10 リボン
「わたしに、兄はいない」
海さんはつぶやいた。いや、というよりは言い聞かせているみたいな。
そういえばあの夏祭りのときもそうだった。
そんなものはいない、とおびえるように言い切った彼女。
「そんなことより、体育祭! ほら、早く結ぶぞ!」
海さんが僕の目の前でピンッ、と赤いリボンを張った。
僕の左足、海さんの右足にリボンが結ばれる。
「左目が見えないなら、わたしがキミの左目になる。何度も練習したし大丈夫だろ。あとかけ声、忘れてないよね?」
「いち、に?」
「それ」
僕らは顔を見合わせてうなずきあう。
***
雪と海が走り出した。練習では散々転んだくせに、とても息のあった動きだ。
「ねえ」
名前を呼ばれて顔をあげると、気に入らないヤツがそこにいた。木に寄りかかるようにして、自分を見下ろしている姿がなおも腹立たしい。
チッと舌打ちする。
何か用?
敵意をむきだしにして問いかけると、そいつはふっと笑った。
出会った当初からそいつは気に入らない。何か事情を知っているような、そんな目をしてきているのがなおも気に入らない。
嫌い、嫌い、嫌い、嫌いだ。
「用はないよ、別に。でもおまえ、ほんと嫌な目で見てるから」
それはどっちに対してか。
まあ別にどっちでもいっか。
「そこまでして嫌いなのか?」
別に
「じゃあいつも通りの笑顔でいればいいのに」
作り笑いの笑顔で、って言いたいのかな
「そうだね~」
やっぱり嫌いだ。
***
まあまずまずの結果だな。
3の旗を掲げながら、海はそんなことを思った。
「とりあえず転ばなくてよかった~」
隣でほっと息をついている彼を見て、「たしかにね」と言っておく。
彼は今、海がついさっき結んだリボンをほどきにかかっていた。海が簡単にははずれないように堅く結んでしまったせいで、いつまでたってもほどけない。
挑戦して早々にあきらめた海に代わって、雪がほどいている。
「ん……と、よしほどけたよ」
赤いリボンがほどけた瞬間、足が少しだけ軽くなった。
「ありがと」
「すごい堅く結んだんだね。めちゃくちゃほどきにくかった」
赤いリボンをひらひらと振りながら、彼はそう言って海にリボンを渡してきた。
「じゃなきゃはずれるだろ?」
「まあたしかに」
手のひらにあるリボンを、海は見つめる。
こんな小さな物で簡単に結ぶことができるのだ。
けれど一度失ってしまったものは、二度と結ぶことはできない。
目に見えればいいのに。
人の結び付きとか、信頼とか。目で見ることができたら、あんな風にきつく、堅く、しばって結んで、二度とほどけないようにできるのに。
「海さん?」
心配そうに見つめてくる彼に、海は笑った。
「なんでもない」
まもなく、退場の命令がくだされた。
あと1年生と2年生の二人三脚が終われば、いよいよお昼だ。
「戻ろう」
海が言うと、雪は「うん」とうなずいた。




