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◆4◆

 その後、俺と香澄は世間話をして過ごした。

 彼女を慰めるようなことはできなかったが、少しでも、気を紛らわせられたことを願う。

 バイトの時間になり、俺が慌てて席を立とうとすると、彼女が言った。

「連絡先、交換しませんか?」

 俺は、今日これっきりで彼女とは二度と会えないものだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

 俺は快諾し、香澄の連絡先を手に入れた。

 今日は俺が誘ったからと、伝票片手にレジへ向かう。そして、タオルを差し出してくれたマスターに礼を言った。

 レジを打つ紳士然とした初老のマスターは、軽くウインクして返してくれた。案外茶目っ気のある人らしい。

 香澄だけでなく、俺まで常連になってしまいそうだ。

 バイトを終え、携帯を確認すると、香澄からメールが届いていた。今日の礼と、今後どうするかもう少し検討する旨とが書かれていた。

 俺は応援の言葉に、『また会ってお話しましょう』と加えて送信し、その日は就寝した。




「おい! 年上で陰のある女性とデートしたって本当か!」

 友人の言葉に、俺は飲んでいた緑茶でむせた。

 通っている大学の構内、授業のない空きコマ、学生食堂。毎週金曜のこの時間は、同じ学年同じ学部の東堂とうどうと過ごすのが通例となっている。

 俺と東堂は、学食内の多人数掛けのテーブルに向かい合うように座っていた。

 学食内には俺たち以外にも暇そうな学生がおり、それぞれ談笑したり食事をしたりしている。

「……その噂、どこで聞いた?」

「お前、××駅の近くでバイトしてるだろ? その近くに住んでる奴が、駅前で女を連れて歩くお前の姿見たって言ってたんだよ」

 東堂は、俺と同じく食堂の緑茶を飲みながら答えた。

 学生らしく染髪し、ワックスで整えた髪。雑誌を参考にしたのであろう清潔感のある服装。爽やかで精悍な顔立ち。東堂はいわゆるスクールカースト上位者である。

 俺も、身なりにはそれなりに気を遣うが、東堂ほど熱心に『勉強』しているわけではない。

 東堂が、ニヤニヤしながら言う。

「で? デートなんだろ?」

「……デートじゃない。たまたま知り合いになって、ちょっとお茶しただけだ」

「そうか。次のデートはいつだ?」

「………………」

 俺が黙ると、東堂は「そうかそうか」と、何かを察したように頷いた。

「まだ告白してないんだな?」

「…………………………」

「いつ告白するんだ?」

「……俺は一言も『その女性が好きだ』とは言っていないが……」

「嫌いな人間とお茶するほど酔狂な奴じゃないだろう、お前は」

「………………」

 それはたしかに、そうである。

 東堂が笑いながら言う。

「お前はモテないわけじゃないが、なにせ続かないからな。女が執着する『記念日』を忘れるなんてしょっちゅうだし、そもそもデートの約束すら忘れる始末。この前の彼女のときなんて誕生日のことをすっかり忘れてて何もしなかったらしいじゃないか。それはまずいぞ」

「……忘れっぽいことは認めるよ」

「ついでに、先月俺が誕生日だったことも、忘れている」

「え? お前先月誕生日だったの?」

「そうだ。ちなみに、プレゼントを贈りたいならまだ間に合うぞ」

 特にプレゼントを贈る必要性は感じないので、これは手帳に書かなくてもいいことだな、と判断した。

「ところで、明日は土曜日だな」

 東堂がそう言うので、俺は手帳を開いて予定を確認する。

「遊びに行くのか? ちょうど予定が空いてる。付き合うよ。どこで何をするつもりなんだ?」

「残念、明日は俺はバイトだ。代わりにその女性をデートに誘え」

 手帳を床に取り落とした。

 身を屈めて手帳を拾ったあと、東堂を睨む。

 奴はニヤニヤと笑いながら言う。

「明日は予定がないんだろ? ちょうどいいじゃないか。ほら、今すぐ連絡しろ。俺の見ている前でだ」

「なぜわざわざ……」

「お前は『あとでする』と宣言した後は十中八九忘れているからな。忘れないうちに、さあ、今すぐ、俺の見ている前で!」

「………………」

 香澄とデート、か……。

 まあ、たしかに、別に嫌ではない。

 それに、明日はちょうど暇だ。

「……じゃあ、連絡してみるよ。あとでな」

「駄目だ、今すぐメールするんだ。短文でいい。『明日ヒマですか?』だけでいいんだ。相手から返信があればスマホに通知が来るだろう? 通知さえあれば忘れない。返信の返信はいつでもいいんだ。いいからとりあえず連絡するんだ。忘れないうちに。俺の目の前で」

「…………………」

 しつこいなぁ。

 俺はその場でスマホを操作し、東堂に言われた通り、香澄に『明日暇ですか?』とメールした。『俺の目の前で』としつこく強調されたので、スマホの画面を見せ証拠を突きつけることが癪に障るので画面は絶対に見せない。

「メールしたぞ。これで満足か?」

「おう、満足だ」

 東堂はウンウンと頷いた。

「来週、デートの感想をレポート用紙にまとめて仲人東堂に提出するように」

「多分絶対に忘れてる」

 東堂は笑った。

 俺は携帯で時間を確認する。

 時刻は昼過ぎ。ちょうど、一日で最も眠い時間帯だった。

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