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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
10月
86/126

5 仲間

 全校生徒はほとんど体育館に避難をさせられていた。幸い誰かが怪我をしたという話はなく、せいぜいパニック状態に陥った生徒数人が階段で足を滑らせて打撲やら捻挫やらをした程度だった。


 警察への連絡はまだか


 もうすでに連絡済みです!


 取り残された生徒は?


 3年B組の生徒です


 ったく舟久保先生! あなたがいながらどうして


 誰かが誰かを責めて、そのまた誰かが責める。教師たちも相当パニックになっているらしい。

 3年B組の生徒たちはひとかたまりになって、状況を案じていた。


「どうして、なんで雪が……」


 篠田(しのだ)里香(りか)は体を震わせながら、雪の身を案じていた。彼は自分たちを守るためにひとり犠牲になったのだ。その代償は大きい。もしかしたらもうすでに死んでいるかもしれない。


 徹は体育館内にある時計を見た。時刻は9時半。教室からでて、すでに1時間は経っている。

 どうして学校を辞めた先生が今さら戻ってきて、さらにはみんなを殺そうとしているのだろう。徹は考えた。

 思えば小野塚が退職したのは遠藤海が転入してきた次の日だったはずだ。そのときはただぼんやりと、転入早々あいつも不運だな、なんて考えていたけれど、もしかして。


 そうだ、あの日。たしか小野塚は雪を呼び出していなかったか? そして雪はそれを手伝った。もしかしてそのあとに事件が起きたのではないだろうか。

 どうして雪がそこから生還したのか、ただの運? いや、あんなヒョロッとした体型のくせして、彼は意外にできるヤツだ。だとしたら彼が自力で小野塚から逃げたのだろうか。


 しかしその状況を、むざむざ遠藤海が見逃すだろうか。

 やけに雪に対しての執着心が強い海。彼が危険な目に遭うと、必ずいの1番に飛び出した。絶対あのふたりは何か関係がある。雪はそ知らぬふりをして、海だけが執着せざるを得ない何かが。

 あるいは雪は知らないのだろうか。


 海が自分にとって何者なのかを。


 そのとき、背もたれにしている壁から「おい」と小さな声が聞こえた。


 空耳かと思い、徹は無視を決め込む。


「おい。おい、聞こえてんだろ?」


「用件はぁ?」


 ボソッとつぶやいた声にコノハが振り返る。


「なんでもないよぉ」


 へらっと笑って返すと、コノハはいぶかしむような目を向けてすぐに視線をもとの場所に戻した。

 徹は小さく息をついて、ポケットにいれておいたスマホを手にすると、メモ帳を起動させてそこに何やら打ち込んだ。

 それをそのまま寄りかかっている壁の下にある、小さな窓へ滑り込ませた。



***



 海は体育館の小さな窓から流れて落ちてきたスマホを受け取り、素早くそこに目を走らせた。


「インフルエンザはどうしたの?」


 そんなのどうでもいいだろ


 素早く打ち込み、窓の向こう側へ置く。

 すると再びスマホが帰ってきた。


「雪くんは俺らの教室にいる。犯人は小野塚。会ったことあるだろ?」


 小野塚!


 覚えている、知っている。初めに雪を襲った人間だ。どうしてあいつが今さらここに!?


 驚愕に目を見開く海だったが、だとしたらますます雪が危ない。スマホを放り投げて走ろうとすると、「待ちなよ」と声がかかった。

 その拍子に足をひっかけて派手に転ぶ。地面に体を激しく打ち付けると、一瞬だけ倒れたままでいたい衝動に駆られた。


 体が重い。体が熱い。体が苦しい。


 なんでこんなときにインフルエンザになんてかかってるんだ!


 海は拳を握りしめて、言うことの聞かない体に苛立ちを覚えながら地面を強くたたいた。


 体育館のドアが開く気配がした。


「俺も行くよ」


 声に振り返る。


 するとそこには、徹だけじゃない。B組のクラスメイトのほとんどが顔をのぞかせていた。


「どうせ体が思うように動かせないんだろ?」


 奏羽(そう)の言葉に海は下唇を小さくかみしめた。

 彼の言葉に腹が立ったからじゃない。自分の不甲斐なさに悔しくなったのだ。


「だったら俺たちが行ったほうがいい」


「なん……で」


 徹の提案に対して海の声は少し震えていた。


「雪は大事なクラスメイトだもん! それに私、雪のこと置いていっちゃったから」


 そう言って篠田はうなだれた。

 悔しいのは海だけではなかったのだ。みんな、自分に腹が立っている。

 雪を助けなきゃいけない。雪を助けたい。その思いで。


「俺たちが動くからその代わり、遠藤さんは俺たちに指示をだしなよ」


「…………」


 呆然としている海の腕を、近づいてきたえみりとコノハが両方からとってくる。


「場所はどこがいい?」


「保健室じゃないかしら。あそこならベッドもあるし」


「別に1人でも歩けるっ」


 慌ててつかんできた手を両方から振り払おうとすると、えみりが「駄目よ!」とすごい剣幕で怒鳴ってきた。

 その声に驚き、海は思わず制止する。コノハまでもが黙り、あたりはしーんとした空気に包まれた。


「インフルエンザはね、下手をしたら命をも奪うの! そんな状態でここまで来られたのはすごいけど、遠藤さんがすごさを発揮するのはここまでよ。仲間がここにはいるの。仲間を信用しなさい!」


 途中から口をはさめるような状態ではなかった。


 海は開いた口を金魚のようにパクパクさせたまま何か反論しなければと思ったが、結局何も言えなかった。


「保健室はまだ残ってる?」


「岩富先生も一緒に体育館に避難してるよ」


「よし、こっそり借りちゃおう」


「円城、お前の車イス貸してくれよ」


「はぁ? 俺のはひとり乗りだっつの」


 近くにあったスロープに車イスを発進させようとした小春だったが、徹がすぐさま「ダメダメ」と止めに入った。 


「円城はここに残れ」


「なんで?」


「お前がここからいなくなったら、怪しまれんだろ。目立つし」


 徹の言葉に小春は頭に血をのぼらせたようで「なんだと!」と怒鳴ってきた。

 しかし徹はその怒りを「まあまあ」と適当におさめつつ、手にしていたスマホを彼に見せつけた。


「その代わり、俺たちに逐一。教師たちの動向を知らせてくれ。スマホ、持ってんだろ」


「一応な」


「じゃ、頼んだわ」


「俺、相変わらず損な役回りじゃねぇか」


「連絡役ってのは大事だぞ」


 階段を降り切った徹は少し振り返って「頼んだぞ」と言った。


 その瞳はとても真剣さにあふれていて。


 思わず小春は「任せとけ」とうなずいてしまうのだった。

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