08話 一ヶ月の空白
ああ、確かにそれは充分過ぎるお見舞い理由で、言い出し辛いなぁ。
最近、妹と称される小さな女の子を助けた憶えは1人しかいなくて、この有様だ。だけど後悔や恨みはないし、助けた子が無事と教えてもらった時点で、じゃあ後は俺が怪我を治すだけだなーとしか思わなかったくらいだ。
「妹さん、元気?」
コクコク(首を縦にふる)
「それは何より。じゃあ俺の事は気にしなくて大丈夫ですよ」
フルフル(首を横にふる)
「いやでも、あれは事故で小桜さんが気に病む必要ないし、治療費も加害者家族が全額負担で話し合い済みなので安心していいですよ」
フルフル(首を横にふる)
ううーん。変に気負ってほしくないのに、小桜さん的には譲れない様だ。てゆーか、妹を助けた男を献身的にお見舞いとか、それなんて少女漫画? 展開が王道過ぎて恥ずかしくなってきちゃったよ。
「でも、お医者さんからは安静にしてろって命令で、小桜さんが来てもやる事ないっていうか……」
この言動に、小桜さんの表情がどんどん陰っていき、ショボーンとしながら荷物を纏め始めた所で、
「すみません嘘です! お見舞いとっても嬉しいです!!」
即フォローを入れて、小桜さんが安堵する。これはもう諦めるしかない。それに献身的な女子の行為を無碍にするのは、男として失格だしね。
「だけど小桜さん。お見舞いならいつでもOKですが、実際する事ないですよ」
それに俺と違って学校あるし、放課後も毎日暇って訳じゃない筈だ。そう思っていたら、
ドサッ!!
ベッドの上に置かれたのは高1の教材一式、つまり俺の教科書だ。それから小桜さんが壁際に移動して、カレンダーに赤丸を付け始める。因みにその日はGW明けだ。
「小桜さん、その日に一体何が?」
????(首を傾げる)
いや、質問したこっちが変なこと言ってるって反応されましても。だけどGW明けは何かがあった気がする。そう思いつつ、目の前の教科書を眺めていたら。
「ああっ!! 中間テスト!!!」
コクコク(首を縦にふる)
ヤベェ。そういえばそうだった。いや、本当は知ってたけど、考えない様にしていた。だけど学校は俺の事情なんて知ったこっちゃないし、勉強が遅れるのは非常にマズい。
「だけどGW前まで入院だし、どうしよう」
教科書があっても授業に出れずじゃどうしようもない。入学早々から赤点確定、退院しても勉強に追い付けず、下手すると進学さえ怪しいかもしれない。そんな絶望的な学園生活を想像して打ちひしがれていたら、
ガシッ
急に両肩を掴まれ、何事かと顔を上げたら、顔を真っ赤にした小桜さんが、とても照れ臭そうに、真正面から俺を見つめている。
「……………………………………………………」
いや、何か喋ってよ! 小桜さんの方からこの状況を作ったのにダンマリなの!? だけど一向に喋る気配がないので、こちらから尋ねることにした。
「ええっと、励ましてくれて、ありがとうございます?」
「……………………………………………………」
否定はないけど、肯定もない。
とりあえず、会話?を続けよう。
「とにかく、やれる範囲で1人で勉強を…」
ブンブンブンブン(首を横に振る×2)
おおっ、否定されちゃったよ。
「じゃあ、もう潔く諦めて、全部赤点…」
ブンブンブンブン(首を横に振る×2)
ええっ、そうでもないの?
勉強は駄目で、赤点も駄目。……どうしろと?
とにかく情報を整理しよう。小桜さんは俺の入院に責任を感じてお見舞いに来てくれて、今後も来てくれるらしくて、中間テストの赤点も回避したい。ここまでは合っている筈だ。なのに勉強は駄目……、いや待て、確か俺は”1人で勉強”と言った。今後もお見舞いに来る小桜さん・1人で勉強は駄目、そうなると。
「もしかして、小桜さんが俺の勉強を、手伝ってくれる?」
コクコクコクコク(首を縦に振る×2)
おお、これが正解か。勉強を教えてくれるのはとても有り難いし、断る理由もない。
「じゃあ、宜しくお願いします」
こうして中間テストの赤点を回避すべく、小桜さんの家庭教師?が幕を開けたらしいのだが、勉強よりも小桜さんの意図を読み取る方が難しそうだなぁ。