせには、一つの街を覆ってしまうほどの巨大な鳥が十日ごとに街を襲い、人を喰らうと言う物であった。事態を重く取った女王は、すぐさまツァルガの兵士を送り込んだが、その怪鳥に傷一つ与える事なく、兵士達は敗北した。そのため彼女は大賢者にその知恵を仰ぎ、 怪鳥を沈める方法を授かった。

 初めは彼女自身が怪鳥討伐に向かうと言い出したのだが、それを止めたのが女王の夫であるファスティであった。

「貴女は、ティーナを産んで以来、体調が優れないではありませんか。それに、貴女を危険な目にあわせるわけにはいきません。まだ幼い我が子達には、母親が必要ですしね」

 そんな言葉で、納得しない女王をなんとか説き伏せた物である。もちろん、

「父親だって必要な時だろう」

 と、言い返されてしまったが、それでも彼女は彼にすべてを任せると言って送り出してくれた。まだ幼い三男のタージュも、にこやかに見送ってくれたが、彼の場合はファスティの立場という物をわかってはいなかっただろう。


 そんな事があった後、彼はまず第一段階として、アルラネウスの元へとやってきたのだ。敵は空飛ぶ化け物である。どうあがいても、地面から足を離すことのできない人間では、その鳥に近づくことさえできない。だが、彼が大賢者に授かった怪鳥を封じる方法を実行するためには、 どうしてもその鳥の背に乗る必要があった。そのため、彼は同じように空を自由に舞う、竜であるアルラネウスに目を付けたのである。

「どうしても、貴方の協力が必要なのですよ」

 がしっとアルラネウスと手を組み、そのままじりじりとカを込めて、彼を押しながら言うファスティ。

「カのみが、私を動かすのだ」

 間近に顔を寄せ、余裕を感じさせる声でそう語るアルラネウス。 そうして、手をファスティと組んでいることも構わずに、勢い良く突き出す。そのためにファスティの身体が思い切り、後ろへと傾いたのは言うまでもない。

 組んでいた手も離れてしまい、 彼はそのまま背後に倒れ込む。

 だが、彼は苦しい体制ではあったが、倒れ込まずになんとかその場にとどまった。そして、アルラネウスから繰り出された拳を両手を使って受け止める。再びカでの押し合いとなったが、今度はファスティもしぶとく食い下がった。

「私を認めさせて見せます」

 奥歯を噛みしめながらも、そんな言葉を吐き出す。アルラネウスはただ、静かな笑みをその表情に浮かび上がらせただけであった。


 やがて………、ファスティが自らの言葉通りアルラネウスの背を地面へとたたきつけたのは、二人の勝負が始まり、二回の昼と夜とが通りすぎた後であった。その間彼等はずっとその拳をつき合わせ、戦い続けていたのだ。ただの一度も地面に倒れ込む事なく。


※※※※※


 そこは、広い平原であった。

 ファスティは今、その平原にアルラネウスと共に、存在していた。彼等の背後には一つの街が広がっている。

 怪鳥が襲い来る街である。

 今日は前回襲われた日からちょうど十日目。いつも怪鳥が現れるという日であった。

「あれです!」

 空へと向けていた視界に巨大な鳥の影を捕らえて、そう叫ぶファステイ。それと同時に激しく翼を動かし、 すさまじい風を巻き起こして宙へと身を浮かび上がらせるアルラネウス。ファスティの黒髪も、すさまじい風に激しくなびく。

「しっかり掴まっていろ。 目的以外で落ちてしまわないようにな」

 アルラネウスがそんな忠告を与えた時には、すでに怪鳥は二人にかなり近づいていた。その姿は、空にとけ込みそうなほどの青みを帯びた色の翼と、真っ白なくちばしを持ち、濃紺の長い尾をたなびかせた鳥であった。

 やはり、目の前で見るとかなり巨大な鳥である。まあ、街を覆い尽くすというのはでたらめではあったが、 それでもその両翼を広げれば、ツァルガの王城くらいならば覆われてしまうだろう。ただ、ファスティが協力を求めたアルラネウスも怪鳥と変わらぬ大きさではあったが。


