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バベルのこどもたち   作者: 苫夜
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第3話・夢見る太陽 後編

夢見る太陽編、完結です。

25〜29階層は、その役目から『食糧庫』と呼ばれている。ここでは、ここより下の貧民層に住む人々が、上司である平民層の人間に従い働いている。人工光と、特殊栄養液を用いて、野菜や果物を生産している。タンパク源として、虫や合成タンパク肉もこの『食糧庫』で生産されている。

『食糧庫』で生産されたものは、9割がそれより上層の階へと、専用のリフトを使って運ばれていく。ちなみにこのリフトは、92階層の隅にある『管制室』というところで制御されている。

そんなリフトの中の富裕層行きのものに積載されているダンボールが、不自然に何故か動いていた。


「うぅ、せまい…。」


ナギサはその中にいた。いいポジションを探しながら、研究所を去り際、リエル博士に言われたことを思い出す。


"いい、『食糧庫』のリフトに忍び込むのは多分簡単だとは思う。だけど油断しないで。もし上層階で見つかったら、何されるかわかんないよ?絶対見つからないでね。お母さんには何も言ってないから大丈夫よ。一応、もし本当にどうしようもなくなったときはこれを使って。"


そういって、リエル博士は親指をグッと立てながら、ナギサに対してニッコリ笑った。

渡された謎の黒いキューブには、ボタンのようなものがついている。きっとこれを押せばいいんだろう。


"最後にもう一回確認するけど、本当に大丈夫?…散々協力しといて言うのもあれだけどね。最悪、命の危険が迫るかも。ナギサにその覚悟はある?"


そう真剣な目で問うてきたリエル博士に対し、ナギサは一言答えると、納得したリエル博士は、笑顔でナギサを見送ってくれた。その日の夜に『食糧庫』に侵入したナギサは、子供の身長故か闇に紛れて警備の目を盗み、スタンバイをすましていた。


ナギサが回想していると、遂にリフトが動き出した。体が浮かんでいくような、奇妙な感覚にナギサは悶える。

数分の間だったか、リフトは目的地に着いたようだ。ガヤガヤとした声の後、ナギサの入ったダンボールは何者かに運ばれ、どこかに置かれた。「98」とダンボールに書いてあった通り、周りの声を聞く限り、目的の98階層に着いたようだ。


(さて、ここからしょうぶだぞ)


そう心で呟くと、ナギサはゆっくりとダンボールの蓋をあけた。

周囲に誰もいないことを確認し、よくよく確認すると、そこは食料を保管する場所のようだった。ナギサは、再びリエル博士の言葉を思い出す。


"リフトに乗って98階層に着いたら、まずは「会議の間」を目指して。そこには非常時のための緊急リフトが置かれているのよ。主に下に行くためのものだけど、これは99、100階層にもおそらく繋がってるわ。…なんで『政府』の階層なのにそんなに詳しいのかって?…私も以前そこにいったことがあるのよ。もう2度と行きたくないけどね…。とにかく、その緊急リフトよ。見つからないように頑張って!"


するするっとダンボールをでたナギサは出口のドアノブをひねった。幸いにも鍵はかけられていないらしく、ナギサは容易に外に出ることができた。

でてみると、そこは異様な空間だった。とてもバベルの中とは思えない、重厚そうな黒光りする石材によって、壁や床、天井が形づくられている。

ナギサは一瞬それらに見惚れたが、すぐに首をぶんぶん振って行動を再開した。

人はあまりいないらしく、音は聞こえてこない。複雑な作りらしく、何度も何度も曲がり角で左右を選択する。数分探索を続けると、ようやくナギサは、「→会議の間」と書かれたこれまた黒光りする看板を見つけた。

ナギサはそこで、嬉しさからか勢いよく走ってしまった。誰にも見つからなかったので、油断してたかもしれない。とにかく、注意を怠ったナギサは看板前にあったスイッチを押してしまった。

途端、ビーッビーッと警戒音が鳴り響き、ナギサが来た通路の方から大勢の人の声が聞こえる。


(やばい!たぶんあのこえはリエルはかせがいってた『ぐんたい』のけいびのひとだ!にげなきゃ!にげなきゃ!)


焦りながらも、ナギサは必死に子供の頭を働かせる。


(こえがしないほうににげてもいいけど、それじゃあたいようをみられないかもしれない。ここまできたらぜったいにたいようをみたいんだ!「かいぎのま」のほうにすすもう!)


そう決めたナギサは全力で「会議の間」の方へと走った。

走る。走る。後ろからの恐怖に怯えながらも、ナギサは遂に「会議の間」へと辿り着いた。


(どこ!?きんきゅうリフトはどこ!?)


焦りつつ探すナギサ。

ザッザッザッザッ。沢山の足音が迫る。


(じかんがない!リフトはどこ!?)


ザッザッザッザッ。まさに先頭の警備の『軍隊』が「会議の間」に足を踏み入れたとき、ナギサはようやく緊急リフトを見つけた。急いでそれに飛び乗り、100と書かれたボタンを連打する。ナギサに気づいた『軍隊』が走り寄ってきてリフトに手を伸ばす。

ナギサは目をつぶった。







上昇の気配がして、そしてリフトはとまった。



目をあけて、一歩、ニ歩と歩みを進めてその場に座り込んだナギサの眼前には、あたたかく輝く太陽の姿があった。

100階層は、一面ガラス張りの不思議な部屋で、まるで外にいるような錯覚を覚えさせる。

ナギサは何も言わずにただ太陽を眺める。気づけば、ナギサの頬は、涙が流れ、それに太陽の光があたってキラキラ光る。

ナギサはひたすら黙って太陽を眺める。

そのとき、ドカドカと音を立てて、ナギサの左後方から警備の『軍隊』が正規の階段を通ってやってきた。


「侵入者!おとなしく捕まれ!もう逃場はないぞ!」


警備隊長らしき人物ががなりたてる。なおもナギサは無言で、太陽を見つめながら、懐からリエル博士から貰った黒いキューブをとりだし、スイッチを押した。

刹那、ナギサを光が包む。光が消えた後には、そこにはナギサはいなくなっていた。


「ば、馬鹿な…。人間が消えただと…?」


そう呟く警備隊長であったが、もうナギサには逃げられた後だと気づくのにはあまり時間はかからなかった。


同日、とても満ち足りた表情で眠ったナギサが研究所に転移してきたのを確認したリエル博士は、そっと毛布をかけながら、ナギサに覚悟を問うた時のことを思い出していた。


"ナギサにその覚悟はある?"


そう聞いたリエル博士に対し、ナギサは口をきゅっと結んで一言答えた。


"ゆめのためのかくごは、たぶんたいようとおなじくらいにかがやくものだとおもうよ。"



後日、本当のことを聞いた母親に散々叱られたとある少年が、「3階層の太陽」と呼ばれるようになったのは、そう遠い話ではない。


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