第2話・夢見る太陽 中編
リエル博士の研究所兼自宅は、『学術街』の外れに建っている、古い一軒家であった。
「どうしててんさいなリエルはかせがこんなぼろいところにすんでいるの?」
「ふぐっ!!」
子供の無邪気さは、時に人を傷つける刃となる。リエル博士は気まずそうな顔をしてポツリ、ポツリと話し始めた。
「…さっき私、自分のことを天才とよばれてるって言ったけど、実は天才の前には「墜ちた」って言葉が本当はついててね…。『学術街』の連中からは「墜ちた天才」って呼ばれてるの…。なんでかっていうとね…、ん、まあいいや。気にしないで君は私のことをそのままリエル博士と呼ぶがいい。研究所がボロいのは私の趣味だ!!」
途中から急に元気になって、そう強弁するリエル博士のことを、ナギサは不思議そうに見つめたが、気にしないことにした。ナギサ、引き際がわかる男である。
「さ、どうぞはいって。」
研究所の内部は、沢山の紙で一杯であった。そのどれもに、文字が連綿と書かれている。おっかなびっくり落ちている紙を避けながら後ろをついてくるナギサに対して、リエル博士は、
「その辺はもういらないやつだから、別に踏んでもいいよ。」
そう言って快活に笑った。一応家主の許可はでたが、流石にズカズカと踏みしめるわけにもいかないので、ナギサは慎重に歩いていった。
「そこに座って。今お茶出すからちょっと待っててね。」
案内されたのはとある小部屋であった。ベッドやダイニングテーブルがあるのを見る限り、ここは生活スペースのようである。ナギサは、リエル博士に言われた通りに、おとなしく待った。待つこと数分、リエル博士はいい匂いがするお茶をもってきて、ナギサの座る椅子の向かい側に座った。
「それで…、ああ、お茶が気になるみたいわね。どうぞ、遠慮なく。」
目をキラキラさせてお茶を見つめていたナギサは、そう言われるとゴクゴクと一息にお茶を飲み干した。舌がヒリヒリするというおまけ付きではあったが。
「あまい…。こんなあまくておいしいおちゃ、いえでのんだことない…。」
そういうと、ナギサはカップに残った最後のひとしずくを舐め取ると、はっと行儀の悪さに気づいて、気まずそうにリエル博士を見つめた。
「いいわよ、そんなかしこまらなくて。これは「紅茶」っていうの。その紅茶に、甘い砂糖をいれたからね。おかわりはまだあるからどんどん飲んでいいよ。」
そういうと、リエル博士は机の上に置いてあったティーポットからナギサのカップにおかわりを注いだ。
沢山飲みたかったが、聞きたいことを聞かねばと思ったナギサはすんでのところでこらえ、一口口に含むだけにした。
リエル博士に自らの母親のIDバンドの登録番号を教えて、連絡をしてもらった後、ナギサはようやく本題に入った。
「それで、どうやったらたいようってみれるんですか?」
「いい、ナギサ。バベルっていうのは、一言で言えば、「ものっすごい高い塔」よ。上層階のその上の方には、このバベルを牛耳る『政府』の連中がいるんだけどね。まあそれはおいといて、そんな高いこのバベル、実は最上階、すなわち100階層だけは、あの分厚い雲を突き抜けたところにあるらしいの。そこにいけば、太陽を見ることができるかもしれないわ。」
「そこには、どうやっていけるんですか?」
そう言ったナギサに対し、リエル博士は難しそうな顔をして答えた。
「そこが難しいところよ。ただでさえ上層階は警備が厳しいし、90階層は『軍隊』の本部になってるし、そこを乗り越えても『政府』の奴らがいる階層はさらに突破が難しいし…。」
それを聞いて、目に見えてナギサは落ち込む。
「でもね、」
リエル博士は続ける。
「私に任せて。一つ方法を思いついたの。」
そういうと、リエル博士は悪戯っぽく笑った。