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◆6◆

 到着した洋食店は、綺麗で洒落た店だった。店頭には黒板のメニューボードが出ており、そこにはチョークで『本日のオススメ』などの情報が書き込まれていた。入り口の扉は装飾の彫られた白い一枚扉で、金色の縦に長い取っ手がついていた。

 取っ手を引いて扉を開け、香澄を先に通す。

 店内は照明で白く照らされ、明るい雰囲気だった。白い壁紙には金色の額縁で小さな絵が複数飾られており、BGMには最近流行のポップスが流れている。香澄が磨かれた床を踏むと、大理石の床が小気味良くカツンと鳴った。

 ざっと数えたところ、店内には二人がけのテーブルが七つ、四人がけのテーブルが三つあった。そのうちの半数以上が既に埋まっている。どのテーブルにも清潔な白いテーブルクロスがかけられ、その上にコップが伏せられていた。

 赤いエプロンを着た女性店員に案内され、香澄と向かい合って席に座る。

 店員が、手書きのメニューを俺たちに渡した。そこにはメニューの他に、オススメ品のイラストなどが描かれている。

 メニューを決め終わった俺が香澄の様子を伺うと、香澄はまだメニューを睨んでいた。先に飲み物だけ注文する。

「ごめんね、どれもおいしそうで」

「大丈夫ですよ。折角の食事なんですから、おいしいものを食べたいですよね。ゆっくり悩んでください」

「君は何を食べるの?」

 俺は、メニューに描かれたイラストを香澄に見せる。

「安直ですが、オススメ品の『ふわとろたまごのデミオムライス』です」

「じゃあ、私もそれにする」

 香澄は笑顔でそう宣言すると、店員を呼んで注文内容を伝えた。

 飲み物を飲みながらしばし歓談する。

 しばらくすると、おいしそうな良い香りが鼻をかすめた。店員がオムライスを運んできたのだ。

 香澄は「おいしそう」と言うと、携帯を取り出し写真を撮った。

 黄金色に輝く半熟たまごの周りには、デミグラスソースと生クリームがかかっている。出来立ての料理はあたたかく、湯気がふわりと空気に溶けていった。

「じゃあ、いただきます」

 香澄に続く。

「いただきます」

 銀のスプーンで一口目をすくう。バターライスに、半熟のたまご、デミグラスソース。口に入れると、完璧に調和されたおいしさと、主張しすぎないバターの香りが広がった。

「おいしいですね」

「うん、おいしいね」

 香澄と笑いあう。今の彼女には翳りがなく、普通だった。普通に、幸せそうだった。




 幸せそうな香澄と、明るく洒落た洋食店。

 ドラマの一場面を切り取ったかのように、絵になる光景。

 ただ、『似合っていない』と思った。

 幸せそうな『役』は、明るい店は、香澄には似合わない。

 香澄本人は楽しそうにしていたが、俺は、この店を選んだのは失敗だったと感じた。




 その後、オムライスや追加で注文した飲み物、デザートを食べ切るまでの約三時間ほど、俺と香澄は様々な話をした。

 俺からは、他愛もない日常の話を覚えている範囲で。

 香澄からは、今後のことを聞くことができた。

 どうやら香澄は、この街を出て行こうかと考えているらしい。『恋人の不倫』というショッキングな出来事を経験したのだ。この街には、いたくないだろう。

 別の、どこか知らない土地で、やりなおしたい。

 香澄はそう言っていた。今は再就職先を探しているのだという。しかし、かなり難航しているらしく、次の仕事が見つかるまではとりあえずこの街に留まるようだ。

「再就職先、早く見つかるといいですね」

「うん。でも……君と離れちゃうのは、ちょっと、寂しいかな」

 そう言う香澄の表情も、やはり、寂しげだった。

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