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ルーパー『明石未来』の不在

作者: エタナン

 考えたキャラについて思い付きで物語を作りました。

 なお、登場人物は女子のみで、恋愛要素はありません。


 物語の最後に蛇足が付きますが、本編の前半、中盤とは少し雰囲気が違うので切り離して読んでください。

 私『明石(あかし)未久(みく)』の姉『明石(あかし)悠来(ゆき)』は特別だ。

 いきなり姉自慢なんてされても困惑するかもしれないけど、私のことを語る上で姉のことを語らないなどということはできない。


 姉の『明石悠来』、姉といっても私とは一卵性双生児の双子姉妹なので、実年齢はほとんど変わらない……少なくとも、肉体的には。

 しかし、おかしな因果があったもので、姉とは小中高と学年が一つずれてしまっている(別に私が留年したわけじゃない、姉の飛び級ならあり得るかもしれないけど……)。これは、姉が母のお腹から出てきた時間と、私が母のお腹から出てきた時間の間に日付が変わり、誕生日が一日ずれて、それが丁度学年の分け目の日付だったのだ。


 いや……この表現は正確ではないかもしれない。

 正確さを求めるなら、母のお腹から姉が『出てきた』時間と、私が『取り出された』時間だ。

 姉の『悠来』と妹の『未久()』が生まれるまでには、数時間の時間差がある。それは、私と悠来の間に現れた初めての差……自力で母のお腹から自然な形でこの世に生まれ出た姉と、その力がなく帝王切開で母の腹を切って生まれた私の差だ。

 その時、出産直後で弱っていた母はお腹の中に残ったもう一人の子供が危険と知るや医者に頼んで緊急手術を敢行……結果として、私が産まれて母は私の無事を見届けてすぐに安心したように息を引き取った。


 以来、祖父母はもう子守ができないほど弱っていて、父が仕事で忙しかったこともあり、物心ついたころから姉は私の母親代わりで、私は姉に育てられたようなものだった。



「おねえちゃん……こわいゆめみた……」

「だいじょうぶ、みくにはおねえちゃんがついてるから」



 姉は、本当に特別だった。

 産まれた時間は数時間しか違わないはずなのに、私よりもずっとしっかりしてて、頭もよくて、家事も勉強も難なくこなした。比べて私は鈍臭くて、のろまで、ドジで……本当に同じ遺伝子を持っているのか怪しいものだった。


 でも、姉は一度だってそんな私を見下したことはなかった。

 そして、甘やかすだけじゃなくてちゃんとした母親みたいに育ててくれた。


「未久、いい? 知らない人についてっちゃダメだからね? 防犯ブザー、しっかり持ってなきゃダメだよ?」

「もう、わかってるよそんなこと! みんなと一緒だし大丈夫だよ!」

「そういう油断が危ないの! 小学生が何人いても大人には勝てないんだから!」

「おねえちゃんだって小学生じゃん……」


 時たま、心配性過ぎると思ったことはある。何せ、見た目はほとんど一緒なのにやたら保護者ぶるんだから。でも、大きくなってからはちゃんとわかってる。姉が……悠来がどれだけ私を大事に思ってくれていたのか。 

 母親のいない私には、双子の姉が母親代わりをこなす意味なんてよくわかってなかったけど、ものを多少は考えられるようになってからはよくわかる。全く同じだけ子供であるはずの双子の妹を母親のように育てるには、どれだけの愛と努力がいるのか。

 そして、その苦労を私に感じさせないように日々を過ごしていた姉がどれだけ特別だったかも。


 姉は、本当に特別で、憧れだった。

 勉強は天才的によくできて高校生くらいが読みそうな難しい本だって幼稚園児のころから読んでたし、テストはいつも満点だった。家事は一時期来てたハウスキーパーさんがやることがないといってやめてしまったくらいだし、それでいて威張らず、いつも背伸びをしないままで大人びた表情を見せられるくらいに早熟だった。


 そして何より……姉は、『超能力者』だった。


 そのことを知らされたのは、私が中学生になった入学式の日。入学式が終わり、家に帰って来てすぐだった。

 姉の悠来は中学二年生になり、私はよもや大人びた姉が噂の『中二病』というものにでもかかってしまったかと思って、危うく救急車を呼びかけた……冗談ではなく本気(マジ)で。

 困惑する私の手を握りながら、姉は優しく微笑みかけた。


「いい? これを見ても、あんまり怖がらないでほしいの……未久に怖がられると、お姉ちゃんはすごく悲しいから」


 次の瞬間、私はその日の『朝』にいた。

 私の手を握っていたはずの姉はキッチンで朝ご飯を作ってて、テレビでは朝と同じニュースを同じ人が読んでて、私はパジャマを着ていた。


 そして……


「ほら、早く着替えないと入学式、遅刻しちゃうわよ?」


 わけがわからないまま、促されるままに服を着替えて朝食を食べ、学校に行き、校長の長い話を聞く。

 全てが、つい先ほどまでに体験したことと全く同じだった。


 そして、帰って来て……姉は言った。


「実は、お姉ちゃんは超能力者なの」


 私が、再び手を握ろうとした姉から離れ、既に今日を『二度』体験したことを話すと、姉は納得したように頷いた。


「そう、じゃあもうわかった? お姉ちゃんが本物だってこと」


 姉の『超能力』というのは、『他人を過去に送る能力』なのだと説明された。

 自分自身が過去に戻ることは出来ず、手を握って送り先の時間をイメージすることで、その時間のその人物に手を握った時点での精神を上書きできる。時間制限も回数制限もなく、いつでもどこでも何度でも。口で言うのは簡単だが、とてつもない能力だった。これを使えば、競馬だろうが株だろうが好きにできるし、テストの答えだってわかる。

 でも、姉は優しく微笑みながら私に言った。


「私は、そういう目的で人を過去に送るつもりはないわ。その人のためにならないもの。だけど、今日私がこの能力をあなたに教えようと思ったのは、あなたはもうそのくらいの判断ができる歳になったと思ったから。この能力は私自身に使えない……だからきっと、あなたのためにあるものだと思うの。使いたいときはいつでも言ってね? でも、それがあなたのためになるか、ちゃんと考えてね?」


 姉は、本当に特別な人だったのだと思う。

 特別な能力を持っていたからじゃない。普通なら、そんなものを持てば絶対に悪いことに使おうとするはずなのに、そんなことをしようとはせず、その上で私を信じて使い方を託してくれたからだ。


 でも、それからの私は、何度も姉の能力を頼った。

 大抵は、結構くだらないことだ。


「お姉ちゃん! 今度のテストやばい! 勉強教えて、ていうか時間足らないから後で戻して!」

「こらこら、だから日頃からちゃんと勉強しなさいって言ってるじゃない。いっそのこと、一か月くらい戻して授業受けなおして見る?」

「きゃああ! さすがにそれはきついからやめて!」


 まあ、実のところ時間を戻す裁量は姉任せだから大それたことなんてできるわけもなかったんだけど。

 一度、姉の能力をあてにして試験直前まで勉強せずに遊びほうけてたら一週間くらい一気に戻されてその間のゲームデータを全部なかったことにされたし。あの時は珍しく、本当に超能力者の恐ろしさを実感した。


 でも、お姉ちゃんは結構融通が利くところもあった。

 なんだかんだで、私を可愛がってくれた。


「そろそろ延長料金始まっちゃうね……ねえ、もう一回、90分くらい戻してもらっていい? どうしても今いいところだからさ」

「もう一回ってことは、何度もやってるのよね? もしかして、今日一日で全巻読み切るつもりなの?」

「えへへ、だって面白いんだもんこれ」

「まあ、史上稀にみる傑作マンガであることは否定しないわ。特に最終巻での主人公が亀を使ってやった奇策が……」

「うわー! ネタバレやめて! ていうかなんでタイムリープで読んでる私より先に読み終わってるの!?」


 マンガ喫茶では姉を連れ込んで一回分の料金で何時間分もマンガを読みふけったりとか、カラオケで何時間分も歌ったりとか、バッティングセンターで全速度制覇とか、そんなくだらないことに姉はよく付き合ってくれた……ていうか、傍から見たら姉とデートしているようにしか見えなかったかもしれない。

 うわ、よく考えたら私重度のシスコンに思われてたかも……ていうか、悠来に浮いた話がなかったのってもしかして私のせいか? まあ、シスコン自体は否定しないけど悠来が迷惑してたなら困る。


 ちなみに、いつしか私は姉の能力を『タイムリープ』と呼ぶようになっていた。いつかのアニメだか小説だかで知った呼び方だったけど、本質的には間違っていなかったと思う。


 だけど、今にして思えば本当にすごい……能力を使いながら、ちゃんと制御して使いこなしながら、それを『日常』にして、普通の姉として私に接していた悠来は本当にすごいと思う。それに姉は、そんな能力を持ちながら、学校でも浮かずに、どこかの研究機関や能力の悪用を企む人間にも狙われずにそれを隠し通していたというのだから、特別というか並外れた部分があったのだと思う。本人が過去に飛ぶだけの『タイムリープ』に比べて、どれだけ狙われやすい能力だったかと思うと特にそう思う。


 当時、私は姉をすごいと思っていた。でも、まだ子供だった私はそのすごさを理解しきれていなかった。

 だから、一度だけだけど……姉の気持ちも考えずに、大喧嘩してしまったことがあった。『けんか』というより、幼稚な私が一方的に喚き散らしただけだったけど……


「本当は私なんか産まれない方がよかったでしょ!」


 ……あれは、高校入りたてだったかな。

 確か、三者面談とか進路希望とか授業参観とか、親の参加するイベントのプリントを私が隠してて、それを姉が見つけた時だったか。まあ、悠来も同じ学校で一学年違うだけだったし、よくよく考えたらそういうイベントの時期くらいすぐわかるし、そもそも前の年には自分も同じようなプリントもらってるはずだから隠してても意味なんてなかったんだけど。


 姉は、プリントを見つけると優しく私に言った。

 『うちにはお母さんはいないけど、お父さんはいるでしょ? 仕事で忙しいかもしれないけど、一応そういう連絡はしなきゃだめだよ』って……悠来は、私がお母さんがいなくて、たぶんお父さんも参加できないことを気にして隠してると思ったんだと思う。でも、本当のことを言うと……もしかしたら、連絡したらお父さんが来てくれるかもしれないことが怖かった。正直言うと、仕事ばかりで全然家に帰らないお父さんのことを、私はちょっと不信に思ってた。包み隠さず言ってしまえば、怖かったのだ。


