6話 事件2
帰りのホームルームぎりぎりになって教室に戻ってくると、もうその頃には小野塚先生も教室にやってきていた。
「遅かったじゃないか」
「ごめんなさ~い」
篠田が笑いながら謝り、席に着く。僕も席に着き、それからチラッと遠藤くんの様子をうかがった。
彼には特に変化はなかった。
そして、帰りのホームルーム開始の鐘が教室じゅうに鳴り響いた。
「よし、それじゃあ始めるか。委員長」
「起立、礼」
戸田さんの号令で帰りのホームルームが始まった。
席に着き直すと、小野塚先生が早速今日の放課後と明日の連絡事項を伝える。
最近、不審者が学校の周囲を歩いていること、それに伴い部活動は当面のあいだ禁止にすること。
なんだか物騒だね、と篠田がつぶやいた。
僕もそうだね、とうなずきつつ、先ほど感じた違和感の正体がなんとなくわかってしまった。
あの、遠藤くんに指2本を首元に突き付けられた、あの一瞬……。
僕は何故だか彼に、「殺される」という錯覚を覚えたのだ。
そんなわけがないのに……。
帰りのホームルームが終わるとすぐに掃除の時間が始まる。とはいえ当番制だから全員が全員、掃除をするわけではないのだけれど。
今日は本来、僕は掃除がないから早めに帰れるはずだったのに。
「悪いな、雪」
「いえ、大丈夫です」
僕は担任の小野塚先生と一緒に東棟の資料室へ来ていた。さっき、遠藤くんには案内しそびれていたけれど、東棟の資料室のすぐ近くは図書館棟へとつながっている。
さて、僕が何故小野塚先生と一緒に資料室に来ているのかというと、来月に京都・奈良への修学旅行が始まるため、そのための資料などを探すためにここに来たわけだ。
どうして僕がその探索に選ばれたのかというと、単純に日直だからだ。
資料室内は掃除をあまりしていないせいか、ホコリっぽいにおいがあたりにただよっていた。舞っている無数のホコリが、窓から差しこむ夕日の光でキラキラ輝いている。
「で、何を探すんですか?」
資料室に足を踏み入れると、ガサガサガサというあまりよろしくない音が響いた。僕は一瞬で納得がいく。きっとあれだ。誰もが嫌がる黒くツヤのある、時に飛行するそれ。
……なるべくなら会いたくない。
「去年の3年生が使っていた修学旅行のしおりがどっかに保管されてるんだってさ。ま、今回はそれを探すんだ」
「どこにあるとかって、わからないんですか?」
重そうな段ボール箱を「よいしょ」と言いながら軽々しく持ちあげた先生に質問をすると、先生は苦笑を僕に返してきた。
「残念ながら、どこにあるかわからないそうだ」
「それはまた、面倒ですね」
僕も先生に苦笑を返しつつ、適当に空いてるところからガサ入れをすることにした。
作業がおよそ30分くらい経っても目当ての物が見つからず、その上無言の状況が続いたため、僕はそろそろ何か話すことに決めた。
退屈で仕方がなかったからだ。
「それにしても先生。いくらこの部屋が狭いからって言ってもこうまでして見つからないんじゃ、人数集めるべきじゃないですか?」
さすがに僕ら2人だけでさえ見つからないんじゃ、もうちょっと人を集めるべきだ。この狭い室内に、これ以上人が入るかは別にしても。
ていうか、去年のものならわりと手の届く範囲にありそうだけど、もしかしたらここにないんじゃないか?
先生はさっきから何も言わない。
「僕、人呼んできますよ。掃除は終わっちゃったけど、もしかしたら何人かつかまるかもしれないし」
アヒルのおもちゃやらでんでん太鼓やらが入っている、果たしていつ使うのかもわからないようなおもちゃがたくさん詰まっている段ボール箱の蓋を閉じて僕は立ち上がると、資料室をでるためにドアに手をかけた。
ノブをまわす。
「あれ?」
ガチャ、ガチャガチャ、と右に左にノブをまわしているのに、まるで何かがつっかえたかのようにドアが開かない。
もしかして押すのではなくて、引くのかもしれないと思ってドアをぐいぐい引くけれど、やっぱり開かなかった。
代わりにガタガタという鍵が閉まっていることを示すかのような音が。
「え……」
まさか、閉じこめられた?
いやでも何でだ?
だってさっきからここには僕らしかいなかった。それに一度も鍵の閉まるような音はしなかった。もしかしてつっかえ棒でも設置されたとか? いやいや、何のために?
いや、落ち着け。
僕はふぅっと息をついた。
こんなときに焦っちゃダメだ。幸い、この資料室には窓がある。もしもこの部屋からでられなくても、窓から飛び降りることは可能だ。ここは2階だけれど打ちどころが悪くなければ死ぬことはまずないだろう。
「先生、ドアが開きません」
とりあえず現状を先生に報告し、後ろを振り向いたところで。
こちらに向けられていたのは、先端の光る――。
「っ!」
振り下ろされたそれを、僕は慌てて避けるとザクッという音と共にドアに割れ目が刻まれた。
窓から入る夕日にきらり、と反射して光ったそれは、綺麗な曲線を描いた刃渡り二十センチほどの、鎌か。
僕は唖然となってそれを振り下ろした人物を見つめる。
「せんせ……?」
「開かないのは当然だろう」
ゆらりと立ち上がった先生の姿を見つめながら、僕の焦点はそこに定まってしまった。
今、先生が振り下ろしたのだ。
あの、先端の光る、鎌を――。
「私が、閉じたんだからな」