第6話・キンモクセイの木の前で 後編
「キンモクセイの木の前で」編、完結です。
日曜日。
いつものように『植物園』に集った2人。
いつものように花を眺めたり、お喋りをしたりする。
いつものように、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
そして2人は、初めて出会ったキンモクセイの木の前で、並んで座った。しばし無言でキンモクセイの木を眺める2人。既に、キンモクセイの花は散ってしまった後であった。
おもむろに、ヤエが話し始める。
「キンモクセイの花も散っちゃったね…。初めて会った時はあんな綺麗に咲いてたけど…。……………ウィンディ。今まで本当にありがとうね。とても楽しかった。あ、会えなくなっても………」
言葉につまるヤエ。その目尻には光るものがあった。
「わ、私のことを忘れずにいてくれると嬉しいな…。」
そう言い終えると、涙を一粒こぼすヤエ。
そんなヤエを見て、ウィンディは大きく深呼吸をする。そしてヤエの方へ体を向ける。
「ヤエ…、いやヤエさん。ヤエさんに一つ受け取って欲しいものがあるんだ。」
そう改まった態度で話し始めたウィンディを、ヤエはうるんだ瞳で見た。
「これをつけて欲しい。」
そう言ってウィンディが取り出したものは、淡い褐色に染まったミサンガであった。
ウィンディは続ける。
「僕たちは、もしかしたらもう会えないかもしれない。でも、この思い出は失いたくない。このミサンガは僕の分も用意してある。2人でこれをいつもつけて、この思い出をいつまでも忘れないようにしよう。会えなくても、繋がっている証拠に。」
驚きと喜びと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざったような顔をして、それを受け取るヤエ。そして、腕にそれをつけると、華やかな香りがいっぱいに広がった。
「この匂い………もしかして。」
そう問いかけるヤエに、ウィンディは答える。
「キンモクセイの花の香りだよ。散った花を集めて、その花からキンモクセイの香水をつくり、それにミサンガを染み込ませたんだ。だからね、」
ウィンディは一旦そこで間をおく。
「花は散っちゃっても、僕は、いつまでもヤエのことを、満開のキンモクセイが放っていた香りと共に想っているよ。僕が言いたいのはただ一つ。」
ヤエ、僕はあなたを愛してます。
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それから数年後。『政府』が制定した「身分差分別法」は、富裕層の激しい反対にあって、撤回されることとなった。
反対運動の、旗印となったのは、まだ若い女性である。彼女は、周囲の富裕層の人々を取り込み、欠点を的確に指摘し、「身分差分別法」を撤回へと導いた。
撤回騒動がおさまって数日後。
旗印となった女性は、65階層『植物園』へと足を運んでいた。
そして、ある場所へ向かう。
そこには、満開に咲き誇るキンモクセイの木があった。
そのキンモクセイを、女性は腕につけたミサンガを撫でながら、しばし無言で眺める。
「キンモクセイお好きですか。」
突然後ろから話しかけられて、その女性、ヤエは驚いて振り向く。
そこには、同じミサンガをした男性が柔らかな笑みを浮かべて立っていた。
ヤエはその男性を見て、ぱあっと笑顔になる。
「ウィンディ!!」
そう言って、ヤエはその男性、ウィンディに駆け寄る。そして2人は再会を喜ぶかのように無言で抱き合い、そして、
口づけをした。
そばではキンモクセイの花が揺れていた。
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「曽祖父のたまごかけごはん」