不憫な勇者の奮闘記
転生じゃない異世界ファンタジー
五百年に一度、この世界には魔物と呼ばれる異形の生物が大量発生し、他の生物を襲い蹂躙する。
その魔物は世界の穢れが蓄積して形をとったものだと言われ、それを残らず退治する事で世界を浄化している事になるのだと施政者達は言う。
現在は、前回魔物が発生した年の、約五百年後。
そう、また魔物が発生する年なのである。
いや、正しくは、発生した、というべきか。
北のほうにある国で異形の生物が発見されたと世界各国に緊急の報せが走ったのだ。
それを受け、各国の施政者、そのトップはそれぞれの国中に広くおふれを出した。
"国の垣根を越え、その生涯をかけて、発生した魔物を残らず駆逐する我が国の勇者を求める"と。
そう、魔物の討伐は、国に仕える騎士や施政者に仕える私軍が行うのではない。
彼らには己の主や住む場所を守る務めがある。
世界各地、人里離れた山奥や森や無人島などを巡り、そこここに発生している魔物を一匹残らず退治する暇などとてもないのだ。
その為必要とされたのが勇者という存在だった。
勇者は名誉職で、無事にその務めを遂行すると国から英雄扱いされ、その後はそれはもうウハウハな生活を送れるという。
ただし、そこに辿り着くまでにとても長く苦しい旅路が待っているし、途中でその命を散らす事も多々あるのだが。
とにかく、そんなわけで、世界各国が自国の勇者を決めるべく動き出したのだ。
方法は、国事に違う。
ある国では武道大会を開きその優勝者を指名し、ある国では剣聖と噂高い男性に話を持ち掛け、ある国では自国の王子にその大役を与えたらしい。
そして、我が国では。
「あ、あの……どうして、私……?」
「…………すまない」
「何を謝る宰相! 百発百中の占い師の占いにこの少女が適任と出たのだぞ! 勇者に任命するべきだろう!」
「え、う、占い……??」
「あ、あの、陛下……以前申し上げた通り、私の占いは外れる事もございまして……そ、それに、何度も申し上げた通り、このような重大な事を占いで決めるのはいかがなものかと……いえその、決して占えというご命令に逆らう訳ではないのですが……ですがその……ええと……」
「何をぶつぶつ申しておる占い師? 大丈夫だ、今までそなたの占い通りにして失敗したのは一度もないのだから! そうであろう?」
「は、はい、ですがあの……それは損害がないよう宰相様が都度奮闘なさったからというか……けれど今回は、その……」
「大丈夫だ! 我が国の勇者はこの娘、これは王命による決定だ! 良いな娘、しかと務めるのだぞ!!」
「えっ、ええぇぇぇぇ!! …………うぅ、は、はい…………」
と、いう顛末により。
ただの田舎の村娘である、何の力もなない私が占いで見出だされ、逆らう事のできない王命で勇者になる事となりましたとさ。
あはははは…………ナニコレ。
「…………すまない、娘。せめてもの詫びに、城の騎士を仲間にする事を許そう。好きな騎士を何人でも連れて行くがいい。……よろしいですな陛下!?」
「む? うむ。まあそれくらいは良かろう。ただし、本人の意思は尊重するようにな」
「……ほう、貴方がそれを言いますか……」
「あっ、あの、わかりました!! ありがとうございます!! 早速お声をかけに行かせて戴きますぅっ!!」
良かった、騎士様を何人も連れて行っていいならきっと、たぶん、何とかなる!!
だから宰相様、国王様の気が変わらないうちに誘いに行かせて下さい!!
「あ……そうだな。うむ、行くが良い娘。ちょうど今の時間ならば、一番腕の立つ第一騎士団が訓練をしている事だろう。訓練場に案内させよう」
「は、はい! ありがとうございます宰相様!!」
一番腕の立つ騎士団!!