 特別な姉と、比べられるかもしれないことが怖かった。


 姉の悠来のことは自慢だったし、尊敬していたし、憧れていた。

 だけど、心のどこかにコンプレックスがあったんだと思う。悠来自身は私を大事にしてくれていると、身をもって知っていたし、学校の人たちだって悠来の特別さはそれなりに理解していた、見せつけられていた部分はあったから妹の私が平凡でも同じことができないということで私を無能だと言う人はいなかった。私だって、姉に及ばないながらも優しい姉を悲しませないように(タイムリープを借りて勉強時間を伸ばしたりもしたけど)それなりの成績は出していた。

 でも、普段近くにいない父が成績表だけで私たちを見比べたら……馬鹿な話ではあるけど、『怒られるかもしれない』と思った。本当に、どうしようもない話ではあるけど、父にとって私達姉妹は母の忘れ形見であって、その才能は遺産だ。それを、姉と同じことができるはずの遺伝子を持つ私が平凡であることを、才能を無下にしたと責められるかもしれないと思ったのだ。


 そして、私のその感情は説明の言葉を練るうちに、いつしか目の前の姉へと向けられていた。

 自分の持ってない才能や能力を持っている姉を見て、母の姿を重ねて、勝手に結論付けてしまった。


「私がお母さんを殺したんじゃない! お姉ちゃんなら、お母さんを生き返らせることもできるでしょ! なら、そうすればいいじゃない!」


 私を産むために、母は死んだ。

 既に、全てを持ってる悠来が産まれているのに、さらに私を産むために力尽きた。

 なら、悠来のタイムリープを使えば……出産に立ち会った医師にでも頼んで、過去に戻ってもらえば、私を見捨てて母を生き残らせることができる。そうすれば、姉は母親代わりなどせずにたった一人の娘として、両親の愛を受けて生きられたはずなのだ。あるいはもしかしたら、タイムリープはそのための能力なのかもしれないと……人生を、自分の生まれる直前からやり直させるためのものかもしれないと、そう思い至ってしまった。


 そして、私は家を飛び出した。

 着の身着のまま、携帯も持たずに、行く当てもなく逃げ出した。


 そして、公園の遊具の中で夜風をしのぎながら……勝手に震えた。


 一時の感情に任せて逃げ出してしまった。姉に、ひどいことを言ってしまった。

 もし、姉が……悠来が本当に過去を変えたら、今の自分が消えてしまう。今まで悠来と過ごした人生が、なかったことになってしまう。そう思うと、どうしても怖かった。


 しかし……深夜遅くになったころ……



「未久! こんなところにいた! 心配させないで!」



 悠来は、私を見つけて抱きしめて……泣いた。

 今までずっと私を探して、いつも落ち着いてる姉が取り乱して……私を心配してくれていた。


「こんな夜遅くに女の子が一人で……不審者とかに襲われたらどうするの。携帯も置いて行ったままだし、友達の家を探してもいないし、全然見つからないし……もし、未久に何かあったらって思ったら、もうおかしくなりそうで……」


「ど……どうして、悪いのは私なのに……」


 私の目からも、不思議と涙が溢れていた。

 悠来は、私と全く同じ顔で、涙に頬を濡らしながら謝るように言った。



「違うの……悪いのは、私なの……お母さんが死んじゃったのは、私のせいなの……」



 私は初めて聞く話だったけど、悠来と私は、どちらが先に生まれるかわからない位置に収まっていたらしい。でも、私たちが産まれたあの時……いきんだ母の胎内で、悠来が私を押しのけて先に外に出ようとしたらしい。そして、そのせいで押しのけられた私の態勢が変わって、首にへその緒が巻き付いて自然な出産が難しくなった。もちろん、まだ産まれてすらいない段階だし、悪意も罪もあるはずはない。

 しかし、悠来はそれをずっと気に病んでいた。


「私が悪いから……お母さんの代わりもしなきゃって、未久を守らなきゃって、ずっと思ってて……でも、言えなくて……」


 この日、私は初めて姉の……悠来の涙を見た。

 私は、ようやく思い出した。私たちが双子で、母親がいない寂しさも、お互いを支えにしてたのも、きっと同じだったってことを。


 私は、悠来の手をとった。


「ごめんなさい……ねえ、今度はちゃんとするから、家を出る前に戻してくれる?」


 でも、悠来は首を横に振って、泣きながらだけど笑って見せた。


「だーめ……私、やっと謝れたんだから、今ここで、仲直りしよ?」


 私はこのとき……悠来が、本当にすごい人だと思った。




 それから、私達は高校生活を楽しんだ。

 私も、姉にべったりしていたばかりじゃなくてちゃんと同級生の友達もたくさん作ったし、時々しか会えないお父さんともそこそこの関係は築いていたし、タイムリープに頼らなくてもいいように日々の勉強もきちっとした。でも、やっぱり姉に教えてもらうことも多かった。それはそれで、大事なスキンシップだったからだ。


 姉は高校三年生にもなると、かなりの難関大学を目指して受験勉強を始めていた。

 あの特別な姉が、それでも努力を怠らず日々勉強に打ち込む姿は目を見張るものだった。特に、そのモチベーションの高さは怖いくらいだった。


 そんな姉に、大学の志望理由を聞くと……


「私ね、この『タイムリープ』のことについて、詳しく研究したいと思ってるの。いつか、自分も過去に行けるようにして……未久と、一緒の時間を生きたいの」


 悠来の目指しているのは、国内でも珍しいSFチックな超常現象を科学的に本格的に解明するための研究所がある大学だった。

 私が悠来と一緒に過ごした時間に対して、悠来が私と一緒に過ごせた時間はリープした分だけ少ない。

 私はあまり気にしたことがなかったけど、もしかしたら悠来はタイムリープによって『なかったこと』になった時間に交わした会話や経験によって微妙な食い違いを感じたりしていたのかもしれない。私は、いつも姉がどんな気持ちで私に付き合ってくれていたのか、初めて真剣に考えた気がした。


 そして……


「悠来おねえちゃん! 合格おめでとう!」

「え、試験終わった直後なんだけど……まさか、それを伝えるために飛んできたの!?」


 悠来は、見事大学受験に合格した。

 受験が終わってから結果が出るまでヤキモキしていた姉を見てハラハラしていた私は、合格を確認するや否や過去にタイムリープさせてもらって試験直後の悠来に報告。それからは、他のヤキモキしている受験生を差し置いて一緒に春休みを楽しんだりした。


 そして、私は高校三年生になり、自分でも思い切った決断をした。


「私、お姉ちゃんと一緒の大学に入る。だから勉強教えて」


 うん、シスコンと言われてもかまわない。

 私は、憧れた姉の背中を追うことに決めたのだ。凡人の私が特別な姉が必死に努力して入った大学に入るのは楽じゃないことはわかっている。でも、だからこそ意味があると思った。


 それからの一年……私にとっては、確実に一年より長かった。

 何せ、勉強時間を増やすためにタイムリープを使いまくったからだ。もちろん、模試や試験での問題を知ってからのカンニングなんてしていない(ストレスでしたくなったことはあったけど、それを言い出すと姉は気分転換のためにタイムリープをするように勧めてくれた)。

 他の受験生には悪いと思うけど、ズルだとしても、ちゃんと身につく努力はしている。浪人の前借だと思えばいい。その分、色恋沙汰とかする間もなかったし、うっかり勉強スケジュール表を見られた友達からは『これ間違ってない? そうじゃなきゃ、時間を巻き戻す砂時計でもないと説明つかないんだけど』と心配されたくらいだ。ある意味間違ってはいないし。


 そして……合格発表の日。


「もし落ちててもタイムリープしないもし落ちててもタイムリープしない……」

「そんな後ろ向きな覚悟ばっかり固めてないで番号探すから目を開けてってば……あ、未久! あったよ、ほらあそこ! 一緒に確認して!」

「え、ホント!? や、やった! 受かった!」


 私は、人生で初めて姉に追いついた気がした。

 そして……『あの瞬間』が訪れた。


「じゃあ帰ろっか、お姉ちゃん。電車の方が早いし、駅行こう?」

「え、駅? うーん……駅は混んでるし、他にも受験生がいっぱいいるだろうから、少し歩きましょ。ほら、そういえば近くに有名なラーメン屋さんあるしね、安心したらお腹空いちゃったし」

「へへ、お姉ちゃんの食いしん坊」

「もー」


 悠来の希望で、私達は大学近くのラーメン屋まで大通り沿いを歩いて行くことにした。

 私は大学に合格した喜びのテンションでハイになってて、ずっと悠来に話しかけていた。


「それでさ、先生からはこの一年での点の伸びがすごいって、さすがお姉ちゃんの妹だって、すごい褒められたんだよ!」

「そうね、本当によく頑張ってたからね。本当に……もうすぐ、一緒の大学に入れるって思ったら、嬉しくて嬉しくて……」

「ちょ、何泣いてるのお姉ちゃん。恥ずかしいよ……」

「ごめんね、ごめんね。でも、ずっと夢見てたから……」

「もう、いくら何でも大げさだよー。そうだ、せっかくだから今度一緒に旅行でも……」



「未久、危ない!!」



 突然のことだった。

 何が起こったかわからないまま、私は悠来に突き飛ばされた。

 そして、その直後に轟音と衝撃が全身を襲って……


「え……あ……悠来! しっかりして、どうしてこんな!!」


 目の前に広がっていたのは、信じられない光景だった。

 先ほどまで私のいた所に引かれた焼け付いたタイヤ跡、散乱するガラスの破片とねじ曲がったガードレール、電柱にぶつかってエアバックを膨らませながら変形している自動車と……そのすぐそばで、血を流して倒れている悠来。


