7話 事件3
資料室にある窓から差しこむ夕日が先生の姿を妖しく照らす。
ゾクッと、背筋に寒気が走った。
「なん、で……」
どういうことだ。だってあれを振り下ろしたら僕の頭は間違いなく割られ、一瞬であの世行きだ。しかしそれを先生は平気でやってのけようとした。
あの手に握られている、鎌で。
「演技なら、ちょっと笑えないんですけど」
少し声が震えたけれど、なんとか正気を保ちつつそう告げる。
しかし先生は笑う、ニヤリと。妖しい微笑みを僕に向け続ける。
「残念だけど、演技じゃあないんだな」
演技じゃない?
僕は先生の目を真っ直ぐ見つめる。
その目の奥に何を宿しているのかはわからないけれど、目は僕のみを見つめていた。はっきりと、向こうも真っ直ぐ。
この目を、僕は知っている。知らないけれど、知っている――。
「先生……」
「悪いな、雪」
いつもの先生らしくなく、冷めた。どこか無感動な声質。手にしている刃物を持っている人物としては、ふさわしい存在。
先生はいつも、明るくて、声がでかくて。言いたいことをはっきり言ってしまう。僕らにとっては頼れる先生であり、そして先生も。僕らを信頼してくれている。
そう、思っていたのに。
「悪いって、何がですか?」
逃げ場のない狭い資料室で、僕はじりじりと足をさげる。一方で先生は、じりじりと足を前に進め、そして――。
「お前を、殺すからだ」
不敵に笑う。
足に重心をかけて一気にこちらへ跳びだしてきた先生から逃げるように、僕は右の壁へと突進するが、もちろんこんな狭い資料室。壁なんて積み上げられた段ボール箱である。それらに突進するしかない。
なんで先生が急に僕へと殺意を向けなければいけない状況となっているのか。そんなこと、考えている余裕なんてない。とりあえず今はこの状況でいかに先生の攻撃を避けられるか、そしていかに打開策を見つけられるかにかかっている。
この場合の打開策。
それは、この部屋からでること。
ザクッという音は、今度は段ボール箱に穴が穿たれた音。一歩でも間違えたら今度穴が空いてしまうのは僕の頭だ。
窓へと近寄って鍵を開け、窓枠を持ちあげ――。
「って、堅っ!」
なんでこんなに堅いんだ。
もう一度窓をガタガタいわせていると、背中から忍び寄る影が――。
「っ!」
向けば、僕に向かって振り上げられている鎌、夕日に光る先端――、それが横に飛んだのはそのときだった。
「え?」
僕と先生の目線が止まる。どちらも、驚きに見開かれたかたちで。僕らの視界には振り上げられた鎌ではなく、飛びだしてきたのは片足。
「遅い」
ボソッとつぶやかれた、歌うような声音。
「遠藤、くん……」
見上げれば、人がぎりぎり1人分入れるような狭い棚の上で、遠藤くんが足を伸ばしながら座っていた。
いつの間に、あんなところに。
遠藤くんはよいしょ、とそこから飛び降りると、ポニーテールがふわっと揺れて、夕日に照らされるようにして青色の瞳が光り輝いた。
遠藤くんはさっきの小野塚先生よりも冷めた目で、先生を真っ直ぐにらんでいる。
「試しに潜んでおいて正解だった……、かな?」
冷めた目から、さらにマイナスへ進んでいき。やがて凍てつくような目に。
遠藤くんの目から直接、冷気がでているかのような。別に僕に向けられているわけではないのに、背筋に寒気が走った。
「教師が生徒に向かって、刃物なんて振り上げていいと思ってんの?」
厳しめに光る瞳、吐きだされる怒りを帯びた声。
先生がふぅっと息をついた。
「ダメじゃないか、遠藤」
先生はいつも通りの口調に戻り、いつもの瞳の強さで遠藤くんを――自分の生徒を見つめた。
「こんなところで。もう下校時刻だぞ」
「雪も一緒だろ、それは」
遠藤くんは僕のほうを見ずに先生にのみ、意識を集中させている。まるで、いつ反撃がきてもすぐに臨戦態勢をとれるように準備をしているかのような。
いったい、どうして彼が。
「お前、何者だ」
先生を相手にはっきりと敵意をむき出しにしている。警戒をしていた。
ところが先生はそんな遠藤くんを前にしてあきれるようにして笑いながら、やれやれと首を横に振った。
「先生に対して“お前”はないだろう、遠藤」
そこで初めて、遠藤くんは笑った。
不敵に。けれど全身からあふれるようにでている敵意は消さずに。
「そうか? 少なくとも僕は、生徒に対して刃物向けて暴れるようなヤツを、“先生”とは思わないけどね」
きっと、逃げるなら今なのだろう。
先生がどうして僕を殺そうとしているのか、そして遠藤くんがどうしてそれを知って、しかもその上でここに潜伏していたのか。気になるところは多いけれど、きっと今は逃げるチャンスなのだ。
もしかしたら、遠藤くんがその隙ってヤツを作っているのかもしれないけれど。
幸い、窓は僕のすぐ後ろだ。
先生の意識が遠藤くんにそれているうちに――。