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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
8月
63/126

4 作戦

 約2年ぶりの更新です。

 赤石杏子が家に向かって「いってきます」と口にした。直後に、「いってらっしゃい」という声が向こうから返ってきたのを確認してから、彼女――いや、僕は赤石家をでて、駅への道を歩き始めた。

 そう、僕は今。赤石杏子のフリをして駅への道を歩いている。どうして男の僕が、女子である赤石さんのフリができるかなんてそんなの簡単だ。


 僕が、女の子の格好をしているからである。


 先週あった夏祭りの直後、徹くんが立てた作戦はだいたいこんな感じだった。


***


「雪くん、女装しなよ」


「は?」


 あまりに突然のことで何を言われたのかわからず僕が困惑していると、どうしてか隣にいた海さんが怒鳴った。


「おい、何言ってんだよ!」


「まあまあ、遠藤さんは落ち着いて」


 厳しい表情をしながら、小田くんがさっき海さんにしたみたいに、今度は海さんが徹くんの胸倉をつかみそうな勢いだったけれど、徹くんはやんわりとそれを避ける。


「簡単だよ。赤石さんが危ない目に遭わないように、逆に替え玉が危ない目に遭って、それで犯人をあぶりだせばいいってこと」


 ああ、そういうこと。

 僕はやっと納得しつつ、ん? それでつまり、僕が。


「いやいやいや、徹くん。それ絶対バレるから。僕が女装しようと、しまいと。それ絶対バレるから!」


「雪くんだからいいんじゃん。下手にそこらへんの女子にやらせてみ? まだ男子の端くれの雪くんのほうが安全だし」


 端くれは失礼だ。僕はちゃんと男だ。

 あきれて何も言えない僕に、海さんが待ったをかけた。


「だったら渡良瀬、その役目はわたしがやる。わたしは女だけど、雪よりは強い自信あるぞ。攻撃を受けたら反撃するくらいの余裕がある」


「それじゃつまんな……じゃなかった。危ないだろ。お前、7月に自分で作った傷、まだ治ってないでしょ」


 僕はハッとして海さんを見た。今は着ている浴衣で隠れているとはいえ、腕に残った刺し傷。それは見事に貫通してしまって、今もまだ痕が残っているはずだ。そして、きっと一生治らない。

 その傷はようやく昼間の診療で、包帯がとれたとはいえ……。


 不安になって海さんの顔色をうかがうと、彼女はバツの悪そうな顔をしながら、「だけど……」とその先を続けようとして、けれど結局何も言えずに黙ってしまった。

 徹くんが海さんに静かに歩み寄って、親しげにその肩に腕をまわした。


「ま、代わりに遠藤さんにはふさわしい役目をあげるから」


「……キミ、面白がってんだろ」


 苛立たし気にそう口にした海さんに、徹くんは「何が?」とあっけらかんとした調子でそう返した。


***


 まだ太陽が昇りきって少しも経っていない時間に、赤石さんはマネージャーさんの運転する車に、付き添いの藤堂さんと一緒に乗って、ライブ会場のある都内某所へと出発した。

 赤石さんの両親には事前にストーカーのことについて話していたらしく、僕が替え玉で犯人をあぶりだす旨を告げると、「危ないことはやめておきなさい」と早速叱られてしまった。まあ、これぞ大人の対応ってやつである。


「キミが危ない目に遭ったら、ご両親だって心配するわよ」


 両親、ね。


 僕はちょっとだけ、うらやましくなった。自分を心配してくれる両親がいる赤石さんと、その環境に。それはたぶん、僕には許されていない環境のような気がして。

 住む世界が違う、という言葉をよく耳にする。一般人とアイドルでの話じゃない。この場合は違うのだ。もっとこう、その人を構成するためにある、別次元の……。


 僕は笑って「大丈夫ですから」と口にした。

 駅までの道を歩きながら、僕は徹くんが立てた作戦をもう一度頭の中に思い描いた。


***


「まずは雪くんが女装をして、駅へ行くという設定にしておく」


 それはいつも赤石さんが、ライブ会場や事務所へ行くときにしていることだという。

 赤石さんはなるべく目立たないように変装しつつ、アイドルの仕事で何か呼ばれるたびに電車を利用しているそうだ。彼女いわく、あまり両親やマネージャーに負担をかけたくないからだそうで。

 おそらく今回、それが仇となってストーカーに狙われやすくなってしまったのだろうけど……。


「駅には円城を待機させておこう。あいつ車椅子だから、何かと目立つだろうし」


「いいのかよ、勝手に決めて」


「問題ないっしょ」


 海さんの突っ込みを徹くんはさらりとかわす。

 1年前までは徹くんと円城くん。あんなに険悪だったのに、いつの間にこんなに仲良しになったのやら。


「だけど、もし赤石がいつも通りに駅まで徒歩になるとしたら、おそらくストーカーが仕掛けてくるのは、家から最寄りの駅までの最中だろうね。あそこら辺、そんなに人の流れが目立たないし」


