悪役令嬢は予知夢で回避を試みる
まずは悪役令嬢ものから。
部屋の窓から、明るい暖かな陽射しが降り注ぐ。
そこから外を見ると、小さな鳥達がチュンチュン、チチチとさえずりながら飛んでいるのが目に入った。
その背後には抜けるような青空が広がる。
うん、今日も良い天気です。
さて、起きたらお腹が空きましたね。
朝御飯はまだでしょうか?
ちょっと催促してみましょうかね。
せーの。
「びえぇぇぇ~~ん! びえぇぇぇ~~ん!」
「あらっ。あらあら、もう起きていたのね。おはようシャラセリカちゃん。お腹が空いたの? すぐにお乳をあげますからね」
泣き声に気づき、そう言いながら現れたのは私のお母様だ。
お母様はすぐに着ていた服の前をくつろげ、その豊かなお胸を見せると、私を抱き上げ……。
……うん、この先は物凄く羞恥心が騒ぐので、別の事柄を考えましょう。
とりあえず自分の事をもう一度確認しますか。
私はシャラセリカ・アレクディア、現在0歳。
アレクディア公爵家の令嬢である。
私には生まれながらに前世の記憶があって、以前は地球という星の日本という国に住んでいた。
そこで、中学校を卒業したところまでは覚えているんだけど、そのあとが酷く曖昧になっている。
お婆さんになるまで生きた気もするし、若いうちに病気になってそのまま、というような気もする。
とにかく、中学卒業後以降の事はよくわからないのだ。
まあ、わからない事は考えていても仕方ないのだけれど、私は自分の、このシャラセリカ・アレクディアという名前に何故か聞き覚えがあるのだ。
これはとても大事な事で、思い出さなければならないと本能が告げているのだが、どうしても思い出せない。
その為、動けずする事のない赤子である私の一日は、ご飯と睡眠と、前世の記憶を辿る事がそのスケジュールとなっていた。
シャラセリカ・アレクディア、現在六歳。
何故自分の名前に聞き覚えがあるのか、ついに思い出す事に成功しました。
今、目の前には、金髪碧眼の美形の王子様がいらっしゃいます。
キラッキラの、まさに、ザ・王子様です。
お父様に連れられた王城で、その王子様を婚約者として紹介されました。
王子様の名前はシオイデュール・エクゼランディア。
このエクゼランディア王国の王太子殿下です。
そう、その姿を見、その名前を聞いた途端に、今いるこの世界がかつてプレイした乙女ゲームの世界である事を思い出したのです。
シオイデュール殿下はその乙女ゲームのメイン攻略対象、そして私シャラセリカ・アレクディアは悪役令嬢だったのです。
「シオイ様、あの、どうしましょう、私、おそろしい夢を見ましたの。半年後、東の街ヒゼリアが盗賊団におそわれじゅうりんされ、火の海にしずむという夢を……! ヒゼリアには行った事がございませんのに、夢の中の街がなぜかヒゼリアだと強く思うのです。半年後の、ヒゼリアの姿だと……!! なぜなのでしょうシオイ様、わ、私、おそろしいですわ。あ、あんな、あんなむごい夢など、どうして見たのでしょう……っ」
あれから一ヶ月、私は悪役令嬢としての破滅を回避すべく、必死に考えた。
そして、ひとつの方法を思いついた。
これが、その方法である。
私は、王妃様とお母様が隣のテーブルでお茶している殿下とのお茶会で、声を若干潜めながらも隣まで聞こえるよう、物凄く怯えたふりをして告げた。
すると、王妃様とお母様がハッとした表情で私を見つめてくる。
よし、狙い通り!