 未久はすぐさま駆け寄って、悠来の手を握って呼びかけた。


「私を庇ったの!? どうして、私がケガしても、お姉ちゃんが無事ならタイムリープで……今すぐ私をさっきの時間に送って! 事故なんて起こさせないから!」


 しかし、悠来は手を握り返しながら、弱った笑みを見せるだけだった。

 口から血筋を流しながら、悠来は安心したように言う。


「ご、ごふっ……ごめんなさいね、もう、そんな力ないみたい。でもよかった……けがは、ない?」

「私は大丈夫だから! 今すぐ救急車を呼ぶから!」

「はは……こうなる気は、してたのよね。たぶん、私は……ここまでよ」

「何言ってるの!? どうして、どうして私を庇ったの! お姉ちゃんが、お姉ちゃんさえ無事なら私は……」


 手から、体温が失われていく。

 悠来の顔から、血の気が失われていく。

 感じる……その命が、消えていくのを。


「あなたが危ないと思ったら……自然とね……未久が、死ぬところなんて、もう、見たくなかったから……」

「どういうこと!? お姉ちゃん!!」

「ふふ……おねえ、ちゃん……ね……ずっと、未久に感謝してたの……恩返しできて、よかった」


 何故か、悠来は楽し気に微笑みながら、未久の目を見た。

 そして、最後の息を絞り出すようにして……微かな声で、言った。



「おねえちゃん……ようやく……未久……まもれたよ……」



 それが、姉の悠来の最後の言葉だった。







 それから、その事故は大学受験の合格発表日の悲劇として新聞やニュースに小さく出たけど、世間にとっては些細な出来事だった。

 事故の原因は車の整備不良、死者は悠来一名で、運転手もケガはしたものの命に別状はなかった。


 でも……私は、悠来の最後の笑顔を忘れられなかった。

 間違ってる……私より先に、特別な悠来が死ぬなんて間違ってる。あのとき、私が浮かれてないで車に気付いて避けていれば、悠来が死ぬことはなかった。悠来さえ無事なら、たとえ私が死んでいようと誰かに……例えば事故を起こした運転手にでも過去に遡ってもらって事故を未然に防ぐことができたはずなんだ。


 もし、私にも悠来と同じタイムリープができたなら……


「明石未久です……姉の悠来の目標と同じ研究をしたいと思っています」


 私は、悠来と同じ大学に入って同じことを学んだ。

 記憶や時間の原理を中心に、とにかくタイムリープに関係しそうなことを片っ端から学んだ。私は実体験としてタイムリープを知っている。それが可能であることを確信しているし、私の求めるタイムリープに関して『正しい』世界観、宇宙観を選んで理解した。


 しかし、もはや姉の歳を越し、脳内情報の電子化に関わる研究所に配属された私は行き詰った。

 というより、現代科学の限界を感じ取ったと言った方が正しいのだろう。人間の記憶を過去に送る……それは当然ながら、途方もないを通り越して夢物語だった。




 私は26歳という二十代後半でくくられる年頃となっていた。

 しかし、研究に熱中し色恋沙汰などありはしなかったため、気付けば同級生の多くが伴侶を持ったり苗字が変わったりしていた。何年かぶりに参加した同窓会では、友人たちの変わりように驚かされるばかりだった。


 そんな中……


「まだ……あの研究を、続けているんですか?」


 高校の時の同級生の一人……悠来とも顔見知りで、『タイムリープ』のことを知る人物と再会した。

 苗字は変わっていたけど、面影はちゃんとあって、私はすぐに名前を呼ぶことができた。


「ひさしぶり、七海さん。直接会うのは悠来の葬式以来?」


「そうですね……私も長いこと、仕事で海外にいたりして同窓会とか来れませんでしたから」


「そう……ところでさっきの質問の答えだけど、まだ続けているわ。行き詰っているけれどね」


 外では、大きな声で『タイムリープの研究』などとは言わない。研究所でも、私の研究はさすがに現実離れ(というより、現代離れ)過ぎて表向きには記憶データの外部保存、入力だとかの別の名目で進めている。悠来の能力については、結局公になることはなかった。実証するにも本人がもういないし、そもそも能力を知る数少ない人間は悠来が『絶対に他言しないだろう』と認めた者ばかりだ。実際、最後まで悠来が実験動物にされなかったのはその見立てが正しかったからだろう。


 しかし、だからといってその誰もが私の研究を応援してくれているわけではなかった……というより、知人たちは私の行動に否定的だった。かなり強く反対されたこともあるし、それで反発して私から交流を絶ってしまった人もいる。最初は悠来がいない方がいいということかと憤慨したものだったけど、ある程度落ち着いてからは私が人生を棒に振ることを心配してくれているとわかった。


 そして、目の前の七海は悠来の知人の中でそれをズバリと言う方だった。


「諦めてもいいと思います。『姉』というのは、妹に幸せに生きてもらえればそれだけで結構幸せですから……あの日は、あなたとお姉さんのどちらかが死ぬ運命だったんですよ、きっと。繰り返したとして、その結果が変わらないかもしれない……そう考えたら、お姉さんの行動にも納得できませんか?」


「なんかあるわよね、SFのタイムマシンとかで……『歴史の修正力』とかってやつ? 私、そういうの感じた事ないけど?」


「もしかしたら、お姉さんはそういうのを把握してたかもしれませんよ? ほら、テストの答えがわかってから戻ってテストを受けなおすとかは禁止だったんでしょ? もしかしたら、テストをまたいでしまうと結果が固定されていたとか……」


「こじつけみたいな感じがするけど、確かに私より悠来の方がそこら辺は理解してたかもね……能力使うときの感覚とか、どこかにメモしてくれてたらよかったのに……」


「……未久さん、お姉さんのこと『悠来』って呼ぶようになったんですね。昔はだいたい『お姉ちゃん』だったのに」


「まあ、いつの間にか歳も越しちゃったし……いつか、年下に戻った時のためにとっておきたいかなって……」


「全然諦めてないんですね……まあ、妹にそこまで想ってもらえると姉冥利に尽きるとは思いますが」


「ていうか七海、妹とかいたっけ? 一人っ子じゃなかった?」


「えーと……禁則事項です」


「未来人か」




 この日の会話が、それほど実りのある物だったとは言えない。

 私にアイデアが浮かんだわけでもないし、突破口となる情報を得たわけでもなかった。


 でも、時期的に考えてこれが何かのきっかけになっている気はする。


 この少しあと、私のところに妙な郵便が来て……用心深く開けてみると、中には悠来の筆跡で書かれたいくつもの古びたノートが入っていた。

 それが、何者によって送られてきたのかはわからない。送り主の名前も住所もでたらめだった。


 ただ、その内容は……目を見張るものだった。


「これ……タイムリープに必要な理論? まさか、悠来が生きてる間に……ここまで、完成させていたっていうの?」


 そこにあったのは、私が今研究している段階とは全く別次元の情報の塊だった。それは、記憶の電子化などという段階を踏まずに、外付けのデバイスを介さずに、脳だけで直接行う能力の運用法。そこに書かれた自身の脳をハッキングするためのコードはもはや魔術的な呪文の方が近いと思えるものだった。


「まさか、悠来は自分の能力を使うときの感覚を、ここまで明文化したっていうの……」


 全く今までに蓄えた知識と異なる世界観の詰め込まれた文字列なのに、不思議と感覚的に理解できた。まるで、本能的に知っていた何かと目の前の知識が呼応して結びついた……思い出したような感覚だった。


 呪文(コード)は、暗号のような部分もあったが、もうほぼ完成していると言えた。

 しかし、このままでは使えない……内容を完全に記憶してその理論体系を鮮明に刻み込み、常識外の現象をイメージから現実世界へ引きずり出し、反映させる回路を脳内に作らなければならない。


「でも……私は、何度も何度もタイムリープを体験してる。その経験を、あの感覚を活かせば……この、『完全なタイムリープ』を実現させることができるかもしれない」


 私は、呪文の理論を理解するために寝食を忘れて解読と研究に熱中した。悠来の残したものを最大限に活用しようと躍起になった。


 そして……




 私は、母が私達を産んだ歳……29歳にして不治の病を患っていた。


「あと……もう少しなのに……」


 数年前なら、治療が間に合ったかもしれない。

 研究に没頭するうち、気付かないうちに末期まで進行していた病が研究を進める体力すら奪い、時間ももう残り少ない……でもどうやら、完全なタイムリープには辿り着けないと悟った。

 この呪文は、これ自体では未完成なのだ。悠来も、自分自身の能力を完全に使えたわけではない以上、当然といえば当然だった。私が穴を埋めるにしても、タイムリープを幾度となく繰り返したあの時期から時間が経ちすぎている。この呪文は、理論だけで制御出来るものではない。


 このままでは、誰かに研究を託すしかなくなる……だが、その人物がタイムリープを理解しきれるとは思えないし、できたとして悠来を救ってくれるとは思えない。

 現段階でも他人を送ることはできるかもしれないが、誰か他の人物が別の人を送って悠来を救っても、このノートは過去に持っていけないし手に入らなくなるから研究の苦労を無にして他人を助けるということになり、しかも送られた方は何年も人生をやり直すことになる。仮に自身の手で救ってくれたとして、タイムリープを悪用しないとも限らないし、悠来がモルモットとなる危険もある。


 現段階の呪文をタイムリープを知る姉の知人に託すことも考えてはみたが、これは危険すぎる。タイムリープの研究に反対する七海達はそのままノートを封印し、悠来を助けないかもしれない。


 こうなったら、この不完全な呪文を私自身が使うしかない。タイムリープを何度も経験した私の中に、まだその残滓が残っていると信じて、使用の瞬間にそれを思い出せると信じて。


 この呪文とそれを実行する回路はほとんど完成している。

 でも、おそらく一番重要な、目的地の時間指定の誤差修正が完全には働かない。いつの時間に飛ぶか……そもそも、自分が生きている時間に飛べるかわからない。下手をすれば、親の精子や卵子、あるいは前世という可能性も冗談抜きで存在する。


 もしかしたら、浮遊霊のように精神だけでさまよい続ける場合もあるかもしれない。


 だとしても……


「私は……悠来を助けたい」


 私は、約十年ぶりのタイムリープを、今度は自分自身の手で実行した。










 ゴウゴウと音がする。

 赤い光が満ちている。これは、目を閉じて光を見ている?

 すごく狭い、なんだか苦しい。

 私はどうなった、私は誰だ、私は今何歳だ?

 あっちに光が見える。とにかく、光の射す方へ行かなくては。現状を確認しなくては、どうにもならない。


 どうしてこうも動きにくい?

 まるで、ろくに動かしたことがない筋肉を動かしているかのような……ああ、押し出される。

 すごく狭い穴を何とか抜けて、光の方へ……



「で、出てきました! 無事、頭の方から出てきています!」

「もう一人が出てこない、エコーで様子をそっちに出せ……大変だ、もう一人の首にへその緒が絡んだ! このままだと危険だ!」



 ……え?

 まさか、私……遡れる限り、一番最初の記憶に戻った?

 つまりここは……私の、生まれた瞬間?







