4話 実家
最近やっと、使ってるスマホの全角の出し方を知った話、しましたっけ?
それから海は人けのない街中を、先ほどタクシーが通りすぎた道を引き返すように歩き続けた。なるべく早足で。しかし走ったりはせずに。走ると余計な体力を食うからだ。
本当は無駄な時間のロスを避けるために目的地の前でタクシーを降りてもよかったのだが、あまりその場所には近づきたくなかった。そこに行くのが嫌いというわけではない。ただ、巻き込みたくないと思っての行動だった。
1時間ほど道を歩き続けると、田畑や森林だらけの田舎道はだんだんと消えて、やがて土だった地面はアスファルトへと、景色は古い民家が立ち並ぶものへと変わっていった。
そして、海はとある家の門の前に立った。
そこは古い日本家屋の家で、目の前に荘厳に立ち構えている門は大きな扉を中心にして、隣には小門と呼ばれる人が1人通れるくらいの小さな扉があった。
そして、そこにかかっている表札を海は見る。
遠藤
つまりここは、遠藤海の本当の家だった。
ゆっくりと深呼吸をしてから、海は小門を軽くたたいた。不規則に、10回。この10回は一種の暗証のようなものだった。
やがて小門は開いてそこから1人の女性が姿を現した。
「お帰りなさいませ、海殿」
「ただいま戻りました」
女性はぺこっと海に頭をさげると、いったんそこからでてきた。中に海が入ると、彼女は周囲をうかがうようにして小門をゆっくりと閉じた。
門は今どき珍しく、閂がかかっている。中央にある大きな扉にも同じように閂がかかっていた。
屋敷までの一本道を、小門を開けてくれた女性と共に一緒に歩く。その一本道を中心にして右の庭には小さな日本庭園が広がっていて、左の庭には綺麗な断面図を見せている木があった。見事に斜めに切られている。
屋敷にたどり着くと、戦闘に立っていた女性が引き戸を引いた。カラカラという優しく耳に響く音に、海は少し懐かしい、安心した気持ちがあふれてきた。
戸の先には例の着物の少女が正座をして待ち構えていた。
海と目が合うや、両手をきちんと膝の前にあわせてゆっくりと礼をする。
「おかえりなさいませ」
「ただいま……」
そして少女は顔をあげた。
その顔は加藤雪そのものだった。
しかし彼は今、ここにいるはずがない。ましてや女ではないし、こんな丁寧な口調は使わない。
彼女は。
「ニュース、見た?」
静かに尋ねると、少女はこくりと小さくうなずいた。
「本人かどうかの確認は、いまだとれていません。ですが」
「可能性は濃厚……」
少女が言わんとした言葉の先を無理やり受け継ぐように聞くと、彼女はこくんと、また小さくうなずいた。
「海殿、久しぶりの我が家です。せっかくですから、おあがりください」
後ろで事を静かに見守っていた女性がそう言ったので、海はうなずいた。
「じゃあ、とりあえず父さまと母さま……に挨拶してくるよ。あと、雪菜」
靴を乱暴に脱いで家にあがった海は、いまだ正座を続けている少女――雪菜に声をかけた。
「庭にあるあの残骸、ちゃんと片しといてよ」
「承知しました」
雪菜はまたも小さくうなずいた。