6 秘められた話
つまらない話は続く。
雪は爪をいじりながら、小野塚の話を聞いていた。
去年、この学校に来たばかりのときの話。そのあとに行われた文化祭、クリスマス祭、そして3年生に向けての話。
とはいえ、小野塚は3年生になってほんの2ヶ月しかいなかったが。
そういえば、"彼"と約束したのは去年のクリスマスだったような気がする。
「そんなにつまらない顔しているならさ、いっそピエロにでもなっちゃいなよ」
ピエロ。
"彼"の言葉はちょっとだけ面白かった。そうだ、ピエロになればいい。別につまらない顔をしなくていい。自己嫌悪にまみれていい。
面白くないと思っても笑っていて、苦しくなくてもつらいままでいて。ムカつかなくても怒ればいい。
ピエロになろう。
そうやって"彼"と約束したのは去年のクリスマス祭のときだった。
「先生はさ、ピエロの役割ってなんだか知ってる?」
「どうした急に」
「ピエロってさ、みんなを笑わせるためにいるんだよ。そしてみんなを騙すためにいる。僕もそうやって、みんなを騙してきたんだ。そうやって、これからも騙し続ける」
いいじゃん、騙したって。
ちょっと周りにあわせてみるだけでいいからさ。
お前、ちょっと面白がってるだろ。
あ、バレた? でもいいじゃん。
はぁ……。ならこの作戦に、名前つけるか。
名前? うん、まあいいんじゃない?
嘘は内緒の始まり。
は?
嘘は内緒の始まり作戦だよ。
ダッサ、何それ。
さあ、よくわかんない。でも思い付いたんだ。大事なことを内緒にするために、僕は僕を殺すという嘘をつき続ける。嘘は内緒の始まり。
キミが証人だ。
カッコ悪そうだけど、まいっか。じゃあ決まりだな。
嘘は内緒の始まり作戦、決行だ!
「でも、だから、生きなくちゃいけないんだ。ここで死ぬわけにはいかない。お前に殺されるわけにもいかない。あいつと約束したから! まだ見ぬ誰かとも約束したから、だから!」
突然怒鳴り声をあげだした雪に、小野塚は目を見張る。
とうとう気でも違ったかと思った。彼がまさかこんなに不安定な"生徒"だとは思わなかったが、なるほどそうか。どうりで彼は少し周囲と違っていたはずだ。
小野塚はゆえに微笑む。
「死ね、加藤雪」
背中に手をやり振りかざしたのは、ひと振りの斧。
雪は身構え、手近にあった机の足をつかむ。
「死ぬわけにはいかないんだ!」
一歩を踏み出そうとしたその矢先――。
「殺させないよ?」
不適な含み笑いとともに、友人の声がたしかに聞こえた。
瞬時に雪は後ろへ引き戻される。
彼の瞳に映ったのは小野塚とその後ろに今にも飛びかかろうとする徹の姿だった。