「あの鳥の上に、出ていただけますか?」

 すでに風を切るように飛んでいるアルラネウスの背では、叫ぶ程の声でないと声が届かないため、大声でその言葉を伝える。

 正面から、アルラネウスに臆する事もなく飛んでくる怪鳥に向け、アルラネウスは一度右側へとそれ、怪鳥が通り過ぎて行くのを見送ってから背後につく。その距離は怪鳥のたなびく尾が、アルラネウスの鼻先をもう

少しでくすぐるだろうと思われるほどである。

「もう少し!」

「言われなくとも、 わかっている!」

 ファスティのかけた声に、そんな言葉が返ってくる。それと同時にアルラネウスの頭が少し持ち上げられ、身体が傾く。今まで水平に飛んでいたところを、斜め上方へと向かうように飛び始めたのだ。もちろん、怪鳥の真上に出るために。

 怪鳥の方はと言えば、背後をついてくる竜を疎ましく思ったのか、まるでアルラネウスを振り切ろうとしているかのように、右に左にと大きく旋回したりする。

 アルラネウスはその動きに遅れることなく、ついには怪鳥の真上へと踊り出て、そのままどんどん身体を近づけていく。後はファスティの飛び降りるタイミングだけが、残された問題であった。

「これだけ近づいてしくじったら、王国ーの笑い者になるぞ。そして、それを私が後世まできちんと伝えてやろう」

 アルラネウスが、そんな冗談を背のファスティへと向けた。

「それは困りましたね。女王直属の護衛士の長が、そんな笑い物になると言うことは、女

王の顔に泥を塗るのと同じですからね」

 ひょうひょうとした表情でそんな言葉を返しながら、彼は背につるしていた大賢者から授かったという剣を手に持つ。相変わらず大きな剣ではあったが、大賢者の託した物故か、重たさは普通の剣よりも少し重たいくらいにしか感じられなかった。

「しかし本当にしくじれば、命はないですね」

 下界を見下ろしそんな事を呟きながらも、彼はゆっくりとアルラネウスの背に立ち上がり、飛び降りる機会を伺った。


 やがて。

 アルラネウスが、ほんの少しだけ身体を傾け、目下に怪鳥の首筋を捕らえた時。ファスティは何のためらいも見せることなく、空中にその身体を踊らせた。左手に剣を手にしたまま、両手を開く。まるで下方から吹き上げるように、ファスティの顔や身体に吹き付ける風。ぐんぐんと視界に迫ってくる、怪鳥の青い身体。


 どさっ。

 そんな音を立ててファスティが首筋のあたりに着地したというのに、怪鳥はその身体を少しも下へと沈ませることはなかった。少しは着地の勢いで沈んでも良いではないかと思ってしまう。

 だが怪鳥は、身体に何かが飛び乗ったことに気づかなかった訳ではなかった。

 そのことに関してはきちんと感づいたらしく、怪鳥は大きく体を揺らすように、飛び始めたのだ。当然ファスティの足下は安定するはずがない。彼は、はっしと怪鳥の羽根を掴み、なんとかしがみついていた。


 きゅるるっ、きゅる、 きゅるっるるるっ。


「身体の割には、可愛らしい泣き声ですねっ。でも、だからといって私は情けなどかけませんけど」

 ファスティは自らの手に感じる痛みをこらえるためか、そんな風に呟いた。怪鳥の羽根は思いのほか硬質な物のでできており、自らの身体を支えるために掴んだ時、羽根をかなりの深さまで食い込ませてしまったのだ。刃物を握りしめたとまでは行かなかったが、手入れのされていない刃物といった所なので、よけいに始末に悪いかもしれない。


 きゅるっ、きゅるるるっっ。


 再び怪鳥が鳴き声をあげる。よっぽど首筋のファスティが気に入らないのか、ぐらぐらと身体を揺らしたり、高い位置からぐんぐんと下方へと落ちていったりと、奇妙な行動を繰り返して彼を振り落とそうとしていた。

