留守番ビスケット
もしかしたらこれは、自分の知らない記憶。
雨の音はいつだって
優しくて冷たくていとおしい
重いカーテンをすこし開くと
世界は一面灰色で
私はすこしほっとする
あまりに外の世界が美しければ
私は耐えられなくなってしまうから
古時計が音を鳴らす
何千回目かの午後三時
誰もいないリビングは
私にはあまりに広すぎる
雨粒が屋根をたたく音と
秒針が時間を刻む音と
私が息をする音が
遠慮がちに佇んでいる
立派な木のテーブルの上には
三時のおやつのビスケット
古時計が鳴りやんで
私はビスケットに手をのばす
甘くて分厚くて
とても冷たくて
私はすがるように求めるように
ビスケットを頬張る
粉くずが散らばる
夢中で頬張る
満たしたくて満たしたくて
私は必死でかじりつく
玄関のほうで音がする
ママが帰ってきた音だ
私ははっと目を覚ます
私は私に帰らなくちゃ
私はママの娘に帰らなくちゃ
最後の一口を飲み込んで
甘い後味を水道水で消して
私は私に戻る
「ただいま、ママ」
また、明日。