67話 理不尽な優しさ
「えっと、変じゃないと思うけど?」
昨今、奇抜な名前は増加の一途らしく、それに「萌」って文字のある女子なら、俺も学校で何度か気がす…
「お兄さんには分からない。当たり前を持っている人間には」
「えっ? どういう…」
「両親がアニオタだから萌って文字を入れられ、たまに男子から『もえもえ~』と揶揄われ、大人に名前を知られた時は70%の確率で『あぁ~』って残念な表情を返され、大人になっても、おばあちゃんになっても萌のままで、それに親も最近『萌』を名前に入れた事に後悔しているらしく、全然名前を呼ばなくなり、これはもう15歳になったら市役所で名前の変更申請を…」
「ごめん月山さん! とりあえず考えるの止めよう! ド低音で淡々と愚痴溢すの止めようね!」
「学校で名前を気にしてるとは思いましたが、まさかここまで」
強制的に月山さんの体を揺らしまくり、喋りを強制終了させてから美羽ちゃんと一緒に謝って、どうにか月山さんを平静に戻しました。
「うふふ、お恥ずかしい所を見せました」
「いや、別にいいよ。じゃあ呼び方は月山さんのままで…」
「あだ名はどうです?」
成程、確かにそれはアリかも。美羽ちゃんの提案に月山さんも同意してくれて、3人で意見を出しまくる事になったのだが
「もえもえ?」
「悪化してる悪化してる」
「モエキッキー?」
「売れなくなった芸人っぽいな」
「モエデラックス?」
「いや、萌えから離れないと」
そして議論の末「もっかん」で仮決定となりました。
それから本題に戻り、我が母が一緒に夕食の餃子を作らないかとのお誘いに月山さんがOKを出し、皆で台所に移動したのだが、
「ゆぅちゃんおっそーい。もう準備終わっちゃったよ」
「ごめん母さん、ちょっと話こんじゃって」
不満タラタラの母に、その話の内容を説明したら、
「そっか、じゃあ宜しくね! 萌香ちゃん!!」
今までの流れを完全に無視した物言いで、更に月山さんに我が母に迫って、
「揶揄われて大変なのは分かるけど、自分の名前を嫌ったら、自分自身まで嫌いになっちゃうよ! そんなんじゃ好きな人ができても、本気で愛せないよ!!」
何言ってんだこの母親は!?
いや、言わんとする事はなんとなく分かるけど!
「だから名前を揶揄われても、笑顔で相手の名前を褒めるくらいの図太い子にならなきゃね」
「は、はぁ」(唖然)
「おい、よそ様の子供に何説教してんだ」
「えー、でもゆぅちゃん。人生において一番の敵は理不尽よ。だから理不尽の倒し方・避け方・正しい逃げ方、これを知ってる知ってないとじゃ雲泥の差で、それを教えるのが親の務じゃないかなーって」
「いや、確かにそうかもしれないけど、10歳にその教えは早過ぎで…」
「ぷっ、あはははは」
しょーもない親子喧嘩のせいで、月山さんに笑われちゃいました。だけどその笑いは今までの含みのあるものとは違って、素直な笑い声でした。
そんなこんなで「もっかん」というあだ名はお蔵入りとなり、萌香ちゃんと呼ぶ事になりました。
15歳になれば市役所で名前変更は可能ですが、よっぽどの理由がない限り変更は不可です。あと、変更するにしても変更前と似た発音、漢字だけ変更などが望ましいそうです。