 だが怪鳥はやがて、街の方へとその視線を向ける。

 もちろん首筋に掴まっていたファスティにも、その動きは読むことができた。そして、

自らの視界に捕らえた街並みを見て、はっと驚愕に目を見張る。

「まさか……」

 そんな声が漏れる。

 今、彼の目の前にある街の中央には神殿が存在し、その傍らには円形の高い高い塔がそびえていた。怪鳥はそんな塔に向かってまっすぐに飛び始めたのだ。

「まさか、私を塔搭にたたきつけて落とすつもりですかね」

 なかなか、賢かったのですねぇ。

 現実逃避のためか、そんな風に呑気に呟くファスティであった。

「しかし、これは大変な事になりました。もしここで剣を使っても、街のいくらかの家並みがこの方の下敷きになってしまいます」

 まだ街の上には達していなかったが、それでもこの鳥が街の中央を目指している限り、いずれは街の上空に達してしまうと言うことであった。

 だが、その時。


 ひゅんつ。


 という音がして、 怪鳥の翼の横を一本の矢が飛び抜け、そのまま勢いをなくして、再び

地に落ちていった。

「えっ……?」

 意外な事のために、そんな風に間の抜けた言葉を漏らしたファスティであったが、 すぐ

さま下方を覗いてみる。そして、地上の緑の草原の上を走る小さな黒い塊を見つける。

「!」

 今度は、言葉すら口からこぼれなかった。

 なんと、その黒い塊は馬であり、馬には一人の少年がまたがりながらも立ち上がり、そこから振り返りざまに矢を射ていたのである。もちろん、馬を思い切り駆けさせながら。

「なんて、無茶な!」

 信じられないと言う響きと、彼にしては珍しい狼狽の声が、その口からもれる。


 ひゅんっ。


 再び少年が矢を放ち、今度はそれが怪鳥の喉元へと命中するが、 硬質な羽根を持つ怪鳥である。そう易々と矢が突き刺さるはずがなかった。しかし、怪鳥はその矢と少年の存在に気がつき、今で首筋のファスティへと向けていた神経を、全て下方を走り抜ける少年と馬とに向けて、それを追いかけ始めてしまう。

 馬上の少年は怪鳥のその動きを確かめると、そのまま完全に馬に腰を下ろし、手綱を引く。馬は一度だけいななき、前脚を振り上げると、今まで街へと向かっていたのを、方向を変えて街とは正反対の方向へと駆け出し始める。

 怪鳥はそれを執物に追い始めたために、だんだんと街並みから離れていく。

「……これが、目的だったんですね。さすが我が息子とほめてあげたいのですが……。ここまで無謀な事をされると、ほめるわけにも行かないでしょうかね」

 まったく、母親そっくりの無鉄砲ですねぇ。

 思わずそうこぼしてしまうファスティ。

 今や完全に怪鳥の獲物となってしまった馬を駆る少年は、ファスティとツァルガ女王トキとの間に生まれた長男、トゥラース·トリスタンであったのだ。

 彼は自らの愛馬である、たてがみの白い黒馬の腹を蹴って思い切り走らせながら、時々後ろを振り返っては、怪鳥との位置をはかっている。たぶん、離れすぎずくっつきすぎずという距離を保っているのだ。そのために、怪鳥はその届きそうで届かない獲物だけに集中し、一心不乱にその姿を追いかけている。

「トリー!」

 怪鳥の上から下方の我が子の名を叫ぶ。その声が聞こえたのか、馬上のトリスタン……トリーは一度背後を振り返り、にっと微笑み片手をあげる。それは、何かに臆すると言うことなど知りもしないというような、王者のような微笑みと勇姿であった。

「……いつの間にか、大きくなっていたのですねぇ。私も、負けてはいられませんね。それに……」

 このままではトリーが怪鳥に追いつかれるのも、時間の問題ですしね。

 多少の焦りの表情と冷や汗とを浮かべながらも、ファスティは自らの心を落ち着けようと、そう呟いた。そして、血を惨ませている手を怪鳥の羽根から離し、ゆっくりとその場に立ち上がる。少しバランスは悪かったが、怪鳥がトリーを追いかけるのに熱中しているために、激しく身体が揺れることはなかった。