宰相様のその言葉に、私は意気揚々と訓練場へと向かったのだった。
突然だが、この世界の人間には必ず、魔力と、スキルと呼ばれる能力がひとつある。
魔力の強弱やスキルの良し悪しはあるが、幸い私はそれなりに使えるスキルを持っている、と、思う。
魔力のほうは、ささやかなものだけれどね。
その私のスキルは、記録と回帰というものだ。
五年ごとに任意で記録ができ、好きな時に回帰ができる。
回帰すると、記録した五年前に戻れる。
気をつけなければならないのは、一度記録するとそれが上書きされる為、新たに記録した時より昔には戻れない、という点だ。
私は五年ごとの誕生日にきっちり記録しているから、戻れるのは十歳の誕生日の日だ。
けれど、それでもいい。
声をかけた何十人もの騎士様に、『自分は王家に忠誠を誓った身だ。貴女には申し訳ないが、主君を残し長き旅に出るつもりはない』と同じ言葉で断られ、もはや気力も底をつき、貸し与えられた部屋に引き籠ったこの現在から逃れられるのであれば。
回帰して五年前からやり直せば、もしかしたら次の五年後の占いでは、私ではない人が勇者として選ばれるかもしれないし。
まあ念の為、また勇者に選ばれてもいいように、準備はしておこうか。
回帰したら、学園に入ろう。
ささやかな魔力でも使える魔法を学びつつ、学園にいるだろう、今回断られた騎士様のいずれかと五年かけて友人関係を築くんだ。
友達なら、助けてくれるかもしれないしね。
打算から始まる友人関係だけど気にしない!
私は命が惜しいのよ!!
回帰した私は早速両親を説得し、王都へ出て学園に入った。
私のスキルを知っている両親の説得は難しくはなかったけれど、学園でかかる費用は自分で何とかしろと言われてしまった。
田舎で細々と暮らす家に、学園でかかる高額な入学金や授業料などは到底払えなかったのだ。
そこで私が頼ったのが、"時運のくじ"だ。
これは昔とある大国に生まれた、子供の頃から妙に大人びていたらしい王子様が成した改革のひとつで、くじを買い求め、自分で好きな数字を書き、一定の期間後に行われる儀式を見に行き、その儀式にて自分が書いた数字が発表されると大金が貰える仕組みのくじだ。
一年に一度だけ行われるそれの、所謂当たり番号を、五年後から回帰した今の私は知っている。
卑怯な手だというのは、十分承知している。
やってはいけない事だというのも、よくわかっている。
しかし、私には命がかかっているのだ、背に腹は変えられない!!
ごめんなさい!!!
心の中で何度も謝りながら、私はくじを買った。
時運のくじで得たお金で学園に入り、将来騎士になる人物達に接触し交流をもって無事に友人関係となり、五年後。
私はまた国王様に召し出され勇者となった。
占いは、別の人を選んでくれなかったらしい。
しかし私は学園で魔法を学んだし、そのおかげか魔力もちょぴっと、本当にちょぴっとだけだけど上がった。
それに友人になった騎士達もいる。
大丈夫、大丈夫。
…………と、思っていた。
思っていたのに、友人となった騎士達全員から断られたのだ。
理由は大まかに分けて、『友人であるし助けてやりたいが、騎士職を放り出していつ終わるともしれない旅に身を投じる事は家の名が許さない』と『友達なのに薄情ですまないが、いずれは騎士を辞め家を継がねばならないから旅には行けない』の二つだ。
どうあっても彼らは一緒に来てはくれないらしい。
私はショックのあまりまた部屋に引き籠った後、別の方法を取るべく回帰した。
騎士が駄目なら冒険者だ。
ギルドに所属し冒険者となって、腕の立つ人達のパーティーに入れて貰おう。
そして仲良くなって、勇者に任命された時にはそのまま一緒に旅立って貰うのだ。
今回学園に通ったおかげで、私も少しは魔法を使える。
パーティーの一員としても、全くの足手まといにはならないはずだ。
冒険者となってとあるパーティーに入って五年後。
やはり私はまた国王様に召し出され、勇者に任命された。
これで確信した。
何度回帰しても、私が勇者に任命される未来は変わらないらしい。
私はこの変わらない事態を運命と呼んでいる。
私はこの国の勇者となる運命なのだ。
抗えない運命ならば受け入れて進むだけである。
ただし、どう進むかが問題なのだけれど。
私が入った冒険者パーティーは、私が国王様に呼ばれた事情を聞くと、去って行った。
すがる私に、『弱いお前につき合って危険な魔物退治の旅に出るのはごめんだ。何年かかるかもわからんしな。正直なところ俺達は、お前いなくても困らないから』と言って。
この五年の付き合いは何だったのか……良好な関係を築けたと思っていたのに、なんとも薄情な人達である。
さて、騎士も駄目、冒険者も駄目となっては、次はどうしよう?