 私は、『明石(あかし)未久(みく)』……そう、『未久』の方だ。私が先に生まれても、どういうわけか私がこちらの名前になった。妹の名前は『悠来』で、丁度姉妹が逆転してしまったことになる。


「おねえちゃん……こわいゆめみた……」

「……だいじょうぶ、ゆきにはおねえちゃんがついてるから……」



 そう……『逆転』だ。

 妹となった悠来は、帝王切開で取り出され、母は前と同じように死んだ。そして、後から生まれた悠来は前のような特別さを示すことはなく、今度は私が母親代わりとなり、悠来の面倒を見ている。


 もしかしたら、私は間違って悠来の身体に入ってしまったのかと思ったけど、そういうわけではないらしい。何故なら、幼い悠来のクセや仕草には私より姉に近いものがよく見られるからだ。他人から見てそっくりな双子でも、本人からすれば意外によくわかるものだ。


 しかし、そうなるとやはりこれは私がタイムリープしたことで、先に産まれることになり、そこから歴史が分岐したと考えるべきだろうか?

 七海と話した『歴史の修正力』とでもいうべきものがあり、先に産まれて『姉』となった方が妹の面倒を見る内に才能を開花させ特別となり、『妹』はへその緒を首に絡ませ帝王切開で母を亡くす要因の一つとなって姉に甘える凡人になると……いや、待った方がいい。いつも私が憧れて甘えていた悠来を甘えさせられるというのはかなり嬉しい気もするけど、いったん落ち着こう。


 私は、一度29歳まで成長して、その結果得た経験や知識を持っている。だからこそ、姉として普通の姉以上に大人びた態度が取れて家事も出来て勉強だって幼稚園や小学校程度ちょちょいのちょいだ。試しにこの前高校生向けの学習本を読んでみたら普通に理解できた。この程度、出来て当然だろう。

 そして、妹の方はそもそも二人の子供がお腹の中でもみ合った時点でへその緒が絡むのはしょうがないし、そもそももみ合いのようになったのは状況がわからず変に知性を得た胎児の私が焦って光を求めたからだ。悠来に罪はない。

 そして、私がここまでの知識や経験を持っていたら妹が自力で無理に急成長するより私に甘えて頼る生き方を始めるのは当然ではないか?


 うーん……これは、私達の遺伝子に必要に応じて天才化する進化の可能性が隠されていたとするべきか、あるいは私がタイムリープしてきたことで何かを変えてしまったと見るべきか……とりあえず、悠来のためにご飯つくらなきゃ。



「悠来、いい? 車には気をつけなきゃだめだよ? 横断歩道を渡るときには、しっかり手を挙げるんだよ?」

「もう、わかってるよそんなこと! みんなも一緒だし大丈夫だよ!」

「そういう油断が危ないの! 大きい車からは悠来みたいなちっちゃい小学生なんてぜんぜん見えないんだから!」

「おねえちゃんだって背の高さ一緒じゃん……」



 本来自分の姉だった存在……私の母親代わりだった悠来の親代わりというのは変な気分だけど、そこそこ上手くやれていると思う。憧れの姉と同等かはわからないけど、悠来はいい子に育ってきている。私は結局、子供を持つことはなかったけど母親になったらこんな感じなのかなって……私の中の母親のイメージがほとんど姉そのものだから、正しいかどうかはわからないけど。


 ……いや、ずっとこのままじゃいけない。

 悠来は私を助けてくれた。そして今、私は悠来の代役をしているようなものだ。本当は天才としての、特別な人間としての人生を歩むべき権利を持つのは悠来の方のはずなんだ。

 いつか、全てを話さなければいけない。そして、悠来が望んだなら……この人生を、返してあげなきゃいけない。そのために私は、準備を進めておかないといけない……この子が、タイムリープできるようにしておかないといけない。


 私が最後に完成間近まで理解した呪文(コード)を使って自分が過去に戻ろうとすると、いつの時間に戻るかわからない。それは、目的地に辿り着く前に運転中の車から運転手が途中で飛び降りてはいけないように、あるいはロケットの軌道の誤差修正を途中で中断すると着地地点がずれてしまうように、私自身の移動は正確さが保証できない。でも……私自身が最後まで誤差の修正を続ければ、他人のタイムリープだけはなんとかなるはずだ。


 でも、今のままじゃやっぱり安全性を保証しきれない。

 あれから、私の主観では何年も経っていて記憶した呪文(コード)も完全ではないかもしれない。もう一度……理論を組み直さなきゃいけない。今度は、他人を確実に安全に過去に飛ばせるように徹底しないといけない。

 記憶が少しでもちゃんと残っているうちに、何かに書いて残しておかないと……でも、悪用されないように、ちゃんと隠しておかなきゃいけない。もちろん、悠来にも秘密だ。

 その時が来るまで……




 他人を確実にタイムリープさせられるようになったのは、私の中学一年生の終り頃だった。

 本当は完成自体は大分前だったんだけど、安全性を確認するための動物実験とかでかなり時間を使ってしまった。人体実験でもすれば簡単だったのかもしれないけど、それこそ悪用されたときが怖い。だから、飼育委員になって学校の家畜を実験台にしたりとかしてみたんだけど、時間が戻ってるのかがわかりにくいのなんのって……芸を仕込んだり餌の場所を覚えさせたりってこともいろいろやったけど、私自身がそれが『何度目』かわからないから、確証を得られるまでに異様に時間がかかってしまった。


 まあ、もちろん妹を人体実験の対象にするのは問題外なので踏ん切りがつかなかったんだけど……私達の祖父が、実験台になってくれたらしい……『らしい』というのは、最後に息を引き取る直前、祖父が私と二人きりになって教えてくれた。おかげで、最後に言い損ねかけたことをちゃんと言うことができたと……『ありがとう』と、言ってくれた。私は、祖父の死の間際から一時間前に送ったそうだ。死にかけの身内を人体実験に使ったとは思いたくないけど、祖父は感謝してくれていたし時間もピッタリだったそうなので思いやりによって提案し、同意によって成立したものだと思いたい。それに、やっぱり純粋に身内は信じたい。


 でも、やっぱり出来るようになったからって話すのは勇気がいるな……とりあえず、覚悟を決めてタイムリープの能力だけは教えてみようかな。今の悠来は、いきなり本当は自分の方が姉だなんていわれても困惑するだろうし……いつか、人生をやり直したくなった時、私なんかが姉の役割を演じていることに嫌気がさしたようなら、ちゃんとそれに向き合おう。


 でも今は、もう少しだけ……『お姉ちゃん』のままで、いさせてくれると嬉しいな。




 結局、私がタイムリープのこと(さすがに自分で能力名を決めているとか恥ずかしかったので『超能力』って言っておいたけど、いつの間にかまたタイムリープって呼ばれてた……やっぱり、血は争えないらしい)を教えたのは、その決心がついたのは妹の中学の入学式の日だった。

 というか、実演しようとしてみたらもう体験済みだった。

 いやいや危ない……有無を言わさず不意打ちで飛ばしたら無限ループになりかねないんだな。私にはそれが何度目かわからないし。これからはちゃんと、妹の意思確認を大切にしよう。


 でも、やっぱりこれは元々悠来のものだし……私は、悠来がこの能力をあんまり悪いことには使わないって知ってるし、信じてるから。できるだけ自由に使わせてあげよう。それに……タイムリープ目的でも、またこうして悠来と一緒に過ごせるのは、やっぱり嬉しかった。

 あと、悠来が私に依存してだらけたりするといけなかったし、いつか人生を返すことになったら悠来に残るのは学歴とかお金じゃなくて知識や経験だけなので、そこら辺の教育はきちっとするつもりだ。


 それに……ゲームデータを消されたお返しは、いつかしてやりたいと思ってたしね。




 悠来も高校生になって、少ししたある日……私は妹を怒らせてしまった。

 妹が、三者面談のプリントを隠していたのを見つけてしまった……いや、見つけたこと自体は間違ってなかったけど、その時の言い方が悪かった。


 正直言って……いつの間にか、私は初心を忘れてしまっていたように思う。

 保護者面し過ぎたんだと思う……悠来にとって、私という存在がどういうものかを、私が完璧に母親の代わりを務められていると、思いあがってしまったのだと思う。


「うちにはお母さんはいないけど、お父さんはいるでしょ? 仕事で忙しいかもしれないけど、一応そういう連絡はしなきゃだめだよ」


 私には、父がきちんと悠来と向き合ってくれるという自信があった。

 しっかりと、大人の知識を持った私がその反則のせいで悠来を孤立させないように、父にもしっかりと電話やメールで連絡を取って、いかに私が妹を大事に思っているか、妹が努力していて、私のようなずるをしていなくてもちゃんとした努力をして人並み以上の成績を出せているか、どれだけちゃんといい子に育っているか、常日頃から報告していた(父には『未久のシスコンの方が心配だ』と笑われるほどだ)。

 これは、私が妹の時に父との関係に気まずいものを感じていた記憶から、その思いを悠来にはさせないようにと配慮していたんだけれど……いつの間にか、それは誇張や布石ではなく、本当の親のような気持になってしまったのだと思う。


 だけど……『お母さんはいない』と改めて口にして、自分がその代わりを完璧に務めて寂しい思いなんてさせていないと錯覚して、悠来を傷つけてしまった。

 悠来の怒りは別のところにもあったかもしれないけど、私の中ではどこか油断していた所があって……『本当は私なんか産まれない方がよかったでしょ!』と、そう言われた時に、一時呆然としてしまった。あの時、私がタイムリープしなければ……あの時、まだ胎内にいた未久を押しのけていなければ、母は死なず、悠来は本当の母と暮らしていたかもしれない。あの子は……母親の顔を直接見たことすらないのだ。

 私は、微かに記憶にとどまっている私を産んだ直後の光景を思い出して……その時の医師たちの会話を思い出して、私が母を殺してしまったことに思い至って、しばらく動けなかった。


 そして、気が付いたら悠来は外に飛び出していた。



 私は、必死になって悠来を探した。

 走りながら、心当たりを探しながら、頭にはあの合格発表の日が……あの事故の日が、フラッシュバックしていた。


 もし、冷静さを失って走っていた悠来がまた車に轢かれてしまったら……また、死んだ悠来の姿を見ることになってしまったらと思うと、胸が張り裂けそうだった。タイムリープでなかったことに出来るかもしれないと言っても、もう一度あんな思いをするなんて、耐えられない。


 私は深夜遅くまで悠来を探した末……その姿を、暗い道路の脇にあるバス停のベンチで見つけて、思わず泣きじゃくりながらその身体を抱きしめていた。


「悠来! こんなところにいた! 心配させないで!」


 そこに確かにある体温が、あの時と違ってちゃんと生きていることを教えてくれる。


「こんな夜遅くにこんな暗いところで……車にぶつかったらどうするの。携帯も置いて行ったままだし、友達の家を探してもいないし、全然見つからないし……もし、悠来に何かあったらって思ったら、もうおかしくなりそうで……」


「ど……どうして、悪いのは私なのに……」


 悠来は悪くない……悪いのは、全部私の方だ。

 それを知って罵られようと、嫌われようと……人生をやり直したいと言われても構わない。私より前に悠来を送って、押しのけられて、私が産まれなくなっても構わない。

 泣きながら、全部をちゃんと伝えることなんてできはしないけど……私が悪いことだけは、ちゃんと伝えたい。


「違うの……悪いのは、私なの……お母さんが死んじゃったのは、私のせいなの……」




 あれから、私は時折悪夢を見るようになった。

 悠来が、私の目の前で自動車に轢かれて死んでしまう夢だ。しかもその時、私の周りには誰もいなくて、誰も過去に送れなくて……悠来の死を、なかったことに出来ない。


 私はただ一人絶望の中、悠来の手を握ってその消えていく命を感じ続ける……そんな悪夢だ。


 不安がよぎった。

 いつかの『歴史の修正力』という言葉……母が死んだのは、それに類するものではないのか?