 たしかに。


 この町は駅まわりだけが盛んなだけであって、少し町の中を進んでしまうと、目立つ建物やレジャー施設があるわけでもないので人の通りが少なくなる。ようするに極端なのだ、人の流れが。

 そして、人を襲うのだとしたら格好の場所だろう。


「円城は車椅子使ってるからわりと目立つし、犯人もおいそれと何かしてこようとしないでしょ。もし雪くんが円城のもとへ無事にたどり着くことができたら、俺たちの勝ち」


「ちょっと待ちなさいよ、渡良瀬。今は犯人探しのための作戦でしょ? 逃げるが勝ちの勝負じゃないのよ」


 藤堂さんが眉間に皺を寄せながら反論した。たしかにそうだ、と残った僕らもうなずきあう。

 徹くんも「まあそうだね」と言った。


「だったらそのときはそのときで。いずれ犯人が見つかるまで、同じことを繰り返せばいい」


「んなテキトーな」


 海さんがハァと息をつきつつ、「もしも失敗したらどうしてくれんだよ」と口にする。


「失敗しないように頑張るしかないでしょ。何せ、警察は無能すぎて動く気配すら見せない。それこそ、さっきいた警察にもう一度お願い」


「却下」


「やめて」


 徹くんが言い終わる前に海さんとおびえた目をしている赤石さんが続けざまに拒んだ。

 警察を無能、無能って言うのはどうかと思うけれど、たしかにストーカー被害を「様子見」とか「ただ聞くだけ」で終わらせてしまうのは、ニュースとかでも頻繁に取り上げられている問題だ。結果、取り返しのつかない事態になってしまうわけだけれど、それだったらそうなる前に、僕らだけで事を進めて終わらせたほうがよっぽどいいかもしれない。

 作戦がうまくいくかは別にしても。


 小田くんが口を挟む。


「女装はどうするんだ? まさか、雪がキョーコの服を着るのか?」


 え、それはさすがにちょっと。

 僕は徹くんに視線を送る。


 さすがにクラスメイトの女子の服を着るなんて、別の意味で犯罪案件だ。僕はともかく、赤石さんが嫌がるだろう。

 しかし当の赤石さんは首を横に振る。


「私は別にいいけど……」


「いや、そこは拒否しなよ」


 そう言ったのは海さんだった。

 徹くんは「う~ん」とうなりながら、


「まあ本人がいいならそれでもいいけどさ。問題は頭。つまりはカツラなんだけど。雪くんは茶色の短髪だけど、一方で赤石さんは黒の長いストレートにツインテール。作戦決行は昼間だから、さすがに替え玉はバレるよな~。何とかしないと」


「だったら適任がいるぜ!」


 小田くんが即座に声をあげた。

 そのまま自分の携帯を操作してLINEをたちあげると、それをさらにスクロールさせて、ある人物のところでそれを止めた。

 その人のLINEをタップして、僕らにそれを見せてくる。


「こいつ、竜ケりゅうがさき千郷ちさと


 僕らは小田くんが見せてくれた画面を前にして、首をかしげあった。


 竜ケ崎千郷。彼女は、自分からオタクを名乗っている僕らのクラスメイトの1人だ。筆箱やカバンなんかにアニメ関連のキーホルダーや缶バッチやらをじゃらじゃらぶらさげていて、ファイルや文庫カバーにはアニメ絵がプリントされた物を使っている、ちょっと変わった子。


 女装をするのに、どうして彼女が適任なのか。


「実はこいつな、毎年夏にある……えーっと、何だったかな。何かイベントがあるらしいんだけど、それでよくコスプレしてるんだってさ」


「こすぷれ?」


 聞いたことはあるけれど馴染みのないその単語に、僕らはまた首をかしげあう。

 こすぷれ……コスプレってつまり、あれだよね。なんちゃってな制服を着たり、あるいはネコ耳のカチューシャをしたりする。そういうヤツ。


 小田くんはさらに竜ケ崎さんとの個人LINEを操作すると、写真を見せてくれた。


「普段どんなコスプレしてるんだ、って聞いたら、こんな感じ。すっげぇの。本格的って感じでさ」


「うわ、すっご」


 藤堂さんがそう声を漏らしたけれど、僕も残りのみんなも、思わず「わぁ」と感嘆の声をあげてしまった。

 竜ケ崎さんのしているコスプレとは、よくテレビや町の本屋なんかで見かける、マンガなどの登場人物に似せた服装だった。いや、似せた服装っていうかまんまだ。髪はおそらくカツラ。瞳にはカラーコンタクトをいれていて、さらには小田くんいわく、彼女から聞いた話らしいんだけど、服は全て手作りらしい。


「て、手作り!?」


「そうらしいんだよ。だから、もしかしたら雪にあった服装を、竜ケ崎が持ってるかもしれねえぞ」


 さすが女タラシと呼ばれるだけある、女子の趣味をしっかり理解していて……って、そうじゃない。小田くんもすっかりこの状況を徹くんと同じく楽しんでいるように聞こえるぞ、これは。

