第4話・キンモクセイの木の前で 前編
新編です!
よろしくお願いします!
これは、バベルの中でひっそりと起きた、小さな恋の物語________
平民層である、37階層に住む少年、ウィンディ。彼は、最近気になる人ができた。
始めは、好きになったとはウィンディは自覚はしていなかった。毎日の習慣である、65階層『植物園』の散歩。その最中に、植物を眺める彼女を見つけた。
艶のある黒髪、美しい黒色の瞳。白色のゆったりとしたワンピースを来た彼女は、いかにもな清楚系お嬢様であった。
そんな彼女に、その植物が大好きだったウィンディは、ついつい話しかけてしまった。
「キンモクセイお好きですか。いい匂いですよね!僕この花大好きなんですよ。」
満開に花開くキンモクセイの前でしゃがんでいた少女は、突然話しかけられて一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐにぱあっと笑顔になった。
「私もキンモクセイ大好きなんですよ。趣味が合う方に出会えて光栄です!私の名前はヤエ。
このバンドの通り、91階層に住んでるの。君の名前は?」
「ウィンディって言うんだ。37階層に住んでいるけど、この『植物園』が好きだから、毎日来てるんだ。僕も、同じ好みの方に会えて嬉しいよ。」
これが、彼らが交わした最初の会話である。
ヤエは、自らの身分をひけらかすことはなく、平民層のウィンディに対しても普通の態度で接した。ヤエは、毎週金曜日に『植物園』に来ているらしく、彼らはやがて金曜日には2人連れたって『植物園』を回るのが習慣となっていた。
「ヤエ!あっちにきれいな百合の群生地があるって!行ってみようよ!」
「いいわね、ウィンディ!もちろんいくわよ。」
親しくする内に、いつの間にか2人は互いを呼び捨てで呼び合い、語り合う仲にまでなっていた。
しかし、所詮は富裕層に住むお嬢様と、平民層に住むどこにでもいそうな少年である。以前『図書館』で読んだロマンス小説には、身分違いの男女が駆け落ちして結婚するというストーリーが描かれていたが、それは小説の中だけだとウィンディは達観していた。していたはずだったのである。
(なんでいつもヤエと会うと、ドキドキしちゃうんだろう。緊張なんかしないはずなのに。)
ウィンディは、自分の心がわからなかった。いわゆる、「初恋」というやつである。気持ちに悶々としつつも、その後もしばらく彼はヤエとの「金曜日の散歩」を楽しんでいた。
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「『身分差分別法?』なんだい?それは。」
ある日、いつものように『植物園』に集った2人であったが、ヤエのどこか辛そうな表情を見て、ウィンディはその理由を思い切って聞いたのだ。
「【身分差分別法】。『政府』の方々がこのバベルにおいて、新たにルールを定めたの。貧民層は貧民層。平民層は平民層。富裕層は富裕層。それぞれの指定された階層群を出るときには、許可を取らなくちゃいけなくなったの。でも許可は、例えば『学術街』の学者たちが『政府』の会議に参加するためとか、そういうしっかりとした理由が欲しいの。だから、来週の金曜日が会えるのが最後になっちゃうからちょっと辛くて…。」
「そうなのか….。」
とある貧民層の少年にバベル最高層まで入ってこられていきり立った『政府』が2度とそんなことは起きないようにと考えて制定したことなど、当然2人はつゆ知らない。
ヤエの言葉を聞いて、ウィンディは、そこからのことはあまり頭に入ってこなかった。その後、ヤエと何を話したのかもうろ覚えである。気づいたら、彼は自分の住む37階層にある自宅へと戻っていた。
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母親の呼ぶ声がする。ふと顔を上げて鏡を見ると、泣き腫らした顔がそこにはあった。どうやら夕飯に降りてこない息子を呼んでいるらしい。
ぼーっとした状態で、母親に心配されつつも、何も味がしない食事を終えて、ウィンディは再びベッドの上に寝転がり、枕に顔をうずめた。
(あの小説のように、ヤエと一緒にどこかの階層に駆け落ちしてしまえばいいんじゃないか?)
ウィンディは考える。
(でも、あれは小説だからできたことだ。もしそんなことをしたら、ヤエはもう一生両親に会えなくなってしまうかもしれない。そんなのあんまりだ。)
ウィンディは自らの考えを即座に否定して、再び思考の海に沈んだ。
(でも、ここまできたら、ヤエに僕の気持ちだけは知ってもらいたい。たとえ会えなくなるとしても。)
考えること小一時間、彼はとある作戦、いや、作戦というほどに深謀遠慮をしたわけではないので、この場合決意と言った方が差し支えないかもしれない。彼は、その決意を実行するために、翌日から準備を始めた。決行日は、最後にヤエと会う、来週の金曜日である。
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