60話 2年前のしおり
携帯で家に連絡。戻れる所までの駅前に車で来てもらう事になりました。
「小桜さん、ちゃんと帰れますから、そこまで落ち込まなくていいですよ」
「……………………………………………………」
この事態を小桜さんは自分のせいだと考えている様で、ここまで落ち込まれると、自分まで申し訳なく思ってしまう。だけど下手な慰めは火に油だろうし、それに『小桜さんがやってみたい事』が分からない以上、言葉を選ぶ事さえも不可能だ。
もう頭を下げてそれを聞きだそうとしたら、小桜さんがある物を持っている事に気付いた。
「小桜さん、それは?」
「………………………………………私が、やってみたかった事」
「見ても、いいですか?」
コクコク(首を縦に振る)
渡されたのは『修学旅行のしおり』だ。
日付は2年前、つまり小桜さんが中学3年生の時で、何の変哲もない修学旅行であり、目的地は全て知っている場所だ。何故なら今日、全部見てきたからだ。二泊三日を日帰りに凝縮したら、そりゃーカツカツになっちゃうよね。
だけど小桜さんのしおりには目的地に到着した際に記入するチェックが無く、旅行後に書く感想欄も未記入で、全てが真っ白のままなのである。
「小桜さん、修学旅行に行けなかったんですね」
コクコク(首を縦に振る)
「風邪ですか?」
この問いに沈黙。だけどそれは風邪ではないと言っているのと同義だ。
2年前の小桜さんを俺は知らないけど、それは美羽ちゃんが来る前の、小桜さんの両親が離婚した時期かもしれないのだ。
寡黙な性格の人は大勢いるし、悪い事じゃない。だけど小桜さんの寡黙は極端で、だけど意思表示は結構してきたりと、ハッキリ言って歪な性格だ。まるで喋るのを制限されているかの様に。だけどその原因らしき過去は分かる筈もなく、そこに離婚という出来事があった以上、勘繰ってしまうのと同時に、触れてはいけないと察するのが当然の反応だ。
ここで理由を聞くのは簡単だ。だけど……
「小桜さん。今日はとっても楽しかったですね」
フルフル(首を横に振る)
「本当ですって。てゆーか小桜さんが誘ってくれなかったら、俺は一生鎌倉に来なかったかもしれません。あの大きな大仏に一緒に入ったり、一緒に足湯に入ったり、1日中鎌倉を練り歩いたり、忘れない思い出になりましたから」
フルフル(首を横に振る)
「じゃあ小桜さんは、楽しくなかったですか?」
そんな意地悪な質問をしたら
ブンブンブンブン(激しく首を横に振る)
それだけは絶対に違う!
そんな反応を見せてくれただけで、満足だ。
「それなら俺の怪我が治ったら、また来ましょうね。今度はゆっくりと、何なら鎌倉以外でもいいし、或いはお互いの家族連れな旅行でも構いませんから」
このリクエストに小桜さんは顔を下げてから、小さく頷いてくれました。
今日は小桜さんにとって2年遅れの修学旅行だから、楽しい思い出で終わらせたい。
こういう時、漫画や小説の主人公なら「過去から逃げるな!」という姿勢で全て解決するだろうけど、残念ながら俺は左足を骨折中で、左脇の擦れにすら耐えられなかったヘタレ野郎だ。
それに過去に向き合うべきかを決められるのは本人だけで、それ以外の人間が正論を並べて指図は無責任な気がする。この考えが正しいとは思わないけど、間違っているとも思えない。人間の闇は、きっと俺が好きなどの小説よりも深くて、ちょっと踏み込んだだけでコロッと解決する様なものじゃない筈だから。
そんな言い訳を並べた所で、電車が到着。小桜さんに支えられながらの乗車をして、そして日が変わるかという深夜に終電電車を降り、駅ホームを出たら俺と小桜さんの父親が待ってくれていたのを2人で謝った後、我が家の軽自動車で帰宅。
こうして俺にとっては思い出深い、そして小桜さんとっては2年遅れの修学旅行が終わったのである。
これで3章終了です。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。