 祖父は老衰だった。それは、人間の絶対的な寿命だ……だけど、タイムリープしても、全く同じ時間に死んだのだとしたら、それは医学とか遺伝子とか以前に、そういった死の運命があったからではないのか?


 だとすればあと数年で、悠来が死んでしまうかもしれない。

 それから他人をタイムリープさせたところで、また交通事故で悠来が死んでしまう運命が決定していて、最終的にそれが『史実』として、私の記憶として定着してしまったら……それを認識してしまったときには、私がタイムリープで悠来を救うことができないと歴史が運命を確定させ、諦めてしまったことになるのではないか?


 だとすれば……あと数年のうちに、どうにかしなければいけない。

 悠来とは、少しだけ距離を置いて悠来自身の周りとのコミュニケーションを妨げないようにした。私も、親しい友達を何人か作ろうと思った。いざという時、タイムリープを頼めるような……運命などというものがあったとしても、それを覆して悠来を救ってくれるかもしれない可能性を残すために。




 私が『野分(のわき)鏡花(きょうか)』と知り合ったのは、高校二年の時だった。


 別のクラスで今まで関わりのなかった同学年の女子生徒……そして、初めて私から明かしていないのに『タイムリープ』を看破した恐るべき人間であり、何より常軌を逸した『変人』だった。


 最初に声をかけられたときのことは、忘れようがない。


「『明石未久』……もしかしてだけど、あんた未来人かい? ああ、別に違うなら笑い飛ばしてもらって構わない。こんなの、頭のおかしな女の戯言さね。でも、もし笑い飛ばせないなら……この後一緒に屋上で弁当食べながら、SF談義でもしようじゃないか」


 はっきり言って、主観46年の中で一番驚いた瞬間だった。

 というか、タイムリープのことは妹に話していたからそこから情報が洩れることが万が一にもありえないとは言えないと思っていたけど、妹にも話していない私自身のタイムリープ……『未来人』というワードを持ち出してくるとは思わなかった。


 半ば脅迫されたような気分で屋上に行くと、そこには文庫本を寝転がりながら逆さまにして読む鏡花がいた。

 ていうか、なんだあの《極度に動揺したときに読む本》ってタイトル……もしかして、中の文章だけ逆さまとか? どこで売ってんの?


「おやおや、思ったより早かったよ。じゃあ早速お弁当を食べながら雑談と行きたいところだけど……生憎、食いしん坊な後輩にお弁当を売ってしまって私今なんもないんさね。お金は払うから、購買でなんか買ってきてくれると嬉しいねえ。できるだけ早く」


 そして、いきなりパシられるとは思ってもみなかった。

 ちなみに、一応私は一度大学受験に合格した身であり高校ではトップクラスの成績を発揮(でも一番になるのは目立つので少し抑え目にした)していたのだけれども……容赦がないパシり扱いだった。

 もしかして、能力のことを隠す代わりにこれからこんな扱いを続けるつもりなのかと思いながら、購買まで戻って昼食を買って息を切らしてきた来た私に、鏡花は……


「なんだい、結局普通に買って来たんかね。ということは、タイムリープは自由に使えない……それか、自分に使うのは制限があるってところかもしれないねえ?」


 数秒かけて理解して、驚いた。

 彼女は、私を試していたのだ。私がタイムリープを自由に使いこなすなら、昼食を買って来るように言われるのをわかってて、先に買ってから屋上にくるはずだと……それが嫌なら、買いには行かないし、息も切らしていないはずだと、そう看破したのだ。

 しかも、それは妹から情報が伝わったわけではなく……他人にしか使えないというのを知らないということは、別ルートから私の能力に辿り着いたとしか思えない。


 私は慌てて彼女に問いただしたが、鏡花は平然と答えた。


「企業秘密に近いけど……『なっちゃん』って、ちょっと似た能力の持ち主が知り合いにいてねえ。その子が、『「隣の世界」と違う名前の生徒がクラスにいる』って言ってたのさ。だからもしかしたら、並行世界に干渉する系の能力か、この世界にしかいない転生者か、はたまた世界線分岐系の能力を持つ未来人かって思ってね……調べてみたら、最後のが一番それっぽかったからかまをかけてみたのさ。ちょっと観察したら、なんかお姉ちゃんのあんたのほうが、精神年齢が見た目と一致しないっぽかったからねえ」


 驚いた……他にも超能力らしきものを持っている人物がいるらしいってことにも驚いたけど、もっと驚いたのはそれを平然と理解して推測まで立てる彼女の非常識さだった。

 こんな、確かな証拠もなく当て推量で……しかも、ほぼ満点の答えを出すあたりが経験値のようなものを感じた。


「まあ、実を言うと気になったから調べてみただけで、別段利用しようとも脅そうとも思ってないんだけどね。強いて言うなら、それが他人に使えるタイプのものだったら貸してもらえるように恩を売っておきたいくらいなものさね。ま、こうして秘密を知られて黙っていられないっていうんなら、それはそれで好きにするといいさ。ただし、私が死んだらいざという時に貴重な協力者、理解者候補を失うばかりか、うちの妹やら後輩やら、いろいろ敵に回すことになるよ。逆にいろいろ話を聞かせてくれるっていうんなら……お礼に、愚痴でも聞こうじゃないか。時間旅行者ならではの悩みとか苦悩とか、そういうリアルなのを聞かせてくれたら嬉しいねえ」


 『妹』『後輩』『なっちゃん』……どうやら、彼女は私が自分の口を封じる危険まで考えて、保険までかけているらしかった。私としては、もしそういう『超能力者の世界』みたいなものがあったら、極力関わらない方針で行きたい……というか、悠来を助けるのに他の方面で問題に巻き込まれて手が回らないというのは嫌だったので、むしろ協力者というのはありがたかった。しかし何というか……彼女は、学校でも有名な『変人』だ。胡散臭すぎて、逆に胡散臭くない。なんかもう、食えない上に遊ばれているような感じがして、その老獪な感じがなんとも言えなかった。


 でも、実のところ彼女との出会いは私自身にとって大きなものとなった。

 なんだかんだ言って、大人の心に若い身体というのは周囲の環境的につらいものがあったのだ。学校の同級生なんてみんな子供っぽいし、教師だって精神年齢的には私より若いのに子ども扱いしてきたりするし、かといって天才児っぽく振る舞うと特別扱いしてくるし……正直言って、タイムリープしてから出会った人間の中で、鏡花のことは初めて『対等』かそれ以上の存在だと思うことができた。

 というか、彼女が実は半世紀くらい生きた魔女だと言われても信じる(一世紀以上だと言われると逆に疑うけど)。悠来や私とはまた違った種類の特別な人間だと思う。


 鏡花は私よりもずっと超常の世界に関しての考え方が柔軟であり、妙なコネクションもたくさんあった。私は、自分の能力がさすがに超常の世界でも貴重なものだというのはなんとなくわかっていたし、深く踏み入りすぎるのが危険だというのは(悠来の安全を確保するためにも)考え方として徹底していたので、それを察して彼女はタイムリープに関しての相談役のような立場に収まってくれた。


 ちなみに余談だけど、後に聞いた話だと私がタイムリープを悪用しているようなら能力の悪用を取り締まる機関に通報するつもりだったらしい……知らなくていいことだって言われたけど、『猟犬』とかって不穏な単語が聞こえて何故だかすごく怖かった。



 知り合ってから一週間くらいしたある日の下校中、鏡花は唐突に私に言った。


「そうだ、この前はありがとうねえ。おかげでかなり助かったよ、この街を救えたのは未久のおかげといっても過言ではないねえ」


 私には何のことだかわからなかったけど、話を聞くと私はこの一週間、何度か鏡花を過去に送ったらしい。なんだか緊急事態だったらしいけど、私には記憶がさっぱりないのでチンプンカンプンな顔をしていると……


「……? そうかい、そういえば何度かあったねえ。過去に人を飛ばして歴史が変わると、そこで過去に飛ぶ原因がなくなってタイムリープを行ったという事象自体が消える……なっちゃんの『添削』と似た現象だよ。でも、だったらおかしいねえ。だって、それってようは他人しか送れないタイムリープは『使ったことを絶対に憶えていない』って能力なわけだしね。だったら、その能力はどうやって自覚して、どうやってそれを使う時の感覚を持ってるんだろうねえ?」


 それは、私にも驚きの発想だった。

 確かにそうだ……この能力は、自分が使ったということは推測は出来ても、使い方を記憶することは出来ない。成功したら、その成功した記憶が消えてしまう。


 だとすれば……姉だったときの悠来は、一体どうやって自分能力を理解して、使いこなしていたんだろう?


