65話 舞台裏の攻防
「あはははは、なんでやねーんってツッコミが全然こなくて、お母さん困っちゃったよー」
あの後、月山さんが深々と頭を下げ、小桜家に押しかけた経緯・本好きで小桜兄妹と仲良くなりたいと言い、母は小学校の美羽ちゃんはどんな感じかとしたり、羽生という言葉が全く出ないまま会話が進行。だがこれ以上ややこしくなるのは勘弁なので、美羽ちゃんには俺の部屋で月山さんと遊ぶように伝え、俺は母と一緒に強制退場。『後は頼んだよお兄ちゃん』という眼差しに答えるべく、リビングでこれまでの経緯を説明したら、
「やっぱりね。意図的にお友達を呼んでないとは思ってたけど、まさか嘘を付いちゃうレベルかー」
「その反応、もしかして美羽ちゃんの悩み、知ってた?」
「当然じゃない。友達が家に全く来ず、外で友達と遊んでる様子もない。それを美羽ちゃんのお母さんが心配して、よく相談してるの」
「へぇ、やっぱり親も分かるんだ」
「親は子供達に気付かれない様、舞台裏で暗躍する生き物よ。ゆぅちゃんの入院中も、こっそり小桜さんのご両親と会ってたからね」
だろうね。お互いの両親がすんなり仲良くなってたから、薄々気付いてはいたけどね。
「じゃあ、美羽ちゃんのブルジョアアレルギーも?」
「まぁね。その件で小桜お母さん、やりすぎたーって後悔してるの。シングルマザーでも立派に娘を育てねば!って、すぐに安アパートに引越し、超節約生活に邁進したんだって」
まぁ、旦那さんを事故で失った後なら、正しい行動だな。
「それから数年後に昔馴染みと再会して再婚。これでパートも辞めて娘との時間が取り戻せるって思ったら、その頃にはもう趣味が節約、我が儘を一切言わないお行儀のいい娘が完成しちゃってたんだって」
おおう、確かにそんな経緯なら、贅沢は悪って思考に染まるのも納得だ。
それに美羽ちゃんも美羽ちゃんなりに頑張っていたのだろう。父親を失って働き出した母親、そして節約生活スタートとなれば、たとえ小学生でも色々と察する事ができた筈だから。
「けど実際は元々それなりに貯蓄があって、毎月がっつり貯金できてたんだって。だけど娘の将来っていう漠然とした不安に抗えず、おやつなし・誕生日も100円ケーキだけって感じにしちゃったらしいの」
「母さん、今すぐケーキ屋に行っていい? 美羽ちゃんにちゃんとしたケーキ食べさせてあげたいんだけど」
もう松葉杖を投げ捨て、怪我の悪化もいとわずケーキ屋にダッシュしてもいい気分だ。
「駄目よー。ゆぅちゃんは今まで通りにして。過剰な贅沢は萎縮するだけだから」
くっ、そうだった。
さっきもハワイ旅行で寝込んだって言ってたな。だけど、そうなると……
「何かもう、色々と手遅れでは?」
小桜お母さんは責められない。だけど急に贅沢OKって言われても、今までの人生観を変えるのは大人でも難しい事だ。てゆーか、素直でお行儀のいい娘が心配って、他の親からすれば贅沢な悩みにしか見えないだろう。
「節約は悪いことじゃないけど、美羽ちゃんは極端過ぎるのがね。ゆぅちゃんの退院祝いプレゼントも手作り・100円ショップで済ませて、餃子の出費もお父さんに深々と頭を下げてお願いしたそうよ」
うわー、ハワイ旅行と比較したら、餃子なんて捨て値同然なのになぁ。
「だけど、これはチャンスよ!」
「そうなの?」
「ええ、ゆぅちゃんも協力しなさい。そして美羽ちゃんを慕って来てくれた月山さんにも、協力してもらいましょう!」
美羽ちゃんの為に一肌脱ごうとする。そういう姿勢は嫌いじゃないし、そんな母で良かったと素直に思っている。……けど、ココで下卑た笑みを浮かべちゃうのが、俺の母親なんだよなぁ。




