第35話・ミラクル☆オレンジ 前編
新編スタートです。
1階層、『処理場』。
そこでいつものようにゴミ漁りをしようとした4階層に住む少女キューベルは、一度も見たことがないものが地面に転がっているのを見つけた。
「これなんだろう?」
それは、腐っていてとても臭かったが、その中に何か甘酸っぱいような匂いもする気がする、橙色の何かだった。
「もってかえって、おかあさんにきいてみよう!」
それは、オレンジであった。
キューベルは、オレンジを知らない。
ただでさえ果物が貴重なバベルである。富裕層ならまだしも、貧民層に住むキューベルがそれが何か知るよしはなかった。
聞いたところで当然、キューベルの母親もそれが何かを知らない。それどころか、安易に直接手でキューベルが持ってきてしまった 臭い何かを早く捨ててくるようにと言った。
キューベルは不満たらたらであった。
単調なバベルでの暮らしに、大きな刺激を受けることができたのに、その刺激を無視しろと言われたようなものだったからだ。
キューベルは、母親のいないところでこっそり道端に落ちていた錆びた鉄釘で、その腐ったオレンジを潰してみることにした。
「おえぇ〜….。つぶすともっとくさい….。」
そう言いながらも、腐ったオレンジを潰す手を休めないキューベル。
彼女の好奇心は、その臭いに勝っていたのだ。
しばらく腐ったオレンジをいじっていたキューベルは、やがて中に固い粒のようなものがあることに気づいた。
慎重にキューベルはそれをほじくり出し、鼻をつまみながら顔をそれに近づけ、しげしげと見る。
「へんなのから、へんなのがでてきた!」
嬉しそうにきゃっきゃと笑うキューベル。よほどこの「オレンジの解剖」が楽しいからに違いない。
すでに彼女の興味は、周りの臭い部分よりも、この固い何か、すなわちオレンジの種へと移っていた。
「うぅ….。これももちかえっておかあさんにみつかったらおこられるかなあ。けどだれかにこれをとられたくないし….。」
思案をするキューベル。
他のこどもにとっても、これはいい遊び道具に違いない。キューベルはそう考えていた。
「….そうだ!あそこのひみつきちにかくそう!」
キューベルはポンと1回手を打ってそう言うと、今度はボロ切れで丁寧にそのオレンジの種をつつんで、4階層のとある場所に向かって走って言った。
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「….これでよしと。」
キューベルが向かっていたのは、4階層南西に広がる、かつてバベルを構成していたが、もう脆くなって剥がれ落ちた内壁からできた小高い丘である。
以前から上階層に比べて、低階層の方は整備が追いつかず、バベルで1番大事な壁の部分の状態も劣悪なものとなっていた。
そして、ここ4階層南西は特にその程度がひどく、たくさん内壁が剥がれ落ちてしまっており、現在は当座の対処はできているが、剥がれ落ちた内壁はそのままにされていた結果このような丘になったのだ。
貧民層の幹部連中が階層照明の光が反射している様子を皮肉って呼び始めた『輝きの丘』は、しかしあまり知る者はいなかった。
理由はこの負の部分をあまり貧民層の人々に伝えたくないからである。
最悪、バベルの安全性への不安からパニックになるとも限らない。
そういうわけで、この『輝きの丘』の存在はあまり知られていなかった。
そんないろいろ曰く付きのこの『輝きの丘』を偶然見つけたキューベルは、ここを秘密基地としてよく遊び場にしていた。
キューベルは、大小様々な金属板からできたその丘の中で、特に金属が細かくなっているところにそのオレンジの種を隠した。
「ふふん♩これでだれにもとられないぞ。」
キューベルはそうウキウキしながら言うと、ピョンピョンスキップをしながら自宅へと戻っていった。
翌日から、珍しくキューベルには忙しい日々が続いた。
年に一度の「階層申請」の時期がやってきていたのだ。
「階層申請」とは、1年に1回、自分がどの階層に住んでるのかを『政府』に申告するものである。
この機会を利用して、登録階層を平民層にしようとする貧民層の人々も多い。
この殺伐とした貧民層を抜けられる機会だからだ。しかし、非常に、というかもはやほとんど開いてない門を通り過ぎる者はそうそういない。
しかしだからといって平民層へいくことは諦めきれない貧民層の人々は毎年長い時間をかけて変更を承認してもらおうとしていた。
それに、キューベル家も取り組んでいたため、キューベルも必然的に忙しくなってしまっていたのだ。
そんなこんなで1週間後。
久しぶりにキューベルが『輝きの丘』に向かうと、オレンジの種は、驚くべき変貌をとげていた。
キューベルは呆然として呟く。
「な、なにこれ……?!?」