この国の王家の女性には、極々稀に、本当に稀にだけど、未来予知の力が発現する事があるらしい。
だから、王家の血が流れる公爵家の私にもそうなる可能性があるのだ。
私はそれを利用して、ゲームの回想シーンや攻略キャラとの会話の中にあった、ゲーム開始前の出来事を未来予知として告げればいい。
そしてやがては、殿下がヒロインと出会い、私と婚約破棄する予知夢を見たと言って、事前に円満に婚約を解消してもらう計画を立てたのだ。
「シャラセリカ。その話、もう一度詳しく話して頂戴。半年後、ヒゼリアなのね?」
「えっ、は、はい……そうです……」
「……妃殿下、これは……ああ、シャラセリカ、なんてこと……!」
「……すぐに、陛下にご報告しなくては! シエラセリファ、シャラセリカを連れて共に来て。シオイデュール、貴方もいらっしゃい」
「は、はい、母上。シャラ、シャラ? 大丈夫かい? ほら、私に掴まって。私も一緒にいるからね」
「……はい。ありがとうございます、シオイ様……っ」
王妃様はすぐに席を立つとお母様に声をかけ、私と殿下に一緒に来るよう促した。
よしよし、第一段階成功、と。
……それにしても、シオイデュール殿下、優しいなぁ。
シャラセリカ・アレクディア、現在十三歳。
私はあれからも幾つかの知識を予知夢として告げ、そして無事その通りに事は起こってきた。
これだけ予知夢を当てれば、もう疑われる事はないだろう。
そろそろ、頃合いだ。
「ご機嫌よう、殿下」
「やあ、シャラ。いらっしゃい。……どうしたんだい? 今日は随分他人行儀な呼び方だね?」
「……殿下。私、今日は、婚約解消のお願いに参りましたの」
「…………え? な、何故だいシャラ? どうしてそんな」
「私、また予知夢を見ましたの……! 三年後、エクゼラルス学院にて、殿下がある女性と出会い、真実の愛に目覚め、その女性と恋仲になって……それを知った私が悲しみと嫉妬からその女性に酷いいじめをして、やがて殿下に嫌われ、婚約を破棄される予知夢を……!! わ、私は、いじめなどしたくはありませんし、殿下に嫌われるのも嫌ですわ! けれど、けれど殿下のお心が他の女性に奪われたなら、私はやはりあの予知夢と同じ事をしてしまうでしょう……!! ……そうなる前に、せめて、せめて殿下に嫌われてしまう前に、私は殿下の御前から去りたいのです……!! ですからどうか、どうか私との婚約を、解消してくださいませ……っ」
私は震える声でそう言うと顔を両手で覆い、泣き崩れた。
これは、この台詞だけはやはり、演技としての言葉とはならなかった。
だって私は、前世からこのシオイデュール殿下が好きだったのだから。
破滅回避の為とはいえ、好きな人に婚約解消を願い出るのに、あっさりさらりと言えるわけがない。
胸がぎゅっと締めつけられ、ひどく辛い。
「……シャラ。婚約解消はしないよ」
「えっ!? で、殿下……!? どうして……っ、私の予知夢は、もう疑う余地はございませんでしょう!? 私はっ」
「シャラ。私がその女性と出会うのは、エクゼラルス学院だと言ったね? なら、私はその学院には行かない。行くのは、隣国の学園にしよう」
「えっ……!?」
「そうすれば、今回も酷い未来はこないだろう? 今までの予知夢だって、シャラのおかげで事前に十分な対策が取れて回避してきたじゃないか。だから今回も。ね、シャラ?」
「えっ……で、でも、そうすると殿下が……真実の愛に……」
「うん? 真実の愛になら、もう目覚めているよ? だからシャラ、シャラも隣国の学園に行こうね? 私は、シャラと遠く離れるなんて、耐えられないのだから」
「え? え? …………えええぇぇ!?」
お、おかしいな、どうしてこうなったんだろう?
シャラセリカ・アレクディア、現在十四歳。
二つ歳上の殿下が隣国の学園に入学する為に出発した、その馬車の中で、殿下の隣に座っています。
どうやらこのまま殿下と一緒に隣国へ行き、二年後私も学園に通い、私の卒業を待って殿下と一緒にエクゼランディア王国に帰る事になった、みたいです。
殿下との婚約も、継続中。
そう、継続中、なんだけど……なんだか私、破滅は回避、できたみたいです。
ちらりと横目でシオイ様を窺うと、視線が絡まる。
次の瞬間、シオイ様は甘く微笑んで、優しく私を抱き寄せた。