 別に赤石さんが無事なら僕だってそれに越したことはないけれど、今の状況を理解してほしい。こう見えて僕らは今、ストーカーを撃退する作戦を立てているところなのだから。

 女装に関しては小田くんと竜ケ崎さんに一任することとなった。正直、心配ではあるけれど、この際どうでもいい。とりあえず、赤石さんの無事が最優先だ、うんうん。

 海さんは隠れて僕の護衛をする役を買って出た。あんまり目立ってしまうと、正体がバレるか、あるいは相手も警戒してしまうため。あくまでこっそりと。といった感じらしい。


「危なかったら、大声で叫べよ。すぐに行くから」


 海さんが僕をにらみながらそう言った。僕は少し苦笑いを浮かべる。


「いや、あくまでおびき寄せる作戦だし、大声だしちゃったらストーカーにバレちゃ」


 と言いかけた直後、海さんがすごい勢いで僕の胸倉をつかんできた。


「馬鹿!」


 それだけ言って、海さんは黙る。本当にそれだけだった。

 あっけにとられたのは言うまでもない。いや、僕だけじゃない。周りのみんなも少しあぜんとしていた。海さんがどうして怒っているのか、わからないんだろう。僕だってわからなかった。

 いや、怒られて当たり前のことを僕らはこれからしようとしているのだけれど、それにしたって、何だか……。


 海さんは自分の行いを見つめ返しでもしたのか、僕らの注目を浴びてその顔をだんだん真っ赤にすると、決まり悪そうにチッと舌打ちした。

 そして、顔を伏せる。


「雪がその約束してくれなかったら、わたしはこの作戦には参加しない。1人で犯人見つけて殺す」


「いや、そんな物騒なことされるほうが困る……」


 彼女だったらやりかねなさそうだ……。

 僕はハアとため息をつく。


「わかったよ。大きな声で叫ぶよ。防犯ブザーでも何でも持つから、それならいいでしょ?」


 そう言っても海さんは納得がいかないのか、しぶしぶといった様子でうなずいた。


「よし、それじゃあそれでいこう」


 そして、赤石さんのサマライ当日が作戦実行の日となった。


***


 僕のスマホは念のため、GPS機能を入れておいた。みんなに僕の居場所がわかるように、ちょっと改良を施して。こういうことはクラスメイトの春日野くんが得意だから、彼に操作してもらった。彼はこのあいだの夏祭りには参加してこなかった。どうやら新作のコンピューターウイルスを作っている最中らしい。彼いわく、自由研究の一貫として、だとか。

 ウイルスを作ることを楽しんでいるだけならまだいいけれど、それが犯罪に使われないことを祈る。


 それにしても。


 僕は改めて町を見渡した。

 赤石さんが住むこの町は夏祭りがあったから来ただけだったけど、改めて見るととても住み心地が良さそう場所に思えた。不思議と心を落ち着かせてしまう。

 住宅街は密集していても思ったよりか静かで、それを過ぎたら田畑があって、林が前方に広がっている。逆に言わせると、こういう所が痴漢とかストーカーにとっては格好の場所なのだろう。良さそうだけど、不便な町とも感じる。


 などと分析をしていると、不意に正面から車がやってきた。黒い、どこにでもあるような目立たない車だ。汚れがひどくて、あちこちにキズがある。あと、やけに乱暴な運転だ。この町に似つかわしくない。

 僕の横をすごい勢いで通り過ぎ、ウィッグの黒い髪と薄い生地をした青のロングスカート――どちらも竜ケ崎さんが「これ、雪に一番似合うと思うの!」と喜んで貸してくれた――が強風にはためいた。慌てて頭とスカートをおさえる。スカートの下がめちゃくちゃスースーした。


 と、正面にあったカーブミラーを見上げると、さっき僕の横を通り過ぎていった車がブレーキをかけるのが見えた。キキィッという強烈な音に思わず耳をふさいで振り返る。瞬間、僕の目はたしかに車をとらえていた。


 思い切りUターンをして、僕のもとへ走ってくる車を。


「は?」


 もしかして。


 そう気づいた瞬間、僕は思わず走りだしていた。大丈夫、何かあったときのためにシューズを履いてきたんだ。

 けれど人間が車に勝てるはずもなく、車は僕に追いついてくる。視界の端に海さんが走ってくるのが見えた。


「雪っ!」


 彼女のもとへ急ごうと一歩踏み出したところで、僕と海さんの前に車が急ブレーキをかけて止まった。かと思うと、突如として運転席にいたそいつは、ドアを乱暴に開けるとそこから手をのばして僕を引きずり込んだ。


「わ!」


 強い力になすすべもなく僕は引っ張られる。海さんの声が聞こえた。まずい、逃げないといけない。けれど抵抗もままならず、車はドアを閉めて再び走りだした。

 海さんの声が聞こえる。叫びが聞こえる。けれどすぐに聞こえなくなる。


 それはあまりに一瞬の出来事だった。


 あっという間に僕と彼女の距離は離れてしまった。

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