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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
10月
85/126

4 ピエロ

 そこからの行動は早かった。


 重たい体を無理やり動かしてクローゼットを開けて制服を取り出す。本当は他にも、それこそ動きやすい服装にすべきかと思ったが、もう制服を出してしまった。何より、この着替えている時間、用意してる時間の1分1分がおしい!


 体の熱は引かない。歩くのもおぼつかない。頭は痛い。それでも彼女の原動力になっているのは、加藤雪が危険な目に遭っているという事実のみだった。


 きっとおかしく思われるだろう。ただひとりの他人のためにここまで動く海を見て、誰もが。だけどそんなの気にしている余裕なんてない。


 先ほど受け取った電話で詳細を聞くと、電話の主はどうやら以前話していた"協力者"なる人物から、その情報を得たらしい。


 3年B組に不審者が現れたこと。


 その不審者が3年B組全員を殺そうとしていること。


 しかしそれを食い止めたのが雪だということ。


 結果、彼がひとりで教室に取り残されたこと。


 海は歯軋りをした。


 どうして自分が傍にいないときに限って彼は、そんな危険な目に遭う? どうして彼はみんなをかばって自分だけが残った?


 けれどそんなの決まっている。彼が優しいからだ。

 彼が優しい性格をしていること、本当は不器用だけど常に他人を思っていること。それは海が1番よく知っている。


 心の底から海は叫ぶ。


 どうか無事でいてほしい。


 どうかわたしの前からまた消えないでほしい。



***



 頭が痛い。


 雪は頭をおさえながら、ぼんやりと小野塚を見つめた。


「すぐ殺すかと思ったけど、案外何もしないんだね」


「すぐ殺しちゃ面白くないだろ?」


 サディスト。


 そんな言葉が浮かんだ。


 まったく、とんだことになったもんだ。


 小野塚はどうしてか、ずっと楽しそうにしていた。これから加藤雪を殺せるのかと思うことを考えて浮き足立っているのか。事実、雪は別に抵抗の意志を見せていないために、小野塚が楽に事が終わると踏んでいるのはたしかだった。


 小野塚は教卓に腰かけた。

 元教師のくせに、とんだ行儀の悪さだなと雪は思った。


 小野塚はあぐらをかいた膝を肘おきにして、にやりと笑う。


「少し話をしようか。おまえと先生にとっての思い出話。まあ冥土の土産程度に考えてくれ」


「何の意味があるの、それ」


 雪は感情の薄れた瞳を向けてそう訴えた。


 これが彼の本性なのか。

 小野塚は加藤雪を奇妙に感じていた。


 B組の担任をして1年は経っている。そのくらいになると、ある程度誰がどういう性格をしていて、得意な教科は何か、苦手な教科は何かがはっきりとわかってくるようになるのだ。

 しかし、彼だけはどうにもわからなかった。小野塚のなかにある、殺し屋としての勘を使っても無駄だった。一度だけ彼ももしや自分と同族かと思ったが、戦う術は熟知していても、殺す術までは知らない。

 なら彼はいったい何者なのか。


 その感情の消えた瞳が、本当の彼だというのなら。


「おまえまさか、ずっとピエロでも演じてたのか?」

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