少女は自由に羽ばたく 2
権力を振りかざし金を欲する不心得者は、どこの世界にもいるらしい。
私は神殿の前で、その建物を無表情に見つめていた。
瞳だけに嫌悪をこめて。
私が生まれた孤児院は、毎月、王室からの援助金があるものの、それだけでは子供達に十分なものを与える事はできていなかった。
それもこれも、私が生まれる一年前まであった戦争のせいだという。
その戦争のせいで、孤児が急増したらしい。
私が住む孤児院も、子供達であふれている。
両親である院長夫妻は子供達の為にその現状をなんとかしようと毎日必死になっている。
その姿を見て成長した私は、自分も少しでも役に立ちたいと考えた。
けれど今だ十歳の子供である私ができる事と言えば、前世からの能力である癒しと浄化の力を使う事だ。
ならばと神殿に来たものの、前世の悲劇が頭を過ってしまい、私はなかなかその中へと足を踏み入れる事ができずにいる。
毎日のように神殿の前まで来ては中に入れず、溜め息をついて帰路につく。
そんな日々を送っていた私は、ある日、ある事に気づく。
病や呪いをどうにかして貰おうと神殿に来たのであろうと思われる人々の大半が、ある特定の日だけ、そのままの状態で肩を落として帰って行くのだ。
その日に回復して帰って行くのは、身形のいい人ばかり。
つまり、その日に治療にあたる神官は、金のない貧乏人は追い返しているという事なのだろう。
容易に思い至ったその事実に、私は激怒した。
そして、追い返された人々に声をかけ、自分が治療を行う事を決めたのだ。
勿論、何も用意せずに行ったのでは神殿に目をつけられ、癒しと浄化の担い手として取り込まれてしまうのは想像に容易い。
だから私は、フード付きのローブを作り変装をした上で取り掛かるべく、くるりと踵を返してその場を後にしたのだった。
あれから数年、私の事は"神殿よりも少額で癒しや解呪を引き受けてくれる優秀なはぐれ神官"として有名になった。
その為、やはり神殿は私を取り込もうとその行方を探しているらしい。
今のところ、私はうまく逃げられている。
そう、逃げられている…………筈だったのだが。
癒しや解呪の願いを聞き届ける為に私が出現すると言われている幾つかの場所のそのひとつで、今、私の目の前にいる、この人は。
この国の、国王様では、なかっただろうか。
「……君が、巷で噂の"優秀なはぐれ神官"か? ならばどうか、私の呪いを解いては貰えないだろうか」
口をぱかんと開けて唖然としている私に、国王様であろうその人は、真剣な顔つきでそう言った。
国王様は、呪われているらしい。
しかも、魂に深く絡みついた、解呪の最も難しい呪いだという。
私の力をもってしても、一度で完全に呪いを解く事は不可能だった。
けれど、効果はあるようだ。
それ故に、私は国王様に是非にと乞われて側付きの従者になった。
以来毎日、朝と夜に国王様の呪いを解くべく力をふるう日々。
国王様の呪いは、"王位に固執する呪い"。
いつ誰にどのようにしてかけられたかさえわからないその呪いの為に、以前は王位になど興味もなかったのに、現在は退位する事を強く拒むようになってしまったらしい。
戦時に行方不明になった先王の息子が生きている事がわかり、その息子に王位を譲るべきだと頭ではわかっているにも関わらずに。
自分のものとは思えないその執着が、呪いによるものだと知った国王様は、ずっとその呪いを解ける者を探し続けていたそうだ。
理性と呪いとの間で苦悩する国王様の為に毎日頑張った結果、国王様はようやく先王の息子をお城に迎え入れられるようにまでなった。
そして、未だにしつこく残る呪いの力にまた縛られ、退位する事を拒否する事がないようにと、譲位の式の準備は大急ぎで行われた。
今日は、その式の日。
私の目の前では、玉座の前に立ち、王の印たる冠をその頭から外し、眼前に跪く少年の頭へと被せる国王様の姿があった。
少年の頭に冠をしっかりと被せ、それから手を離した国王様は、清々しいまでの微笑みを浮かべてゆっくりと視線を動かし、参列者の人波に埋もれている私を見つめた。
そして。
「っ! 国王様!!」
意識を失い、床に倒れ伏した。
「もう、本当に心配したんですからね! なのに起きてすぐにお城を出ていくだなんて!」
「はは、すまない。けれど、どうしても呪いが消えた実感が沸かなくてね。少しでも早く城を出て、遠く離れた場所で暮らしたいんだ。……君には、申し訳ないけれどね」
「……私の事はいいんです。貴方の力になると決めたんですから」
「……すまない。……いや……ありがとう。シャルーカ」
あれから、三日。
一向に目が覚めなかった国王様、ううん、前国王様は、気がついたと同時、荷物を手早く纏めてお城を出た。
遠く離れた、国境近くの街か村へ移り住むという。
乞われて、私も一緒に行く。
王位を譲ったと同時に呪いは解けたものの、前国王様にはその実感がなくて、不安なのだそうだ。
この先、この方に解呪の力はきっと必要ないだろうけれど、側にいれば何かの役には立てるだろうと思う。
そうして、平民となった前国王様を支える日々の中、とある騒動に巻き込まれるのだけれど、それはまた、別の話。
書きたいエピソードが残っている……。
これはいつか連載にしようと思います。