一人きりで魔物退治は無謀過ぎるし……う~ん……あっ、そうだ!
何で今まで気がつかなかったんだろう、この方法があるじゃない!
よし、そうと決まれば彼らの情報を集めてからまた回帰しよう!
今度こそはきっと大丈夫だ!
私は彼ら、他国の勇者達の情報を集めるだけ集めると、回帰した。
まだ魔物がいない五年前に戻ると、他国の勇者達がいるであろうそれぞれの故郷へと足を運んだ。
理由は勿論、今のうちにそれとなく交流を持ち仲良くなって、五年後に再び会って一緒に旅する為である。
勇者同士の協力。
この方法ならきっと大丈夫だ。
…………と、思ったのに。
武道大会の優勝者になる勇者は女好きの冒険者で、数人の女性達と既にパーティーを組んでハーレムを築いていて、その人達が交流を持とうとする私に殺気の籠った視線を投げてきて怖くて断念した。
剣聖の噂高くなる勇者は酷い人間不信の上野心家で、一緒に行動したいと持ち掛けた途端『俺の行動による功績と名声は俺だけのものだ。お前と共有する気はない』とバッサリ断られ、『でもこの先一人では厳しい事態になるかもしれないし誰かいたほうが安心だよ』と言って粘れば、『その時は奴隷を買う。金ならあるし、奴隷なら俺の功績と名声が横取りされる心配はないからな』と言って、やっぱりバッサリ断られた。
王子様の勇者はその身分から護衛のガードが固く近づく事さえできなくて、諦めざるを得なかった。
そんなこんなで、また五年。
私は相変わらず一人だった。
……うん……こうなったらもう、最終手段だ。
方法はもうこれしかない。
私は固く決心すると、再び回帰した。
五年前に戻ると、私はまた時運のくじを買った。
何を置いても大金が必要である。
最終手段たる今回の方法は、そう、あの剣聖の勇者が言っていた方法である。
腕の立つ奴隷を買うのだ。
更に引退した冒険者を雇って、五年間稽古をつけて貰い鍛える。
それと同時に、買った奴隷との関係も良好にしたい。
奴隷だからといって酷い扱いをする気は一切ないし、一緒に旅する以上、信頼関係は大事だ。
前衛と後衛、それに回復役も必要だろうから、買うのは三人かな。
う~ん、時運くじ、一回でお金足りるかなぁ……もしかしたら二回やらないと駄目かも?
奴隷って一人あたりいくらするんだろう、わからないや。
まあとにかく、今度こそ。
一緒に旅する仲間を手に入れて、魔物退治の旅に出発しよう!
頑張るぞ~~!!
こうして意気込んでから、五年。
何度目の正直かでやっと仲間を得る事ができた私は、ようやく長い旅に出発した。
私の仲間は剣士の少年に、魔法使いの青年に、回復役の少女。
そして私。
買った当初は暗かったり無口だったり怯えたりしていた仲間達も、五年間根気強く私という人間を理解して貰い、そして私も彼らを理解しようと努力した結果、主従の垣根を越えた、親しい関係になる事ができている。
この仲間達となら、辛く長い旅もきっと乗り越えていける。
今まで色々あったけど、これで良かったのだと心から思う。
まだまだ先だけど、この長い旅を無事に終えたら、彼らを奴隷の身分から解放しよう。
願わくばその後も、彼らと一緒にいられますように。