 今まで片手で握りしめていた剣の刃の部分を下に向け、両手で握りしめる。

 そして、一度精一杯両手を天に伸ばして剣を持ち上げ、

「我、ファスティバルス·ハルシタュッドが命じる! 剣よ、我が意に応えて、この怪鳥を封じよ!」

 朗々とした声で、そう唱えた瞬間。

 彼の言葉に応えるかのように、剣自身が彼の瞳と同じ色の、空色の輝きを発し始める。その輝きに触発されたかのように、ファスティ自身の内側からも、力そのものがあふれ出すような感覚がする。

 鼓動が高まり、火照るほどの高揚感が体中を覆ったかと思った時、剣を包み込んだ空色の輝きが、ファスティの身体自身をも包み込んでいた。

「鎮まれ!」

 まるでかけ声のような、その言葉にあわせて、ファスティは持ち上げていた剣を下方の怪鳥の首筋へと、勢いよく突き刺した。その剣はずぶずぶっという、鈍い音を立てて刃の中程で一度止まった。だが、ファスティ

はそれにさらに力を込め、自らの全体重をかけて、剣の刃がすべて怪鳥の身体に埋まるまで沈めてしまった。

 いや、正確には刺し貫いたというのだろう。

 怪鳥の下方から見上げていたトリーには、怪鳥の喉元から剣の切っ先の姿を見て取れたのだから。


 ぎゃるるるっ、ぎゅる、 ぎゃぎゃっっっっっ。


 怪鳥のロからもれた叫びは、さすがに可愛いと言える物ではなかった。

 怪鳥はその叫びをあげた後、剣で貫かれた痛みからか激しく翼を羽ばたかせ、上へと飛んだかと思えば、すぐに下へと下がっていくという行動を繰り返したが、剣から放たれ続けていた空色の輝きが、完全に怪鳥の身体すべてを覆ってしまうと、空中にあるにも関わらず、その動きをぴたりと止めてしまった。

 もちろん、それ故に怪鳥はぐらっと揺れ、そのまま身体を半回転さ、さらに頭を下に向けて地面へと落ち始めていく。

「しまった!」

 なんとか怪鳥へとしがみつこうとしたファスティであったが、怪我をした手が怪鳥の羽根か剣かをうまくつかむとができずに、そのまま怪鳥から離れ、彼もまた宙を舞ってしまい、地面へと墜落を始めてしまう。

「父上一っ!」

 馬上のトリーはそう叫ぶようにして、慌てた様子で馬を落ち行くファスティに向けて駆けさせたが、そんな彼の上空をさらに何かが通り過ぎて行く。

「少年よ、安心するがいい」

 そんな声が、頭上のその物体から響く。

「竜……!」

「アルラネウス……」

 トリーと地上へと落ち行くファスティの呟きとが、見事に重なった。

 そう。

 トリーの頭上の影は、今まで事の成り行きを見守っていた、アルラネウスであったのだ。彼は、怪鳥から離れて落下してくるファスティを、地面すれすれを飛ぶことによって、見事にその背で受け止めたのである。

「ったた」

 先程の怪鳥よりも硬質な鱗に背を打ち付けて、思わずそんな言葉をこぼしてしまうファスティ。だが、彼はすぐにそこから体制を立て直す。その頃には、アルラネウスはすでに地上へと降り立ち、先程落ちた怪鳥も広々とした草原の上に横たわっていた。

