21話 水のいらないシャンプー
「羽生く~ん、お風呂の時間よ~。悪いけどお勉強会は中断してね~」
病院には入院患者用のお風呂があるけど、俺はベッドから動けないので、お湯入り洗面器・蒸しタオル・シャンプーを森谷さんから受け取ったのだが、小桜さんが不思議そうにシャンプーを凝視している。因みにそれはただのシャンプーではなく、ドライシャンプーだ。
「それは文字通り、水無しでもOKなシャンプーで、ベタ付きもなくてスッキリできますよ。味気ないですけど」
これは液状の拭き取りタイプだけど、スプレータイプもあり、入院患者・災害時には欠かせない画期的なアイテムだ。
「看護師としては、このシャンプーには相当助けられてるのよ~。だけど小桜さん、それでも羽生君が臭いなら、これでシュッシュッしてね~」
「森谷さん、ファブリーズを渡さないで下さい。そんなんで害虫みたくシュッシュされたら俺泣きますよ。……………もしかして、臭かった?」
ブンブンブンブン(首を横に振る)
小桜さんは否定してくれたけど、やっぱりお風呂に入りたい。毎日蒸しタオルで念入りに拭いてはいるけど、限界がある。それに体が不潔だと悪臭だけじゃなく、ストレスにもなっちゃうからなぁ。
「羽生君、もしかして体が痒かったりする? もしそうなら、私が時間をかけて、君の体を隅々まで綺麗にしてあげるけど~」
「ぶっ!! いきなり何言ってるんですか!!」
「これは歴とした看護師のお仕事よ。本物のシャンプー使ってあげるし、体の隅々まで念入りに洗ってあげちゃうよ~」
「その変な手付き止めて下さい!!」
このセクハラナースめ。俺がYESと言わない性格だと知って、絶対に楽しんでやってるよ。大体、小桜さんの前で了承できるかっつーの!
「まぁでも私は忙しいし、上半身だけでもいいから、小桜さんに拭いてもらったら~?」
「………………………? ………………………………………………っっ!?」
まさかのキラーパスに、小桜さんが声もなく驚いて硬直してしまった。それから俺を見てはワタワタ・森谷さんに何か言いたけだけど言えずを繰り返している。
「結構です。小桜さん、すみませんが席を外して下さい」
そう言うと、小桜さんが申し訳なさそうに頭を下げてから退室していった後、森谷さんが深~い溜息を出してくる。
「もう、強がっちゃって。1人だと時間掛かっちゃうでしょう。小桜さんが手伝った方が早くなって、お姉さんも助かるんだけどな~」
「あんたは弟の恋愛にちょっかい出してくる姉ですか? 俺と小桜さんの関係、説明してあげたでしょう」
「うん、聞いたよ。だけど義理堅いって理由だけで、毎日来てくれる女の子はいないよ~。それに小桜さんは慌ててたけど、嫌そうじゃなかったから、気が向いたら頼んでみるといいよ~」
「うぐっ、ああ言えばこう言う」
大人は口が上手いから困る。正論を言っても全然聞かないからなぁ。
「あ~でも小桜さんに体を洗ってもらうのはいずれ出来るから、今はお姉さんにって魂胆かな? うふふ、若い子の世話をするのは久しぶりね~」
「結構です。1人でやりますから、森谷さんは仕事に戻って下さい」
「ぶ~、羽生君の真面目~、ヘタレ~、意気地なし~」
そんなひっどい愚痴を溢しながら、森谷さんも出ていき、体を拭き始めました。あぁ、お風呂に入りたいなぁ。