 私は後日、長年封印していた呪文(コード)とその理論の覚え書きを開封し(ブリキ缶に入れて埋めてたから掘り出すのに苦労した)、野分鏡花に見せた。

 そして、私が妹だったとき……この能力の『オリジナル』だったときの悠来を詳しく説明し、相談してみた。


 すると……


「なら、簡単な話さね。『他人しか送れない能力』ってのが、嘘だったってだけの話さ。異能バトルで能力の説明を似て非なるものにするなんて定石だからねえ。身内にだって、間違ったことを教えることもあるさ」


 鏡花は、何でもないことのように言った……けど、私には驚天動地の出来事だった。


「何を驚いているんだい? 姉の言葉を無条件に信じすぎだよこのシスコンは。まあ、私がシスコンっていうといつも『おまえもな!』って突っ込みが入るんだけど、それは置いといて……疑問はわかるよ? タイムリープが自分に使えるなら、なんでそう言わなかったのか、事故の時もなんで使わなかったのか、なんでわざわざ能力を自分に使う研究をしてたのか……そんなの、少し考えればわかることさね。あんたの時のタイムリープと一緒だよ。自分で自分に使おうとすると、うまく制御ができなかったんだろう。だから、『できる』けど『使えない』能力だったってわけさね。そんなもの、あてにされても困るし自慢できるものでもない、だから言わなかったんだよ」


「で、でも……じゃあ、最初に能力を自覚したときって……」


「そりゃ、もちろん自分自身を過去に飛ばしたときさね。もしかしたら、それこそあんたの時と同じように、生まれた瞬間まで行き過ぎちまったのかもねえ。そうだとすれば、今のあんたと姉の時の悠来が同じくらい早熟だったっていうのも納得できる。そして、奇しくも姉に憧れて能力まで真似しちまったあんたは、その役に取って代わったってわけさね」


「で、でもそうだとしたら、私のことをどうして……未来がわかってたなら、あの時死んでたのは……」


「さっき聞いた話だと、お姉ちゃんの最後の言葉が、どうにも『一度』はあんたの死に様を見たことのあるようなふうじゃないか。だとすれば簡単だ、おそらく『前』の人生でお姉ちゃんはあんたを見殺しにしてるよ。まあ、見殺しって言い方は意地悪かね、あんたを庇って死んでないってだけさ……まあ、その時の仲がどれくらい良かったかは知らないけど、きっと後悔したんじゃないかねえ。そして、時が戻ればいいのにって強く『願って』、それが『叶った』……人生をやり直して、あんたを守り抜いて、今度は自分が死んだ」


「で……でも、おかしいよ! 私と悠来は遺伝子的には全く同じだよ? 私だって、あの時自分が時間を戻せればってすごく思ったよ! でも、悠来の特別さが才能じゃなくてタイムリープした経験だったなら……」


「そこだけどねえ……今は、あんたが『過去に送る側』で、悠来が『過去に行く側』なんだよねえ? で、あんたは妹の時は特別なお姉ちゃんの能力を一方的に使ってもらうだけだった……間違いないかい?」


「そ、それはもちろん本当だよ! 私に特別な能力なんて……」


「思うんだけどねえ……あんたらは、一卵性双生児だろう? だったら、もしかしてタイムリープに必要な能力も、お腹の中で二つに分かれちまってるんじゃないかと思うんだけどねえ?」


「二つに……? でも、悠来は一人だけで完成した能力を持ってて、赤の他人だって過去に飛ばせたらしいし……ほら、今の私だって、何度も鏡花を過去に送ってるんでしょ?」


「ああ、そのことだけどねえ……正直言って、過去に送られるって簡単に見えてめちゃくちゃ負担かかるよ? 数時間単位だろうと、私は何度か体調を崩したね」


「……え? でも、悠来はそんなこと一度も、私の時も、何回も連続で数時間単位で戻してもらったし……」


「だから、それが能力の片割れだとは思わないのかい? 過去に精神が戻ると、体内時計と精神的な時間感覚も狂うし、その分精神的な疲労が溜まる。精神が疲れてるのに全然寝れなかったり、空腹なはずなのに食欲がなくなったりねえ……あんたはタイムリープの負担がないのが普通だったかもしれないけど、本来ならいろんなところで不具合が起きるんだよ。というか、下手をすれば精神的年齢だけ重ねすぎてボケが始まってもおかしくない。そこら辺の調節が……言っちゃえば、タイムリープの能力を使わないと感知すらできない受動的(パッシブ)な能力が、『妹の方』に持っていかれてる」


 そんな発想は今までなかったから驚いた。

 でも確かに言われてみれば、どれだけタイムリープしてもらっても、その時間の分の活動に相当する疲労を感じてた覚えもない。

 てっきり、タイムリープってそういうものなんだと思ってたけど……


「もしかしたら、受精卵の段階ではきちんと自分自身で過去に行ける能力として生まれるはずだったのが、なんの不具合でか『送るための能力』と『行くための能力』として分離したってことかもしれない。いや、あんたが最初『行くための能力』だったのに自分を送るためにこの呪文を使ったら『送るための能力』になって、もう一人は『行くための能力』になったっていうんなら、半分ずつ持ってた能力が、もう片割れの方に呼応して足りない部分を補うようになってる。それだったらむしろ、二つの能力が合わせて一つのものだって考えた方が自然じゃないかい?」


 鏡花は、興味深そうに含み笑いを浮かべる。


「そうだとすれば、研究で求めていたものもわかる……お姉ちゃんは、自分の能力に足りない部分を取り戻すために研究してた。けど、欠けた部分は最後まで埋まらなかった……で、あんたが完成させようとして……結果的に今では、また妹の方と呼応して、パーツが噛み合うように一部が欠けている。おかしな因果だ」


 私達には元々、一人で完璧なタイムリープができるポテンシャルはそれぞれなかった。

 私が姉だった悠来のタイムリープを追ったことで、『送るための能力』が発達して、だけどその分『行くための能力』が退化して上手く過去に『行く』ことができなかった。

 そして、妹になった悠来を安全に過去に送るため調節を続けた結果、完全に私は『送るための能力』に最適化された。そして、妹となった悠来は『行くための能力』に最適化された。


 確かに、これなら能力が入れ替わったのもなんとなくしっくりくる。


「だとすれば、これを完成させるためには今の『行くための能力』を担当する悠来の手を借りなきゃいけないわけだけど……どうするんだい? 二人の能力を組み合わせて完成させれば、過去をやり直せる術式の確立なんて達成したら、それこそ超常世界でも歴史に残るだろうさ。もし完璧だったら自分の感覚として自然にできすぎて明文化した呪文(コード)の開発なんてできやしない、脳科学の研究に脳障害の患者が不可欠なように、互いの断面を観察できるあんたたち二人だからこそできるものかもしれない。そのために生まれたのかもしれないねえ……さあ、どうするんだい? 研究するってんなら、信用できるところを紹介するよ?」


「……鏡花、一つわがまま言っていいかな?」


「なんだい?」


「鏡花の言う通り、これが世紀の大発見みたいなことだっていうのはわかってるつもりだけど……私は、悠来に今度こそ、普通に幸せな人生を送ってほしいと思ってるんだ。だから……このこと、誰にも話さないでいてもらっていい?」


「ふーん……まあ、いいさね。ぶっちゃけ私も発展への貢献とか大義とか名誉とか、全く興味ないしねえ。私は、生存率稼ぐためにわざわざヤバいものに関わるのはいやさね」


「ふふ、よくわからないけどありがとう。じゃあ、これはまた封印して……」


「あ、ちょっと待ちな。いくらなんでも、こんな保存方法だとそのうち劣化しちゃうかもしれないだろう。悪いこと言わないから、もっと厳重な金庫にでも隠しておくといいよ。それがあれば、いざという時交渉材料とかにもなるかもしれないじゃないか。悪党に命を狙われた時、『下手なことをするとノートの場所は永遠にわからないぞ!』とか」


「鏡花は一体どんな事態を想定してるの? ていうか、普段どんな生活送ってるの?」


 結局、そういうのには詳しくなかったので鏡花に紹介してもらったところにノートは預けておいた。私や妹が能力を狙って来た組織とかに人質に取られたりしたら、鏡花が交渉してくれるとか……なんか、金庫の契約が鏡花も開けれるようになってたのは鏡花自身がそういう時に使うためのような気がするけど、まあ二人の共有の秘密ということでいいだろう。




 それからしばらくして、私は受験生になり、前の時と同じ大学……私の能力を研究しようとして入った大学に、もう一度受験して入りなおすことにした。かなり時間は経ってたから大変だったけど、やっぱりあそこに行こうと思った。前は執念に燃えてて、キャンパスライフを謳歌し損ねたし。


 妹には、自分の能力を研究したいと言っているけど、それは半分本当。私自身の能力について調べて自分も過去に行けたらいいとは思ってるけど、それ以外にも鏡花と知り合ったことで、超常現象に関連したことに興味が強くなったから。なんだかんだで、鏡花のように平然と異常を受け止められる専門家みたいな態度には憧れるものがあった。彼女のいる世界と系統は違うだろうけど、だからこそ対等に近いけど別の分野の専門家として話ができれば、きっと楽しいと思った。


 ちなみに、その鏡花の方は要領よくさらっと推薦合格をとっていた。あの性格でよく面接とか通ったなって思ったら、面接会場では猫かぶりまくっていたらしい……すごい惜しいものを見逃した気がする。お淑やかに話す鏡花を一度でいいから見てみたい。

 そして、変わり者の鏡花は余った時間でなんと家庭教師のバイトをして高校受験の中学生の最後の追い込みの時期に後ろからせっついてからかって楽しく稼いでいた……本当に変人。それで教えられた方はほとんど合格していたというんだから、彼女の器は底が知れない(本人によると合格率の高い家庭教師を目指すなら磨くべきは教育する能力ではなく合格しそうな受験生を探す能力なのだとか……)。


 そして、私も第一志望に見事合格。

 今度はタイムリープの力も借りず(といっても受験二回目なので反則には変わりない)、ちゃんと合格した。そして、それをタイムリープしてきた妹にフライングで聞いて、春休みを楽しく遊んで(思い切って、悠来に鏡花や七海を紹介した。私は姉になって初めて知ったけど、七海は鏡花からタイムリープのことを聞いていたらしい)、姉としてのコミュ力を見せつけた。実は、能力のせいで孤立してないか心配されてるかもって思ってたんだよね……まあ、実際には妹の私への過大評価で当然だと思ってたみたいだけど、いや驚けよわが妹よ……普通、こんな能力は学校でもポンポン他人に明かせないよ?