「父上!」

 ようやくトリーがアルラネウスに追いつき、慌てた様子で馬から飛び降りて、駆け寄ってくる。

「トリスタン!」

 ファスティもまた、アルラネウスの背から飛び降りて、駆けよってくる我が子を迎えるように、その両腕を開く。案の定、トリーは勢い良くファスティの腕の中へと飛び込んだ。

「トリスタン……なんて、無茶な事をっ」

 そう言いながらぎゅっと我が子を抱きしめる。その身体は、先程の勇姿が信じられないほどに、まだまだ成長過程にある小柄な身体であった。

「無事で良かった」

 そんな思いがファスティの心の中を埋め尽くす。

「あのままでは、怪鳥が街へとつっこんでいたでしょうから」

 少しだけ、はにかんだ表情で……ほめてもらうことを期待するかのような表情で、トリーはファスティに言った。

「………君は、将来すばらしい王になれますよ」

 我が子の顔を再び胸に抱き寄せ、そう言うファスティ。息子の成長に嬉しさと少しの寂しさを覚え、それを噛みしめていた。

「さて、私はそろそろ寝床へと帰るとするか」

 今まで静かに二人を見守っていたアルラネウスが、そんな言葉を紡いで背の翼を広げる。

「有り難うございます。貴方のおかげで命が助かりました。でも、背にのせるのは一度だけではなかたのですか?」

 確かにアルラネウスが約束したのは、一度だけであった。だが彼は二度もその背を許したのである。ファスティは、まさか彼が助けてくれるなどとは思ってもみなかったのだ。

「私は、それほど冷たい生き物ではないぞ。だが……お前の言うことももっともだな。では、お前にはもう一度私と勝負してもらわねばならんかな。なんなら、勝負はお前の息子

に持ち越してやってもいいぞ?」

 紅い目少しだけを細めて、そう言うアルラネウス。

「それは困りましたね。私はもう一度貴方に勝てる自信がありません。何しろ、あの時も貴方が手加減してくださらなかったら、勝負に勝てなかったでしょうから」

 ファスティはトリーに支えられながら立ち上がり、少しだけ悔しげに唇を歪めて、そう言った。

「気がついていたとはな……。ますます、もう一度勝負したくなるではないか」

「アルラネウス」

「冗談だ。だが、久しぶりになかなか楽しい時間を過ごさせてもらったぞ。人間に協力するというのも、たまにはいいものだな」

 そこまで言って、アルラネウスはファスティとトリーとが見守る中、その翼で再び空へと舞い上がる。


「竜は……偉大ですねぇ」


 飛び去るアルラネウスの巨大な姿を見つめ、ファスティはそんな言葉を呟いていた。その瞳には、羨望と憧れとが浮かび上がっていたかもしれない。


 その後、ファスティによって封じられた怪鳥は剣を首筋に突き刺したまま、大賢者の力によってある山の頂上に封じ込められた。

 こうして、ファスティと大陸最後の竜アルラネウスの怪鳥討伐は終わりを迎え、ツァルガ王国にまた一つ武勇譚が生まれたのである。


※※※※※


 闇の王国ツァルガ王城。

 怪鳥を沈めた勇者となったファスティが王城へと戻ったのは、すでに日が完全に沈んでからであった。だがそんな彼を、まだ幼い息子達が出迎えてくれた。

「父上、お帰りなさい!」

 そんな声が響いて、二つの小さな身体が胸に飛び込んでくる。彼はそんな息子達を抱き上げて、

「ただいま、タージュタージェ。いい子にしていましたか、ハルス」

 そう言葉をかけた。しごく幸せそうな笑顔である。………我が子には甘いのだ。

 だが、その途端に今までにこやかだった息子達二人が沈黙する。そしてその次の瞬間。

「ふぇ、父上がまたハルスと間違えたぁっ。あーんっ」

「ふぇぇっ、父上っ、ハルス、タージュじゃないっ」

 いきなり腕の中で大音響で泣き出す二人。

 おまけに右と左で泣かれたために、見事な相乗効果を生み出している。

 この二人は瞳の色が少しだけ違うくらいで、顔がそっくりなのである。ファスティはその二人を間違えて名を呼んでしまったのだ。

「ああっ、タージュ、ハルス、泣かないでくださいっ、よしよし」

 慌てふためいて、抱きかかえた息子達をなんとかなだめようとするファスティ。

「……これでは、勇者も形無しだ」

 後から駆けつけたトリーが、そんな言葉を苦笑とともにを漏らした事を、彼が知るはずもなかった。


《人は、空飛べぬ生き物故に 終》
















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