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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
8月
66/126

7 残暑

だいぶ前に連載を止めてしまった作品にもかかわらず、多くの方に読んでもらえてとても嬉しかったです。

ちなみに私、最近アクセス解析を知りました……。

 まるで映画のワンシーンかのように少女が天井から降ってきた。


「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ぐぉぁっ」


 少女の下敷きになった男はカエルがつぶれるような声を発して、その場にうつぶせになって倒れた。

 天井から落ちてきた少女は、海さんだった。


「う、海さんっ!」


 彼女は顔をチラッとこちらに向けるだけですぐに自分の下敷きになっている誘拐犯へと視線を戻した。海さんのその手には何故か竹刀が握られている。


「あんた、どこの誰」


 どんっ、と竹刀が男の顔のすぐ脇に突き立てる。「ひぃっ」と男が悲鳴をあげたのと同時に、僕の後ろのドアがガラガラガラと派手な音をたてて開かれた。

 犯人の増援かと思い振り返れば、夏の光を背に受けて、2人の人間が姿を現した。


「雪っ!」


「雪くんっ!」


「小田くん、徹くんも」


 そしてさらに彼らの後ろからパトカーのサイレンが聞こえだす。


「よし、間に合った!」


「全然間に合ってない!」


 小田くんの言葉に何故か海さんが突っ込みを入れて、それからまた誘拐犯へと視線を戻した。


「答えろ。お前はどこの誰なんだ」


「う、うるせぇっ! おりろ、このクソガキっ!」


 バタバタと誘拐犯は暴れるけれど、海さんはそのうえでちょっとバランスをとっただけで、すぐに態勢をただした。悔しそうに、誘拐犯はまるで陸にあげられた魚のように体をバタバタさせている。


「いいから答えろよ」


 バシンッ、と海さんが手にしている竹刀で地面をたたく音が響く。


「遠藤さん、もうそのあたりにしときなって」


 徹くんが言葉をかけると、海さんはギロッと鋭い目でにらんだ。僕だったら思わず身をすくむような瞳を向けられても、徹くんは素知らぬ顔。黙って自分の後ろを顎でしゃくる。

 釣られるようにそちらを見れば、パトカー数台がちょうど建物前で停まった。警察官がどんどん降りてくる。


「さらわれた子というのは誰だい!」


 警察の1人の声に、小田くんと徹くんと海さんが黙って僕を見てくる。僕はおそるおそる手を挙げて主張した。


「僕、です……」


 警察は僕の格好にしばらくあっけにとられていた。僕は自分の今の格好を同時に思い出したけれど、どうか何も突っ込まないでほしい。

 警察はなんとも言いがたい顔を僕に向けて、じろじろと眺めながら口を開く。


「そう、か。大丈夫だったか?」


「はい。問題ないです。特に大きな傷もありませんので」


 ヘラッと笑って答えると、警察官は安心したような顔をしてくれた。正直、ばりばり問題はあるのだけれど。


 たとえば、女装をして誘拐犯をおびきよせたとか。


 たとえば、そこで竹刀を持ってその誘拐犯を脅している男装女子とか。

 まあ海さんの場合は、男か女かわからないからいっか。


「キミ、どきなさい」


 警察官が海さんを誘拐犯の上からどかせると、すぐに誘拐犯に手錠をはめた。


「とりあえず、キミは事情聴取を受けてもらうよ。あと、キミたちも」


 僕の相手をしていた警察の言葉に、僕はうなずく。ほかのみんなもそれぞれうなずいた――いや、1人。海さん以外は。

 海さんは自分の手にしている竹刀をしばらく見つめて、それから警察に連行されていく誘拐犯へと視線を移した。


「待て」


 鋭く言い放った一言に、誘拐犯はもちろん。自然と彼を取り囲んでいた警察たちも足を止めた。誘拐犯がチラッと海さんを肩越しに振り返る。

 海さんは一歩一歩、誘拐犯へと近づいていった。


「お前は誰なんだ」


「キミ――」


 警察官の1人が海さんを止めようとするけれど、彼女はそれをひとにらみするだけで黙らせた。

 その視線をそのまま誘拐犯へと移す。


 誘拐犯は観念したように口を開いた。


「……これは命令されてやったことだ。ここで依頼人と待ち合わせをする予定だった。そいつを」


 犯人は僕を見た。


「無傷でここに連れてこい、と」


 周りのみんなが息を呑んだ。

 僕、ただ1人を除いて。


「ほ、ほら。もういいだろ。行くぞ」


 警察官に急き立てられ、犯人は舌打ちをしつつ歩き出す。

 1台のパトカーがサイレンを再び鳴らして、建物を去っていった。

 あとに残されたのは4人の警察と、そして僕ら。

 みんな、僕を見ていた。


「雪」


 名前を呼ばれて顔をあげると、海さんが疲れ切ったような顔をしながら「大丈夫?」と聞いてきた。

 僕はうん、とうなずく。


「ほんと? どこもケガしてないか? 実はあのクソ野郎に剥かれたとかないか?」


「何、剥くって……」


 僕はあきれながらそう返す。

 ふと、違和感を覚えた。


「喉……渇いた」


「喉?」


 僕がもらした一言に、海さんは首をかしげる。

 そう、僕はすごく。ひどく喉が渇いた。このうだるような暑さのせいだ。暑くて、暑くて、じっとしていても動いていても、その暑さに気が滅入ってしまう。

 とりあえず今は、冷たいお茶が飲みたいなと思った。

 みんなと、出口へ向けて歩き出す。


「一応、大事をとって病院に行く?」


「行けんのかよ」


「浦園ん家だったら行けんじゃね?」


「誰だよ浦園って」


「いい加減クラスメイトの名前覚えなよ。浦園うらぞの奏羽そう。浦園総合病院の息子だよ」


 建物をでると、夕暮れの日が照らしていてとてもまぶしかった。その光を手で影を作って遮る。


 僕の中では、僕ではない誰かが。何かを必死に叫んでいた。これはかつて感じたことのない警報。危険信号。僕の中の「俺」がこの状況を必死になって伝えている。


 お前は自分を知らなくてはいけない、と。


 僕は、何だというのだろう――。

 いったい、何が僕のなかにあるというのだろうか――。


 僕は自分自身を、知らなくてはいけないと思った。

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