82話 全てが終わった話
すみませんちょっと重い内容です。
檜山先輩と小桜さんが出会ったのは入学初日、同じクラスで席が隣というだけで、最初は挨拶だけの関係だったらしい。だけど中学最初のテストで檜山先輩がオール赤点&学年最下位という奇跡を起こしてから、小桜さんが勉強アドバイスをする様になったそうだ。
「最初は無視したけどな」
「いや、その厚意は受けましょうよ。赤点回避するくらいは勉強しないと」
「うるせーな。そん時はバレー部の方が大事だったんだよ。まぁ、こういう奴との縁は大事にした方がいいかもなーって何となーく思って、そっから何となーく話す様になったんだよ」
優等生だけど内気な小桜さん、アホだけど出しゃばりな檜山先輩、そんな2人の相性は悪くなかった様で、中2でも同じクラスになってからは一緒の場面が増え、一緒にお昼、バレー部の応援、テスト前に要点を纏めたプリントをくれたりで、そして檜山先輩は小桜さんの代弁、引っ込み思案のフォローをしていたそうだ。
「信じられねーだろうが、昔の小桜は普通に喋ってたぞ」
昔の小桜さんは物静かで、世話焼きで、義理堅いという、今と変わらない性格だったそうだ。喋る頻度以外は。
「そんで中2の夏休み前、俺様は部活頑張るから小桜は勉強頑張れよって感じで別れたんだが、9月の新学期、小桜には会えなかった。目の前にいる奴が小桜だって、信じられなかったから」
小桜さんの進路は県内トップ・偏差値70後半という最難関で、夏休みから塾2つ・家庭教師付きという地獄がスタート、元々物静かな性格が無音に、何1つ喋らなくなってしまったそうだ。
「これはぜってーヤバい、おかしいと思って小桜家に行ったんだが、想像以上だった。あんなでけぇ家なのに、あいつの部屋には小さな机1つと山積みの参考書しかなかった。しかもあの母親、露骨に嫌そうな顔で出迎えやがったからな」
あの母親、つまり再婚前の、小桜さんの本当のお母さんだ。
「しかも急に小テストやらされて、全部バツだったから追い出された。アホがうつるからもう来るなって。そん時の小桜の顔を見た瞬間に『だったら次は満点取ってやる! それなら文句ねーだろ!』って宣言したんだよ」
それからの檜山先輩は全力で勉強。小桜さんからテスト前に貰ったプリント内容を脳に叩き込み、分からない部分は復習、小学校の教科書を引っ張り出す場面もあったりで、とにかく勉強しまくったそうだ。レギュラーだったバレー部に休部届を出すレベルで。
「勉強し過ぎると頭痛がするってマジだったんだな。糖分不足って言われた時は、角砂糖やら蜂蜜やら流し込んで、無理矢理続けたけどな」
この暴力的な努力で成績急向上、小桜家の来訪も許可され、何も喋らず、どんどん痩せていく小桜さんの傍に居続け、支え続けたそうだ。
「学校に相談したけど成果なし、小桜父は海外出張中で帰国未定で八方塞がり。あと小桜の無言は母親から『無駄口を叩くな 喋る暇があったら勉強しろ』って命令で、喋ったら母親に怒られる、喋るのがストレスってレベルで追い詰められてたんだよ」
そんな日々が中2の終わりまで続き、共に学期末テストで好成績を収めた後、あの母親に隠れてささやかなお祝いをしようと檜山先輩がお菓子を持参したそうだ。
「小桜食え、美味いぞ」
差し出されたお菓子を1口食べてから、小桜さんの手が止まって、首を傾げる。
「気に入らなかったか? じゃあこっちの新作はどうだ。つーかちゃんと食ってんのか? お前最近痩せまくりだぞ」
新作も1口食べた後にまた手が止まり、また首を傾げてきたので、その新作を食べてみると、
「ぐほっ!!!! 何だコレ! 超辛ぇ!」
あまりの辛さにのた打ち回った後、1つの疑問が浮かんでくる。
そして小桜が俺様の反応を不思議そうに見ながら、
「……………これ、辛いの?」
この数秒後に部屋に入って来た小桜母を、許す事は出来なかった。
「暴れたんですか?」
「ああ、救急車と警察と児童相談所、あと海外出張中の父親が駆け付けるくらい暴れた」
この辺りの説明は特に雑だった。元々雑だったけど、詳細は聞くなという威圧が出まくりで、要約すると小桜母は虐待認定されて離婚、小桜父も日本に戻る事になったそうだ。
「自分の行動に後悔はない。あのまま小桜を放置したら、もっとヤバい事になってたかもしれねーからな。……けど、罪悪感は消えなかった。事情はどうあれ、この手で1つの家庭をぶっ壊したっていう罪悪感がな」
檜山先輩の行動が間違っていたとは思えないけど、確かにそれは重過ぎる責任だ。ただの中学生が背負えない程に。
「だから長期療養から帰ってきた小桜を、直視できなかった。それに修学旅行が終わった5月中旬、厄介事を抱えたクラスメイトを歓迎する物好きもいなかった。こっちにも事情があるってのに、役立たずだった教師共は今更俺様に小桜の面倒見ろだの、暴れた事は不問にするから部活に戻って来いだの、知るかっつーの!」
そっか、小桜さん、そういう理由で修学旅行に出られなかったのか。
「そんで俺様は徹底的に周りを無視して、小桜もダンマリ。そんなダラダラ時間が過ぎていくだけの日々だったが、高校の進路希望で、小桜が未回答のままって話が入ってきて、久々に小桜と話したんだ」
「行きたい高校、ねーのか?」
「……………」
「そっか、じゃあ進路希望カード出せ」
そうして差し出された紙の第一希望に、1つの高校名を書き込む。
「俺様の第一希望だ。ぜってー受かるから、小桜も来い。今はまだ無理だが、高校生になるまでの時間と、新しい環境で再会できたら、また一緒に昼飯食ってやってもいいぜ」
これが中3で俺様と小桜が絡んだ唯一の場面で、それでめでたく2人は高校で再会、友達に戻ったそうだ。
「最初に言った通り、もう全部終わった話だ。小桜の味覚も時間が経てば治るって話だ」
確かに、問題は全部解決済みで、もう俺が関われる場所なんてなかった。好きな人の事だったとはいえ、下手に首をツッコみ過ぎたのかもしれない。それから2人で無言の下校が続いて、気付けば地元の、檜山先輩の家の前にまで来てしまった。そして別れの挨拶もなく、無言で家に入ろうとした所で、俺は頭を下げた。
「檜山先輩、話してくれて、ありがとうございました」
「……ちっ、全くだぜ。思い出すだけでもイラッとするから、二度と聞くなよ。あと俺様がバラしたってのを小桜にバラしたら、その治った左足、へし折ってやるからな」