 そして、悠来は高校三年生の受験生となり……


「私、お姉ちゃんと一緒の大学に入る。だから勉強教えて」


 ちょっと驚いたけど、予想通りではあった。

 私が悠来に憧れたように、悠来が私の背中を追うことはわかっていた。

 だから私は、悠来を全力でサポートすることに決めた。『歴史の修正力』というものがあるかはわからない。もしかしたら、受験する大学を変えれば合格発表の日にあの事故に遭うことは防げるかもしれないけど、修正力があるといたらそれで悠来の事故死を防げるとは思えない。逆に、修正力がなければ、私が注意していれば事故に遭うことは簡単に防げる。


 修正力があるというのなら……私が、全力で悠来を守ろう。

 これまでそうしてきたように、ずっと近くで、悠来を見守ろう。

 でも、悠来には自分の人生を楽しんでもらいたい。いつかは返そうと思っていた姉としての人生だけど、それが悠来が私を失った絶望の果てに得たものだとしたら、私を守るために普通の子供らしい人生をやり直す道を捨てたというのなら……今度は、ちゃんと自分の人生を。


 私には、タイムリープを認識することは出来ない。

 私の見てきたと思った何倍もの時間を、悠来は頑張って勉強に費やして、努力している。私にはその全てを見届けることは出来ないけどきっと、なかったことになった私も同じように悠来を見ている。


 本当は、きっとタイムリープを頼まれた私は無理をして笑っていると思う。

 私の見てきた悠来の努力を、悠来以外のみんなが忘れてしまうんだから。




 合格発表前日の夜。

 私は、鏡花に電話した。


「もしもし、鏡花? 私、未久だけど……今、話せる?」


『来ると思ってたさ。いよいよ、明日が運命の日さね……二つの意味でねえ』


「そうだね、本当に……長かったよ、ここまで。でも、どんな結果になっても後悔はしないつもりでいるんだ……だって、ずっとズルしてたからね」


『そうさね、今こそ言うよ……この50近くの若作りおばば』


「ちょっと! 今までそんなふうに私のこと見てたの!? すごいショックなんだけど!?」


『もちろん冗談さね。ていうか、タイムリープした総時間考えると50越えるかもしれないしね。まあでも、中身がいつまでも幼稚なら若作りじゃないかもねえ』


「ますますひどいし! ていうか、幼稚ってどういうこと?」


『幼稚は幼稚さね。なんたって、二度も人生やって妹コースと姉コースでシスコンライフを満喫してんだから。姉妹離れできてなさすぎだろう?』


「全く、その通りかもしれないけどさあ、もっと言い方ってのが……ねえ、もっと他に言うこと、あったりしないの?」


『……悪いねえ、残念ながら「伝言」は受け取ってないんさね。これが「一度目」か、あるいは……』


「うん……わかってる。そういうことなんだよね。なんとなく、ずっと前から気付いてはいるんだ」


 明日の結果はどうあれ、鏡花にはそれを事前に伝えてもらおうと決めてたから。

 それが『なかった』ってことはどういうことかも、大体わかってる。


『そうかい……じゃあ、野暮なこと言うもんじゃないかもねえ』


「うん。でもさ……一つ、どうしても気になってることがあるんだ。タイムリープって、意識を過去に飛ばすような感じで、世界そのものを巻き戻してるわけじゃないでしょ? じゃあもし、誰かが諦めずに同じところをずっと繰り返してタイムリープし続けたら、その先の時間はどうなっちゃうんだろうね?」


『そうさねえ、一回や二回なら、先のことが不確定に揺れ動くだけかもしれないけど……無限に続けるっているのは、もうきっとどこかで循環(ループ)する構造が出来上がっちまうだろうねえ。そうしたら、その後はその構造を下地にした時間が続くだけだと思うね。じゃないと、その先の未来を観測する人みんなが取り残されちまうだろうからねえ』


「そっか……じゃあ、タイムリープを続けることで、みんなの未来を永遠に奪っちゃうことはないんだね?」


『ああ……そうだろうね』


 なら、安心できる。

 私が何を言っても、きっと悠来はこれから私の思った通りの行動をする。

 私にはわかる……だって、私と悠来はきっと同じだから。あの時の私は、何を言われても諦めなかっただろうし。

 そして私も……どうなるかわかっていても、『あの瞬間』が来るとわかっていて、我慢なんてできない。 


「うん……じゃあ、そろそろ明日に備えて寝るね」


『そうかい、おやすみ……未久』


「あ、最後に……って、フラグとか嫌いだっけ? まあだけど、一つお願いがあるんだ……あのノートさ、私に何かあったら、あれの始末はお願いね?」


 電話は切れた。

 最後の頼みに対して返事はなかった。

 本当は、私が処分しちゃった方がよかったかもしれないけど、鏡花の役に立ったことも『あった』かもしれないし、第一それでは根本的には解決しない。


 私は悠来の部屋に静かに入って寝顔を見て、ゆっくりと頭を撫でる。


「さあ、あなたはあなたの人生を生きてね? できれば、もしできるなら……私のこと、忘れていいからね?」




 そして、合格発表当日。


「もし落ちててもタイムリープしないもし落ちててもタイムリープしない……」

「そんな後ろ向きな覚悟ばっかり固めてないで番号探すから目を開けてってば……あ、悠来! あったよ、ほらあそこ! 一緒に確認して!」

「え、ホント!? や、やった! 受かった!」


 私は、妹の努力が報われたことを心から嬉しく思った。

 彼女が、もう一人でも大丈夫だと思えた。


 そして……『あの瞬間』が訪れる。


「じゃあ帰ろっか、お姉ちゃん。せっかくだし、安心したらお腹空いちゃった。近くにラーメン食べに行かない? 有名な店があるの」

「ら、ラーメン屋? うーん……ほら、同じこと考えてる人たくさんいるだろうし、きっと行列になってるから今日はやめて、駅に行こう? ほら、大学生になったら何度でもいけるし、早く帰ってお祝いしたいなーて。ほら、ケーキも予約してるし」

「へへ、お姉ちゃんの甘いもの好き」

「もー」


 今度は、ラーメン屋へは行かずに駅の方へ。

 そして……駅前で……


「それでさ、先生からはこの一年での点の伸びがすごいって、さすがお姉ちゃんの妹だって、すごい褒められたんだよ!」

「そうね、本当によく頑張ってたからね。本当に……もうすぐ、一緒の大学に入れるって思ったら、嬉しくて嬉しくて……」

「ちょ、何泣いてるのお姉ちゃん。恥ずかしいよ……」

「ごめんね、ごめんね。でも、ずっと夢見てたから……」


 本当に、ずっとずっと……夢に見てた。一緒の大学に入れる日を。

 でもきっと……それは夢、叶わない儚い可能性。 


「もう、いくら何でも大げさだよー。そうだ、せっかくだから今度一緒に旅行でも……」


 悠来の後ろに、人影が近付いてくるのが見えた。

 その後ろで腕を押さえて呻いてる人や、逃げていく人がいる。

 でも、浮かれてる悠来は周りの喧騒に悲鳴が混じり始めてるのも気付いてなくて……



「悠来、危ない!!」



 突然のことだった。

 私は咄嗟に、悠来を突き飛ばした。


 私の腹に、熱い何かが突き刺さる。


「え……あ……未久! しっかりして、どうしてこんな!!」


 未久が駆け寄ってきた。

 その後ろでは、刃物を持った男が警官に取り押さえられてた。父と同じくらいの歳……子供が合格できなかった逆恨みとか、そんなところかな。


 通り魔か……そういえば小さいとき、悠来には口を酸っぱくして不審者に気を付けるようにって言われてたっけ。

 

 うわ……すごい血が出てる。

 これ、絶対内臓まで届いてるし……頭、くらくらしてきた。おかげで、逆にパニックになったりするほど元気はないけど、どちらにしろ冷静でもどうにかするのは無理かな……


 ああ、悠来……無事みたいで、よかった。


「私を庇ったの!? どうして、私がケガしても、お姉ちゃんが無事ならタイムリープで……今すぐ私をさっきの時間に送って! お姉ちゃんを傷つけさせたりしないから!」


 未久は私の手を強く握るけど、やっぱりタイムリープの余力なんてない。

 でも……それで、よかったのかもしれない。そうしたら今度は、悠来が危ないかもしれないから。

 そういえば、いつか七海がどっちかが死ぬ日だったって言ってたっけ……その通りだな……


「ご、ごふっ……ごめんなさいね、もう、そんな力ないみたい。でもよかった……けがは、ない?」


 喋ろうとしたら、口から血が出た。


「私は大丈夫だから! 今すぐ救急車を呼ぶから!」

「はは……こうなる気は、してたのよね。たぶん、私は……ここまでよ」


 だってわかるよ……『初めて』じゃないから、こういうことは。

 悠来の手が温かい……いや、私の方が冷たくなり始めてるのかな……


「何言ってるの!? どうして、どうして私を庇ったの! お姉ちゃんが、お姉ちゃんさえ無事なら私は……」


 力が抜けていく。

 視界がぼやけていく。

 意識が、遠のいていく。


「あなたが危ないと思ったら……自然とね……悠来が、死ぬところなんて、もう、見たくなかったから……」

「どういうこと!? お姉ちゃん!!」

「ふふ……おねえ、ちゃん……ね……ずっと、悠来に感謝してたの……恩返しできて、よかった」


 本当に、よかった……あの時の、お返し……今度こそ、悠来を守れた。

 あなたには、何のことかわからないかもしれないけど……私は、満足だからね。



「おねえちゃん……ようやく……悠来……まもれたよ……」



 私は満足だから……だからね……







 もう一回、お姉ちゃんの笑顔が見たいな。








「おねえちゃん……こわいゆめみた……」

「だいじょうぶ、みくにはおねえちゃんがついてるから」


 これは、目覚めればすぐ忘れてしまうような幼い日の夢。

 あるいは、死の間際に見る走馬燈。

 時間を遡る能力を持ったある人間の回顧録。


 『明石未久』と『明石悠来』は、そっくりそのまま双子の姉妹。

 どちらが姉でどちらが妹なのか、始まりはどちらなのかもよくわからない。

 姉は特別で大人びてて、妹はそんな姉が大好きで、姉は超能力者だけど、それを使うのは妹。

 そんな、繋がって閉じてしまった物語。


 私達の、かけがえのない時間を綴った物語。


 私達は互いにリープして……ループする。





















 そして……私、『明石(あかし)未来(みらい)』は目を覚ました。

 29歳の肉体を自分のものとして認識し、筋肉や声帯の動きを感覚とリンクさせる。


「ふう……一時はどうなることかと思ったけど、ようやく『戻って』これたわね」


 自分が一人の人間として物質的に存在していることを実感して、達成感の余韻に浸る。


「危なかったわ、まさか逃げてたら胎児の状態で二つに『分裂』しちゃうなんて。まさか、存在が消えちゃうとは……うまく因果が絡まって、また能力が一つに戻ってくれてよかった。まあ、そうなるまで繰り返したんだけど」


