第1話・夢見る太陽 前編
はじめまして。
苫夜と申します。
この度は、「バベルのこどもたち」を読んでいただきありがとうございます!
皆さんの心に少しでも響くような作品を作っていこうと思いますので、これからよろしくお願いします!
バベル。それが、現在地球上にいるすべての人々が住んでいる巨大建造物である。第三次世界大戦が終結したものの、地球上はその大半が汚染され、世界中の人口の95%が消えた。
生き残った人々は、まだ比較的汚染が進んでいなかった土地に、バベルを建て、寄り合って暮らすようになった。
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時はそれから数十年。増える人口に伴い、バベルも上へ上へと伸びていく。強化ガラスから見える外は薄暗く、空には常に分厚い雲がかかっていた。
あまりにも細いヒトの未来を憂い、大人たちは日々刹那的に暮らしていた。そんな暗い状況でも、子供たちは生まれてくる。最早大人たちは抱えようともしない希望を胸に。
「たいようってなあに?」
バベル低層階、いわゆる「貧民層」に暮らす少年は、母親に絵本を読んでもらった後、感想の代わりに疑問を発した。題材は、『北風と太陽』である。
貧民層は、その名の通り生活的に困窮した者が多く、こういった娯楽物は、富裕層が多く集まる上層階からゴミとして、1階層の『処理場』に流れてきたものから得るしかなかった。そんな貴重な絵本だったが、残念ながら、少年は理解できなかった。
「太陽はね、お空であったかい光をだす、宝石のようなものだよ。」
母親の説明も、稚拙なものだった。なんてったって、彼女が子供時代の頃に、第三次世界大戦を生き延びたおじいさんから太陽のことを聞いただけであって、彼女自身も見たことがなかったからだ。しかし、この稚拙な説明が、少年の胸をつく。
「ほうせき?ほうせきって、おかねもちがつけてる、あのキラキラひかるいし?それがおそらにうかんでるの!?みたい!みたい!」
母親は、少し後悔した。今、太陽はまったくもって見ることはできない。それをどうやって見せるというのだ。
「でも、今はもう雲に隠れちゃって見えないからね。諦めなさい。」
彼女はそう優しく諭したが、少年はどうしても納得がいかなかった。
「『がくじゅつがい』ってとこは、あたまいいひとたちがいっぱいいるんだよね!たいようのみかたをおしえてくれるかも!ちょっといってくるね!」
「あっ!ちょ、ちょっと待ちなさい!」
母親の制止を振り切って、少年は家を飛び出し、上の階へと繋がる階段を駆け上がっていった。
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少年は、中層階において、一際名高い『学術街』へとひたすら階段を登って着くことができた。
『学術街』は、45階層にある、かつての生き残った戦争科学者たちがここをバベル開発拠点として使っていたその名残で、現在も学者と名乗る多くの人々が日夜研究をしている。
「はあ…。はあ…。すっごいつかれた…。ここからどうしよう…。」
勢い込んで登ってきたはいいが、少年はここからのことを何も考えてはいなかった。
少年に顔見知りの学者なんて当然おらず、誰にどうやって聞こうかと、ひたすらキョロキョロするばかりであった。
ただでさえ、『貧民層』からきた子供である。浮浪児のような見た目をした少年のことを気にかける者など、誰もいなかった。
ちなみに、身分判別のためにバベル統監本部、通称『政府』は、バベルの全ての人々に、金属製の腕輪を渡している。これは「IDバンド」と呼ばれており、自分の居住層ではない階層に出たことを自動で判別し、別の階層にいる間はその表面に、居住層の数字を浮かび上がらせるという仕組みである。これによって、人々は他人を判別できるのだ。少年の腕に浮かぶ番号は「3」であった。
そんな状況であったために、少年は周りから浮いていた。しかし、それが最終的に皮肉にも少年の望む結果を生み出した。
少年が30分ほどキョロキョロしていると、突然、後ろから20代後半の女性に話しかけられた。
「君、どうしたの?3階層の人なんて珍しくてつい声をかけちゃったけど。」
そう言ってチャーミングに笑う女性は、そこではたと何かに気づいたように頭をかいた。
「ごめんごめん。まず私のことを言わないとね。私の名前はリエル。この『学術街』でバベルのことを日々研究しているわ。これでも、45階層では天才って呼ばれているのよ。」
そう言って膨らみがほとんどない胸をどこか寂しそうにはるリエル博士。ちなみに胸がないことが寂しそうな理由なわけではない。
「それで少年。君の名前はなんだい?どうしてここにきているんだい?」
「ぼくのなまえはナギサ。ぼくはたいようをみたいんだ。おかあさんはみれないっていったけど、がくしゃのせんせいなら、みかたをしってるとおもって、ききにきたの。」
少年、もといナギサはそう答えた。
「なるほどね…。確かにないわけではないけど…。ちょっと難しい話をするから、私の研究所にきてもらってもいい?ひとまずそこでお茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょう。あ、親御さんにも一応連絡はしとくよ。」
そういってニッコリ笑ったリエル博士は、ぼくの手を引いて歩き始めた。