少女は自由に羽ばたく 1
死後の世界というのは、随分と爽やかで穏やかな場所らしい。
果てしなく続く広々とした草原に、時折涼しげな風が吹くその場所に、私は小さな光の玉となってぷかぷかと浮かんでいた。
正面に目を向ければ、悲しげな顔をした金髪の美女。
背中に羽根が生えているその姿、その容姿は、生前、毎日神殿で祈りを捧げていた女神像そのもの。
女神様の御前にいる。
そう理解した私は、草の上へと降り立ち、頭を垂れた。
光の玉であるこの体に頭など見当たらないけれど、気持ちではきちんと頭を垂れているから、許して欲しい。
「……いいのよ。貴女はきちんと頭を下げてくれているのだから。……それよりも……ごめんなさい。私が……彼らの祈りに応えて、癒しと浄化の力を相応しい人物に授けようとしなければ、貴女の生がこんなに短くなる事なんて、なかったのに……本当に、ごめんなさい……」
女神様には私の心の声が聞こえるらしい。
発していない私の声に答えると、女神様は悲しげな顔を更に歪ませ、そう言った。
そんな女神様を、私は無言でじっと見つめる。
女神様が何について悲しみ、謝罪を口にしているのか、わからないわけじゃない。
けれど…………。
私は静かに目を閉じると、首を横に振った。
「……女神様。その謝罪は受け取れません。だって、貴女様のせいではないのですから。私がこんな事になったのは……彼らのせい。女神様から力を授かった神子を、己の権勢の道具にした、彼らのせい……」
次いでそう告げると、僅かに衣擦れの音がした。
再び目を開けてみれば、女神様が両手で顔を覆っている。
……泣いて、いらっしゃるのだろうか。
自らの信仰の対象である女神様が泣くような所業をした事を、いや、今現在もしている事を、彼らは果たして理解しているのだろうか……。
それとも、そんな事さえももう、関係ないとのたまうのだろうか。
それはなんと、罪深いのだろう。
私は彼らの顔を脳裏に浮かべ、今度はぎゅっと目を瞑った。
――私は生前、神子だった。
生まれはただの町娘だったけれど、ある日突然癒しの力が使えるようになり、大神殿からお迎えが来て、神子になったのだ。
神子となってからというもの、人々の怪我を癒し、呪われた人の呪いを解き、戦場跡となった場所の血と怨念で汚れた大地を浄化する日々を送った。
最初は、それらの合間に休養期間がしっかりとあった。
けれど次第に、癒しを、解呪を、浄化を求める人々が増え、私の休養はなくなっていき、働きづくめになった。
そしてそれに比例して私の体調は悪化していき、やがて……起きて、動いていられる時間が、少なくなった。
それでも私の役目は続いた。
患者を受け付ける時間になると強制的に起こされ、また、寝ている間に浄化が必要な場所へと運ばれ、力を使う。
私は頑張った。
この体調の悪化は疲労のせい、ただの疲れで病や呪いで苦しむ人々を放置してはいけないと、ひたすら頑張った。
でも、違った。
私の力は、人々を救い、大地を浄化するのと引き換えに、私自身の生命を縮めるものだったのだ。
力を一度使った後にある程度の期間休養したならそうは体に影響はない。
けれど、休む事なく使い続けた場合は、早死にする事になる。
ある日大神官様達の会話を偶然聞きその事を知った私は、役目を拒み、休養期間を要求した。
でも、聞き入れられる事はなかった。
拒めば、私の護衛だった筈の神殿騎士から剣を突きつけられ、『役目を放棄して今この場で死ぬか、役目を果たしてもうしばらく生きるか、どちらかを選べ』と大神官様に脅される。
それからはそんな日々を過ごし、そして。
私の命は、ついえたのだ。
言い様のない痛みに疼く胸を押さえて、私は再び目を開けた。
「……女神様、私はこれからどうなりますか? 天国へ、行けるのでしょうか。それとも、次の生へと向かうのでしょうか。……もし後者なら今度は、今度は……」
「……ええ。わかっているわ。でも、でもね。私は貴女に、神子として生きたあの日々を悲しいままで終わらせて欲しくはないの。だから……また、同じ力を授けるわ。今度は、命を削る制限を無くしてね。だから貴女は正しき心のままに、苦しんでいる人々を救い、汚れて不毛な地となってしまった大地を浄化してあげて。そして今度は幸せな生を、送って。貴女の能力が特に役立ち、そんな生が送れる場所へと貴女を送るから。……どうか、お願いよ……」
「……女神様」
女神様が光の玉となっている私をその手に乗せ、掬い上げるように上へと掲げると、私はふよふよと宙に漂いながら、空へと昇っていった。
そして、次に気がついた時。
私は、とある国の王都にある孤児院の院長夫妻の子供、シャルーカ・ノジョイとなっていた。
長くなったので2へと続きます。