 呪文を唱えて倒れたらしい身を起こした私は、あまりの体調の悪さにくらっと来た。


「どうやら、一度存在が消えたおかげで『猟犬』は撒けたみたいね……さて、しばらく派手な動きはちょっと控えましょうか。でも……あの野分鏡花とは、もう接触しちゃってるのよね。今度は敵対しないように気を付けないと。まあ、また危なくなったら緊急脱出してもいいんだけど……今回みたいなことがまた起きるとヤバいし、ちょっとそれは避けておこうかしら」


 頭の中の記憶を探る。

 この身体と存在はもう私のもの……正確には、生まれる前から私、『明石未来』のものだ。

 ただちょっと今回はイレギュラーがあって、しばらくの間私自身としては活動できず生まれたままの人格を放置しておくしかなくて、そっちがタイムリープして戻ってこないループができたからようやくこの身体に復帰できたんだけどね。


 私は元々、生まれつき完全なタイムリープの能力を持っていた。

 その時は今回の野分鏡花の推測の通りに私は一人っ子で、一卵性双生児にはならなかった……というか、私にとってはそっちが正しい歴史だ。でも、ちょっといろいろあってタイムリープしまくってた私はヤバい状況に追い込まれて、焦って可能な限り過去に跳ぼうとした。そして、予想外の事態が発生して……受精卵が分裂して、能力が二つに分かれてしまった……端的に言うと『私が産まれない歴史』に移動してしまったのだ。

 本当に、そのまま消えてもおかしくない状態だった。


 でも、私が再びこの世界に出てこれる可能性は消えていなかった。


 要は、片方が先に死んで一人に存在が絞られて、バラバラになった能力が統合されて、その上でその能力を持った人間が過去に跳んでそのまま元の肉体に帰ってこないまま未来が確定される歴史が必要だった。そんなことになる確率は天文学的に低いけど……確率がどれだけ低くてもそれがゼロでさえなければ、タイムリープを無数に繰り返している私からすれば当たりを引くまでトライアンドエラーを繰り返すだけの話だ。


 そうやっていうと、私が何でもできるみたいに思われるかもしれないけど、実のところそこまで万能じゃない。だから、私が悪いみたいに思うのはやめてほしい。いわゆる『歴史の修正力』というやつ、あるいは『運命』には何度繰り返しても勝てない時や、勝ててもかなりの痛手を負わなければならない時もある。それに、『猟犬』みたいに次元を超えて移動してくる化け物に追われたりして見苦しく逃げ回ることになる時もある。所詮私なんて、少し特別な力を持っただけの人間だ。

 今回みたいに、ほとんど歴史に干渉できずに見てるしかないことも多いし……欲しいものがどうやっても手に入らないことも、何かを犠牲にしないといけない時もある。


 今回ループに陥ってしまった『明石未久』と『明石悠来』のように。


 『明石未久』と『明石悠来』は私であって私ではない。

 二人は、区別できない。両方とも、ほぼ同じ人生を歩むようになっている……そうやって、ループの一部として絡み合って輪を形作っている。

 それによって、そのループを基盤とした新しい歴史が作られて、その先に完全な能力を取り戻した私が存在を取り戻すことが出来た。


 もう、完全に一つになった私はこれを維持してどの時間にでも戻れる。もちろん、『明石未久』と『明石悠来』が同時にいる時間にも戻れるけど、それをやると私が1.5人いる……存在的に重複することになって『同じ時間に同一人物が他人として存在する』って時間旅行のタブーみたいな状態になるから、存在的に不安定なあっち側が修正力に押しつぶされて何らかの要因ですぐ死んでしまうはずだ。

 わかりにくいかもしれないから違う見方をすれば、過去に飛んで自分を育ててくれるもう片方がいなくなると私の認識してるあの人格に育たなくなるから、時間的矛盾(タイムパラドックス)を正すために世界から消えてしまう。だから、私が彼女達を救うことはできない。私にできるのは、二人のループが始まる出産直前よりさらに前に戻って胎内でもう片方を取り込んでしまうことくらい。そうすれば、それから先の私とあの姉妹の人生は別の世界線としてまた分岐する。『双子として生まれる』と『一人っ子として生まれる』という二択で、物語がどちらもあり得たものとしてIFの世界に残る。でも、私はタイムリープしても二度とその世界に行けない。


 普通の人間が歴史上の数多の犠牲の上に今を生きているように、私は自分の歴史の犠牲にした彼女達を救えない。


 もちろん、どちらも死ぬことなく天寿を全うしたり、あの野分鏡花が主義を曲げて運命を変えた場合の可能性もあったはずだけど、その時には私は『いない』はずだから憶えてない。そういった結果になったときには、また過去へ戻る限界の私が分裂した時点まで戻った。つまり、そういう結末は『なかったこと』になってる。

 私の存在が『戻る』ことのできなかった場合は全てもはや他人……いや、これから先でまた世界を分岐させることを考えれば今回のあの姉妹もまた他人だ。


 そう考えると、私は全く罪もない赤の他人の人生を弄んで、運命の牢獄に閉じ込めてその未来を奪っただけだとも言える。まあ、思い出せる限りでは、やったことと言ったら私の能力の理論を少し『思い出させた』程度で、弄ぶって言うほど干渉してるわけじゃないんだけど……


「……いや、やっぱりあれも私なのかな。可能性の一つとして、タイムリープを持ちながらたった五十年くらいの人生を濃密に生きた場合の私。思えば、あんなに時間を大切に生きたこと今までなかったかもなー」


 私は生まれつき、何度でも時間をやり直せる能力を持っている。

 だから、私には『時間を大切に使う』という考え方はなかった。時間だけは湯水のように使い続けられる……私の能力は、そういう性質のものだから。


 私はそうやって、ずっとずっと……長い時間を生きてきた。

 何度も何度も人生を繰り返して、やり直して、試して、未来すらも過去にして囚われ続ける。


「ある意味、結局私もこの能力を持った時点で人生って大きなループに囚われてるだけなのかもね。まあ、ループなんていつものことだけど」


 私は『遡行者(リーパー)』ではなく、『周回者(ルーパー)』だ。

 タイムリープを際限なく使い続けられる者は、必ずいつか運命の壁にぶち当たってループを体験することになる。どうやったら突破できるのかわからない、何十回と挑んでも抜け出せない運命の袋小路に挑む停滞の時間。未来の全ての体験を過去のものとして生きてしまえるつまらない人生を送る者にとっては、ある意味ループしている瞬間だけが『今を生きている』という実感を得られる時間になる。

 人生そのものがループになってしまっている二人は、きっと一生を『かけがえのない時間』として生きている。


 永遠の停滞の中で生きるあの姉妹のように、いつかは私も……『かけがえのない時間』というものを、見つけられるのだろうか?

 自分の先の時間全てを支払っても、満足して笑顔で終わる結末に辿り着けるのだろうか?


「とりあえず、この身体は病気が手遅れだし、五年くらい戻って精密検査受けておこっと。ただでさえ短い人生、残り時間を大切にしないとね」


 最小限のタイムリープでも、あと50年は生きられるはずだ。

 せめてもの恩返しに、『明石悠久』や『明石未久』の名をこの世界線の歴史に、散々受験でお世話になった教科書に載るくらいに刻み込んでから、お別れしてもいいだろう。


 そしたら、また私は時間を遡る。今度は、一人の人間として生まれなおす。そして、育つ場所を変えてみたり、友達を変えてみたり、職業を変えてみたりして、様々な人生を体験する。

 まるでマルチエンディングのRPGゲームの主人公のように、選択肢のトライアンドエラーを繰り返す。ゲームの主人公と違うのは、達成すべき使命がなくて、何かを達したとしてもエンドロールなんて流れないこと。


 もしかしたら、私が成すべき使命ってものを見つけられてないから、まだ物語が始まってない……まだ、物語に登場していないだけなのかもしれないけど。私みたいに自由に過去をやり直せるキャラなんていたら『誰か死んでもまたなかったことになる』ってなって物語に緊張感がなくなるし、出番があったとしてもループものか物語の終盤のドンデン返しくらいしかなさそうだしね。実際、私もそんなふうに思っちゃうから、あの姉妹みたいな物語を作れないんだろうけど。


 私みたいな無責任な時間旅行者は不在の方が、物語は面白い。



「それじゃ、もし一度しか人生がない人がいたら貴重な今をお大事に。そうじゃなければ、またどこかで。To be next loop?」

 登場人物紹介 (ネタバレ注意)


 『明石(あかし)未来(みらい)

 ……勇者候補の魔法使い。

 生まれつき時間を移動する能力を持った人間。能力は精神だけを別時間の同一人物の肉体へと移すものなので基本的に自分の生まれるより前や死んだ後へと飛ぶことはできない(失敗のリスクがある)ので約120年ほどしか移動の幅はないが、その代わり回数制限などはないので何度でも同じ時間をやり直せる。また、他人を過去に送ることもできるがそれによって歴史がどの程度変化したかを自身が認識できないため、あまりそちらは好まない。

 『明石(あかし)悠来(ゆき)』と『明石(あかし)未久(みく)』に分裂する直前の世界線では目的もなく能力を多用して勝手気ままに生活していたが、『野分鏡花』の妹『野分鏡子』に手を出し姉の怒りを買う。その後、時間旅行者を追跡する能力を持つ『猟犬』や並行世界で意思を共有し世界線を先回りする『なっちゃん』に追い立てられ、存在を歴史から消し去られそうになった。


 ……ちなみに、彼女の母も同じ能力を持っていたが、母が出産時に自身の命を犠牲にしなければ未来は生まれないので、彼女はそれを知らない。そこで途絶えた伝承によると、先祖は伝説の魔導書『挑戦の書』に記された暗号『復刻の呪文』の法則を解き明かした魔導士であり、世界が滅びの危機に瀕したときにはその運命を変えるために尽力する義務を負っていると言われている。



 長々としたネタ設定すみません。

 作者がシリアスな結末に耐えられませんでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二者間のループ応酬ものと考えれば、一卵双生児の出産時刻違いに目を付けた点で稀に見る良アイディアだったのではないでしょうか。その発想があったか、と思わず手を打ってしまいました。見事です。 […
[良い点] 何回も読み直したくなるような作品でした。 [一言] 姉が、妹に秘密を打ち明ける前に死亡するかなにかしていたら……とか考えると興味深いです。 運命補正が働きそうではありますが、妹が何も知らな…
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